コンコンとドアをノックして、ギルベルトが食事の乗ったトレイを置いていってくれるのに礼を言いつつも布から目を離さないアーサーに、ギルベルトが気遣わしげに綺麗な形の眉を寄せる。
そして
「ごめん。
どうしてもイメージが消えないうちに仕上げちゃいたいんだ」
とのアーサーの言い訳に、
「良いけどな。
ちゃんと食うだけは食って、寝るだけは寝ろよ?」
と、ギルベルトはそういい置いて、リビングへ戻っていった。
それは戻った初日からすでにそうだったのだが、胃のムカムカが収まらない。
なんだか気持ちが悪い。
食べ物の匂いをかぎたくない。
でも胃痛とかではないので、おそらくあちらの空気が良すぎてそれに慣れてしまって、こちらの空気や水に合わないだけだろうと、アーサーは思う。
だから病気ではないと思うし、1ヶ月に及ぶ自宅勤務を通常の通常状態に戻したばかりで忙しいであろうギルベルトに心配をかけたくはない。
ということで、朝は眠いからと申し訳ないがギルベルトが出るギリギリまで眠っていて出る前に起きてお見送りだけして、昼は作っておいてくれる昼食を、これも本当に申し訳ないがこっそり処分させてもらって、夕食は、あちらで見た綺麗な花々の印象が薄れないうちに刺繍にしたいのだと理由をつけて自室にこもって、運んできてもらった夕食も、もう申し訳ないことこの上ないが、こっそり容器に移して、ギルが会社に行っている昼間の間に処分している。
これを帰って来た翌日から2日間。
バレたらどうしよう…せっかく用意してくれた食事なのに…と思う気持ちと、わざわざ時間をとって別荘に連れて行ってやったのに戻った途端に体調を崩すなんて面倒なやつと思われたらと言う不安。
どちらにしても嫌われる気がして、絶対に伝えられない。
隠すしかない。
もちろんこれからずっと刺繍を理由に夕飯を一緒に食べるのをパスするわけにもいかないし、なんとかこちらの生活に身体を戻さないといけないとは思うのだが、どんどん胃のむかつきはひどくなってくる気がするし、どうしたらいいのだろうか…
今日で3日目。
朝はやっぱりパスしてギルの見送りだけして、そのまま30分ほど戻って来ないか様子見をして、それから部屋に隠しておいた昨日の夕食をダスターシュートに。
その瞬間…仕事で疲れて帰ってきているのだろうにアーサーのためにと作ってくれたソレを捨てている自分が申し訳なくて申し訳なくて、涙が溢れてきた。
…やっぱり病院に行ったほうがいいのだろうか……
でも、実家では体調を崩すと医者のほうが家に来ていたから、病院に行くと言ってもどうしたらいいのかわからない。
本当に自分は生活力もないどうしようもない人間だ…と、ひどく落ち込んで、アーサーはまた泣いた。
これがここ2日間続いているアーサーの午前中の日常だ。
だが今日は少し違った。
ギルベルトが出社して1時間ほど。
いきなりエントランスのベルが鳴る。
インターホン越しに見ると、なんとそこにはアントーニョがいて、カメラに向かって
『ちょっとギルちゃんに頼まれてきてん。開けたってぇ~』
と、笑顔で手を振っていた。
本当に得な人間だと思う。
アントーニョはなんというか、全く他人に警戒心を起こさせない何かがある。
「…今あける……」
と、エントランスのドアを開けると、管理人にエレベータの使用を許可してくれるよう連絡をいれた。
そして数分後。
ぴんぽ~ん!と自宅ドアのベルが鳴る。
『オ~ラッ!親分やでぇ~』
と、自宅ドアのインターホン越しにやはり笑顔で手をふるアントーニョ。
一体何をしにきたのだろう…とここにきて思ったが、ここまで通しておいて今更なので、アーサーは玄関の鍵をあけて、ドアを開いた。
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