ギルベルトさんの船の航海事情_9

海賊船の乗り心地は最悪だ。
いや、海賊船だから…というわけではないかもしれない。
船酔いが辛い、マジ辛い。

島国の出身のくせに何故?というなかれ。
だって王子だから早々国を離れない。
船になんて乗る機会はなかったのだ。

殴るも何も、海賊達はそんなへたれた王子に呆れて近寄って来ない。
こうしてアーサーは船酔い以外は意外に平和な引き籠り生活を満喫していた。


自分達に秘密裏に港を提供してくれる女王陛下の弟様、自国の王子様ということで、海賊たちはそれでも意外に優しく丁重に遇してくれる。
まあ、顔はどうやっても怖いわけだが

戦利品の中で気に入ったものがあれば分けてくれるし、寄港した時に頼めば依頼した物を買ってきてもくれる。

アーサーは船の最奥の船室にこもっていたため海賊の中でもボスとしか顔を合わせることがなく、それも用事のある時だけだったのを良いことに、実は秘かに憧れていたレースやフリルいっぱいの肌触りの良いドレスをまとって、趣味の刺繍三昧の日々を送っていた。

王宮と違ってうるさい姉もいなければ、そんなちょっとマイノリティなアーサーの趣味を揶揄する人間もいない。

まあ、アーサーがボス以外の海賊と顔を合わせないから知らないだけで、あるいはボスの口からそんなアーサーの様子が漏れて笑われている可能性もないとは言わないが、たとえ笑われていたとしても、結局自分から見えなきゃ良いのである。

ということで、ここに来る前の悲壮な気持ちとは裏腹に、海賊船での生活はそこまで悪いものではなかった。

今は海が荒れることの多いアフリカ沖だから特に船が揺れて船酔いがすごいが、静かな内海に入れば、もう少し船酔いもましになるだろう。

そんなことを考えながらアーサーは楽しく布地に刺繍を施していく。

我ながらもう邪魔が入らないどころか、海上で他にやることがないので、刺繍の手が進む。
刺繍に飽きたらたまにレース編み。
編んだレースと刺繍の布の組み合わせでクッションやテーブルクロス、タペストリなど、傍目から見てもかなりの出来の作品達が、部屋中にところ狭しと並んでいた。

もういいや。
城に帰ると姉上が怖いし、このまま海賊船生活でいいんじゃないか?
船酔いだって長く乗っていれば慣れるだろう。

せっかくそんな風に思い直してきた頃、その事件は起こったのである。


いきなり騒がしくなる船。
大砲を撃つ音。
そして撃たれる音。
揺れる船。
海賊たちの怒声。

なに?何が起こってる?
まさか別の海賊に襲われているのか??

かすかに続く怒声と砲音。
身を守ろうにもこの部屋にあるのは刺繍針と、糸切りバサミくらいである。
ここまで敵がきたら全ては終わりだ。

船の奥で情報もなく、アーサーはそんな事を思いながら、自作のクッションを抱きしめて固まっている。


そうしてどのくらいの時間がたったのだろうか。

アーサーの部屋しかない船の最奥に続く廊下を走る足音が聞こえてくる。
海賊のボスのものではない。
靴音が違う。

とすると……

アーサーは真っ青になった。

姉からアーサーの身元を聞いて意志の疎通ができていた海賊だからこそ、今の生活ができていたわけだが、全く別の海賊に掴まったらどうなるのだろう?
下手をすれば奴隷として売られたりするのだろうか……

そんな嫌な想像に、アーサーは絶望的な気持ちで廊下と自分を隔てる扉を凝視した。

やがて無情に部屋の前で止まる足音。
ガチャガチャと回るノブ。

内側から鍵をかけているので、開かない扉にホッとしたのも束の間、どうやらノブに何か打ち付ける音がして、鍵が壊れたらしい。

バン!と勢いよく開かれた扉。
その向こうに立っていたのは思いがけず若い男。

銀色に紅い目の若い男であった。



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