ギルベルトさんの船の航海事情_8

こうしてギルベルト達が順調にバルト海を出て、地中海は通過して、アフリカを目指している頃、もうひとり、海を目指さざるをえない状況に置かれている少年がいた。

彼の名はアーサー。
イギリスの女王の弟である。


「アーサー、海賊船に乗って海賊達を鼓舞してきなさいっ」
「絶対に無理っ!!!!」


それは唐突な命令だった。

ドレスで見えないが、ガっと足を肩幅に開いて、アーサーに向かってピシッと指をさして命じる女王様。

クイーンエリザベス一世。
実の姉にロンドン塔へぶちこまれたが、その姉の死と共に奇跡の即位を果たした女傑である。

親スペイン、親カトリックが行きすぎてプロテスタントを迫害し、300人もの人間を処刑したためブラッディメアリ―と呼ばれた姉のメアリーもすごかったが、本来は無頼のはずの海賊を取り込んで、大国覇権国家スペインを敵に回してのし上がろうとする妹のエリザベスも大概だと思う。

そんな姉たちに振り回されてきたアーサーは2人の父親であるヘンリー7世の非嫡出子だ。
幼い頃に実母が亡くなって身寄りがなかったため、王室に引き取られた。

実母は王にアーサーの認知を求めなかった。
王子となれば庶子でも血塗られた跡継ぎ争いとは全く無縁というわけにもいかない。
彼女は非常に賢明な女だったので、ただ我が子の命と健やかな生活のみを願ったのだ。

そういうわけで、アーサーは王の遠縁の子として城の片隅でひっそりと養育をされていた。

兄が跡取りとなり、その兄が亡くなって上の姉が女王となっても、アーサーはただ城の片隅でひっそりと生きていたが、アーサーが12の時、下の姉のエリザベスが23歳で即位したことで彼の人生にかすかにさざなみが起こる。

エリザベスはアーサーが父王の実子であることを知って、ことあるごとに訪ねてきた。

特に悪意も善意も持たず、ただ気のおけない兄弟として接してくる。
ただ…本人に悪意がなくとも静かに暮らしたいアーサーにとっては十分頭が痛くなる女性ではあったのだが…

もうやだ、この姉妹。平和な部屋で引きこもりたい…と、アーサーはさめざめと泣くしかない。


あちこちと争うのは勝手だが、自分を巻き込むのは勘弁してほしい。

「海賊とかマジ無理だっ!怖いじゃないかっ!!」
きゅっと両のこぶしを握り締め、大きな目にいっぱいに涙をためて叫ぶ弟。

強く雄々しくあれ!と言う姉の願いとは裏腹に、彼はその身体の大きさに比例する程度には小心者である。

しかし小国ながら自国民は強かったらしい。
大国であるフランスと100年間もどつきあいを出来る程度には。

そのままイケイケな気分になった国民によってなんと覇権国家である大国スペインと婚姻関係を結ぶなど、着々と国力をあげて来たイングランドだったが、そんな国に生まれたってヘタレはどこまでもヘタレ。

彼にとって戦争は痛い物という認識しかなく、国土なんて増えないでも良いから森に籠って妖精さん達と戯れていたいと日々思っている。

が、そんな彼の願いとは裏腹に、国内で国民を殺しまくった姉が亡くなったかと思ったら、今度の女王様は大国スペイン様の船をこっそり襲わせている海賊を鼓舞しに船に乗れなどと無茶を言うのだ。

「怖いっ?!自国民の何が怖いのっ?!」
ダン!と足を踏み鳴らすお前が一番怖い…と思いつつも、ここで引いては髭面の凶暴な男達が剣を振り回す日常が繰り広げられている恐ろしい場所に一直線だ。

「凶暴な髭達に殴られたらどうするんだっ!!絶対に嫌だっ!!
そもそも泳げないのに水だらけの海とかありえない!!」
と、訴えると、むぅ~っと眉をしかめる女王な姉。
そして、思いついたっ!とばかりにポン!と手を叩く。

「いいわっ!船の上の方には私の弟だと言う事を告げておきましょうっ!
女王の弟に手をあげるほど、海賊も無謀じゃないわっ。
たとえ海に落ちたとしてもあなた以外は泳げるから大丈夫!」

明日、発表しますっ!と女王は有無を言わさず宣言すると、これ以上は聞かないとばかりに部屋を出て行った。


かくして…小心者の弟は自国の海賊船へと強制連行されたのであった。




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