フェイクorノットフェイク、ソレが問題だ_束の間の


それからの1ヶ月間は実に平和だった。

ギルベルトは正確には休暇ではなく自宅勤務という形態にしただけなので、平日の日中は書斎にこもってデスクに向かっている。

その間にアーサーは炊事以外の家事に勤しみ、その他の時間は刺繍三昧だ。


都会にいる時とアーサー自身がやっていることは変わらないのだが、空気と水が美味しくて、なによりほぼ書斎にこもっていたとしても、声をかけられる距離にギルベルトがいる。
そして食事は毎食一緒にできるというのは嬉しい。

式の時におかしくなった原因がわからないため庭には出られないが、その代わり花々や祭壇を撤去して変わりにソファとテーブルを設置したサンルームには入れるので、そこで庭に咲く花々を目で楽しむことは出来た。

そうして和やかに毎日が過ぎていく。

しかし咲き誇った花の花びらが一枚一枚散って行くように、日めくりのカレンダーが一日一枚一枚めくられるたびに、この楽しく穏やかな時間が徐々に減っていくのが感じられて、少し悲しい気分になった。

そう、楽しい時間には必ず終わりがあるのだ。


あと1週間…6…5………2………

残りを数えてしまうと落ち込んでくる。


ギルベルトは
「そんなに気に入ったならまた来ればいいだろ。
この別荘手放す予定はねえし、いつでも来れるから」

と、なぐさめてくれるが、アーサーにとってはいまが全てだ。
楽しいことはまた今度できるなんて保証があるような人生は送ってきていない。

だから絶対に手に入れられる幸せは今かくじつにきまっているものだけだと思っている。


気持ちが沈んでいるせいか、食欲が徐々に落ちてくる。
少し胃がムカムカしている気がする。

本当にこんなにメンタルに来るくらい、幸せというのは享受している時はこの上なく楽しいが、ある意味、一度知ってしまうと手放せない麻薬のようなものだと、アーサーは思った。


「そこまで楽しんでもらえたなら、用意した方としては本望だけど、そんなにがっかりされるとなぁ
まあずっととは言えねえけど、1年の半分くらいなら今回みたいな勤務形態に変えてもらうようにするか?」

ガクンと食べる量の減ったアーサーに苦笑しながら、ギルベルトはそう言って頭をなでてくる。

あまりわがままを言って困らせて疎ましがられたくないので、アーサーはそんなギルベルトの言葉に、もしかしたらもう来年はないのかもと言う気持ちをぬぐえないまま、それでも、『また来年でも十分』と、言うのだった。




こうしてとうとう1ヶ月が終わり、来た時と同様、わずかの着替えだけを積んで、別荘を出て鍵をかける。

これが最後かもと、そんな気持ちがどうしても心の中から消えなくて、車に向かうわずかな間に何度も何度も振り返った。


「すごく幸せな一ヶ月だった……
と、心配そうに見下ろしてくるギルベルトにアーサーが微笑みながらそう言うと、

「これからもっとたくさん幸せな生活させてやるから」

と、とりあえず笑みを浮かべたアーサーにホッとしたように、そう返してきて、アーサーのために車の助手席のドアを開けてくれた。



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