ギルベルトさんの船の航海事情_1

空はうす曇りで、いつもは深い青をたたえている海もどこか灰色じみて見える。
そんな中で、屈強の海の男の中でも特に視力の良い見張りの船員が、静かな海に浮かぶ船のマストの上の見張り台から、

「船が来たぞ~!!提督に報告しろっ!!」
と、叫んだ。

とたんにざわつく船内。
伝令が艦長室へと駆け込んでいく。



北海の黒鷲号

名前だけはご立派なこの船は国王から下げ渡されたものだが、現在富んでいるとは言えない国力を反映するように、特別に立派で大きいものとは言えない。

それでもしっかりした木の廊下を伝令の男はドタドタと足音を響かせて走り、船の奥、他のものよりは幾分頑丈な木のドアの前で止まった。

言わずとしれた船長室である。


「提督!見張りが船を確認しましたっ!
外国籍の商船と思われますっ!
ご指示をっ!!」

バンッ!!とドアを開けて叫ぶ伝令。


非常にシンプルにできているこの船の中で、艦長室だけ特別ということはあまりない。

伝令が飛び込んだ先の部屋はやはり絨毯貼りなどということもなく、むき出しの木の床に重厚ではあるがシンプルな木のデスクが設置されていて

ああ、そうだ。
この全てがよく言えば年季の入った、悪く言えばボロい船の中で、唯一キラキラしたものがそのデスクのやや大きくご立派な椅子の上に鎮座していた。

ギルベルト・バイルシュミット提督。

キラキラサラサラの銀糸の髪に綺麗な切れ長の真紅の瞳。
肌は陶磁器のようにシミひとつなくつややかで、形の良い高い鼻も少し薄めの唇も、美の神があるべき位置はここ、と、決めたかのように、完璧に美しい場所に配置されている。

ある種、美しすぎて現実味がないくらい美しい男である。


そんな男がどっしりと座っていると、全てが古びたこの船長室ですら、何か由緒ある空間のように見えた。

その男の紅い目ただ美しいだけではなく鋭い眼光を放つその紅い目が、対峙するものを一瞬すくませる。

「…警告しろ」


特に好戦的なことを言っているわけでも声高に叫んでいるでもなく、ごくごく普通のことをごくごく普通のトーンで告げているにも関わらず、伝令にはそれが絶対的に遂行しなければならないシビアな命令に聞こえたようである。

「はっ!」
と、青ざめた顔で敬礼して、また甲板の方へと走っていった。


パタンと閉まるドア。
足音が遠ざかっていくのを聞きながら、ギルベルトはため息をついて眉尻をさげると、

「なあ、俺様ってそんな怖いかぁ?」
と、ややなさけない声音で言いつつ、隣に立つ副官を見上げた。

声をかけた副官は、こちらはギルベルトとは対象的に黒髪のくせっ毛によく日に焼けた肌、顔立ちは整っているもののくりっくりのやや丸みを帯びた目のせいか人懐っこい印象を受けるスペイン人である。

その外見に違わず、明るい気の良い男で

「ん~、あの伝令クン、見覚えないし新人やろ?
せやったらギルちゃんがおもしろ不憫な男やって知らへんしなぁ。
しゃあないんちゃう?
一ヶ月も船に乗っとったら、慣れると思うで?」

と、この船の最高権力者なはずのギルベルトに、当たり前にぞんざいな言葉を返した。




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