なのでそのドアの前に立った瞬間に、妖精の姫君のような花嫁が隣で歓声とともに目を輝かせた。
「…きれい……」
と、一言。
言葉はシンプルだが、その分、澄んだ丸い目が雄弁に感動の気持ちを語っている。
「行くか」
と、肘を差し出すと、そこに添えられるのは肘まである白いレースの手袋をした小さな手。
それを確認してギルベルトはガラスのドアを開けた。
開いた瞬間にただよう花々の香り。
そこで添えられた手からほんの少しの硬直が伝わってきた。
「どうした?」
と、見下ろすと、アーサーはふるふると首を振る。
マリアベールの下の顔色は特に悪くもなく、不快の色もなく、ただ少し不思議そうな色を帯びていたので、部屋を埋め尽くす花の香りが意外に強くて驚いたのかと思って、気にしないことにして、ギルベルトは入ってすぐのコンソールテーブルに置いておいたブーケをアーサーに手渡した。
それに顔を埋めるようにして
「…可愛いな……」
と笑みを浮かべるアーサー。
おまえの方が可愛いっ!と言いたいところだが、言ったらはにかみ屋の花嫁が立ち直るまでかなり時間がかかりそうなので、その言葉は飲み込んで、ギルベルトはアーサーの手をとって祭壇もどきの前へ…
しかし、さあ誓いの言葉と指輪の交換を…と思ったあたりで、ギルベルトはようやくこの場の異変に気づいた。
サンルームはこの別荘の中では一番広い部屋で、20畳ほど。
決して狭くはないその奥のあたりの祭壇に足を進めるまで気づかなかったのは、危険が目に見える人間や物ではなかったからかもしれない。
…ぎ…る……
きゅうっとギルベルトのタキシードの袖にしがみついて、すがるように見上げてくる花嫁の大きな目は潤んでいて、吐き出す息は荒い。
普段は真っ白な頬も紅く染まっていて、熱でもあるのか?と思わないでもないが、どこか空気が違う。
なにか花のものとは違う甘い香りが漂ってくる気がしてあたりを確認するが、怪しげなものはなく、さらに注意をしてみると、それがアーサーのほうから…もっと言うなら、アーサー自身から発せられている事がわかった。
一体なにがどうなっているんだ…?
と、深く考えるまもなく、目の前で朱を増して行く花嫁に、ギルベルトは内心ひどく焦りながらも硬直する。
…ぎる…ギル、どうしようっ!…なんか身体が変なんだ……
パニックを起こして泣き出すアーサーを前にギルベルトも動揺した。
する…する…動揺するっ!
そして…暗転。
………
………
………
気づけば頭上にはガラスを通して見える綺麗な星々…
横にはドレスを着崩されたしどけない様子でぐったりと横たわっている花嫁。
…マジか……やっちまった……
なぜそういうことになったのか全然わからない。
いや…こうなった経過についてはしっかり記憶があるわけなのだけれど…
自分で自分を制御出来ずに、何回も致してしまった記憶がしっかりと……
はぁ…と、ため息をつきながら、ギルベルトはくしゃりと頭をかいて頭上をみつめた。
原因ははっきりはわからないが、記憶をさかのぼって状況を考えると、花が原因だった気がする。
このサンルームに足を踏み入れた時のアーサーの様子が少し変だった。
特定の花でその気になってしまうアレルギーなんてあったっけ?
と、バカバカしいことを思い、しかし実際そうなってしまったらしいので、その花を特定しないとアーサーは外にだせないのでは?と、考え込む。
ああ、でもそれならスコットに連絡を取ってきいてみるのも一つの手か…と思いつつ、でも今日は疲れたし明日以降…と、面倒事は明日の自分に投げることにした。
今の自分の優先順位は花嫁のケアの方だ。
原因はあとで調べると言うことにして、さて、問題は……
この経験は本人にとって多少なりとも素敵な思い出になったかどうか…ということだけである。
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