「オ~ラッ!別荘で会うて以来やね。これ土産~」
ドアを開けるといきなりヌッと差し出される紙袋。
中には赤々とした大量のトマト。
なぜ手土産がトマト??と思いつつも受け取ろうと礼を言って手をのばすと、
「ああ、重いから親分が持ってったるわ。
なんならキッチン使うてええなら、料理もしたるよ?」
と、そのまま自分でかかえて、おそらく何度か来たことがあるのだろう。
勝手知ったるといった感じにダイニングへ向かう。
「あ、すみません」
と、アーサーはドアの鍵をかけると慌ててアントーニョの後を追った。
アントーニョはダイニングテーブルの上にドサッと紙袋を置くと、
「ギルちゃんに聞いたんやけど、なんや自分このところ食欲ないんやて?」
と、その中からトマトを2,3個手にとると、奥のキッチンでジャブジャブと水洗いをする。
「へ??」
気づかれていたのかっ?!!
驚きと焦りで青くなるアーサーの頭を、アントーニョはシャツで濡れた手を拭いたあとにくしゃくしゃと撫でて
「あ~、ギルちゃん別に怒ってへんよ?
自分には言いにくいのかもしれへんし、アーティの事心配やから聞いてみたってって言うとったから親分がきてん。
親分もな、弟みたいな従兄弟がおって、よお面倒みとったから慣れとるし、かえって他人のほうが話やすいときとかあるやん?
ギルちゃんに言わんといて言うことなら言わんとくし、言いたいけど言いにくい言うことなら、親分から上手に言うたるから、心配せんとき。
とりあえず、水分だけでも摂ったほうがええし、これ、親分が育てためっちゃ美味いトマトやさかい、食べてみぃ?」
と、もう片方の手で真っ赤なトマトを差し出してきた。
アーサーはそれをおそるおそる受け取って、ちらりとアントーニョに視線をむける。
満面の笑顔のアントーニョ。
要らない…とは言いにくい。
しかたなしにカプッと一口。
「…お…いしいっ!!!」
少し実は固めだが、甘みと酸味がじゅわっと口に広がって、思わず出た言葉に、
「せやろっ!親分ちの庭のハウスで丹精込めて育てて、周りにも配っとるんやけどな。
めっちゃ美味いて評判なんやで」
と、アントーニョは胸を張ってうなずいた。
確かに文句なしに美味しい。
こんなに美味しいトマトを食べたのは初めてかもしれないくらいに美味しい。
このところ食べ物どころか水分も不足しがちだったので、トマトの旨味が身体中に染み渡っていく気分だ。
「ぎょうさん持ってきたから、いっぱい食べ」
と、アントーニョはいくつか洗って皿に置いてくれる。
アーサーがそれを食べている間に、今度はトマトを使って色々料理を作ってくれたが、それはダメだった。
食べた瞬間、気持ち悪くなってトイレに駆け込んでしまった。
作ってくれたものを食べてトイレに駆け込んで吐くなんて、ずいぶん失礼なことをしているとアーサーは動揺したが、アントーニョは気にすることなく、
「あ~、火ぃ通したらあかんのかぁ…。
レモン水作ったるから、吐いてすっきりしたら飲んどき。
口ん中がすっきりするよ」
と、吐くアーサーの背をさすってくれた。
こうして吐き終わって、うがいをして、作ってもらったレモン水を少し飲んでまた生のトマトを切ってくれたものを3,4切れほどつまみながら、アーサーは何も考える気力もなく、ただアントーニョの質問に答えていく。
別荘から帰る数日前から少しずつ胃のむかつきを覚え始めたこと。
なんとなく怠くて眠くて…それからすごく落ち込むこと。
料理の匂いが気持ち悪く感じて、食べられなくてこっそり処分していたことなど…
アントーニョは、ほぉほぉと、それを聞いては少し考え込んで、『いや、それはおかしいやん?』と独り言を口にしつつ、首をひねって……そして最後に、『あ~、そう言えば頼まれて買うておいたの、親分持っとるやん。考えててもしゃあないわ。ないと思うても確かめたらええわ』と、ブツブツと言いながら、かばんの中から何か棒状のものを取り出してアーサーに渡した。
「えっとなぁ…念の為というか…ありえへんとは思うんやけどな?
ちょっと親分変な事思いついてて…これ使うてみて欲しいんやけど。
尿検査みたいなもんなんや」
渡されたそれに、もしかしてアントーニョもアーサーの実家と同様に製薬関係なのか、もしくはアントーニョ自身が見かけによらず医療従事者なのかと不思議に思いつつ、アーサーはそれを受け取ってトイレに行った。
そうして言われたままに試して、丸い窓のようなところに赤紫のラインが浮かび上がったそれをアントーニョに見せると、わりあいと丸みのあるアントーニョの目がまんまるになって、口がぽか~んと開いた。
「えっと…?何か悪い病気とか…か?」
アーサーが固まるアントーニョに不安になって聞くと、
「あ、いや、そういうわけやないんやけど…
なんちゅうか…少し珍しい体質というか……」
と、言葉を濁すアントーニョ。
青ざめたり厳しい表情になったりとかではなく単純に驚いている様子なので、確かに深刻な病気とかではなさそうなのだが……
「えっと…とりあえずギルちゃん呼ぶな?
これ…ギルちゃんも聞いたほうがええと思うわ」
と言って、アーサーが口を挟むまもなく、携帯を出してギルベルトにかけ始める。
「あ~。ギルちゃん?
とりあえず今から帰れそうか?
いや、別に具合悪くなったりはしてへんよ?
ただなんちゅうか……とにかく帰ってきぃ?」
言いたいことだけ言って、どうやらガチャ切りしたらしいアントーニョ。
「えっと…俺のことなら仕事中のギルに迷惑かけなくても……」
心配になって言うアーサーに、アントーニョはなんとも言えない表情で首を横にふる。
「いや…これ、ギルちゃんにとっても重要やと思うし…
1人で考えとってもしゃあないことやし?」
あまりに複雑そうな顔をするアントーニョに、アーサーもまた不安になってきた。
そして聞く。
「えっと…結局なんだったんだ?これ?」
と、手の中の棒に視線を落とすと、アントーニョは、ん~~~と目を閉じて少し考え込んで、落ち着いてきいてな?と、最終的に目を開けてアーサーの顔を見て告げた。
その、驚くべき事実を…
「それな、妊娠検査薬やねん」
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