会社に辞表を提出した。
そして副社長に呼び出される。
もちろん社長である父も一緒だ。
素直に受け取ってはもらえないだろうことは、予想していた。
「昨日、ボヌフォワコーポレーションの社長が死んだのは知っていると思う」
「ああ、もちろんだ。
ご子息が跡を継ぐらしいが…その新会長と君は親しい友人らしいな。
それでより融通の聞きそうな方へ…ということか」
副社長の顔に浮かぶのは不信。
能力的に優れたギルベルトが他の会社で力をつけるのも恐れていて阻止したいと色々画策していたのだから、今回のことに反対するのは当然だ。
だから今までは揉めるのを避けるため、フランシスに誘われても固辞していたのだが……
転職するなら今しかない。
「ああ、理由は友人だからだ。
でもあんたの考えているような理由じゃない。
前会長はまだまだ死ぬ予定じゃなかったから、いきなりの急死で社内がすげえ混乱してて、下手すると内部分裂しかねない状態らしい。
で、社長の友人の腹心のもうひとりの悪友から、社長は父親を亡くしたショックから立ち直れていないし、自分では収められないから、なんとか助けてくれと電話がきたんだ。
正直、うちにいたほうが安定はすると思うが、学生時代から面倒みてきた連中を見捨てられない。
別にうちの会社を脅かすような状況にはならねえよ。
てか、できれば損失が出ない範囲でうちにも協力してもらえればさらにありがたいんだが…」
ピンチはチャンスとはよく言ったものだ。
これで納得してもらえれば、円満退職できる。
もちろん退職してボヌフォワコーポレーションに入ったあとは修羅場になりそうだが、このままここでいつ腹の子の事がバレて危害を加えられるかとハラハラしているよりは、頑固爺をまとめてあまり社長に向かない気がする悪友を盛りたてていくほうが気が楽だ。
「そういうことなら…検討しよう。
しかし急なことなので、少し時間を欲しい」
そう言う父に退出をうながされて半日。
おそらくその間早急にギルベルトの言うことの真偽を確認したのだろう。
退社時に退職届を受理する旨が告げられた。
これでとりあえず一段落。
ホッとして会社を出た直後のことである。
気配を感じた…とっさに避けたが、身体スレスレを銀色の刃が横切っていく。
ざっくりと切られたカバン。
避けるためにやや傾いた体制を持ち直した時には、刃物を持った人影は、人波の中へと消えてしまっていた。
…刺されかけた?
…一体誰に……?
さすがにひやりとしたものが背筋を走った。
今の状況だと心当たりがありすぎる。
とにかく一旦退避をしたいところだが、いまようやく退職ができそうなところで、変な刺激を与えて腹を探られたくはない。
ということで、まずは身の安全第一と、ギルベルトは正面のボヌフォワコーポレーション本社に駆け込んだ。
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