そして、後遺症などはないと思うが念の為と、意識が戻るまではそのまま病院で過ごすことになった。
ああ…可愛い…
こんなときなのに、そんなことを思う。
兄がこの婚姻を持ってきて…でも取り返そうとするってことは父親は知らなかったんだよな…可愛いもんな、こいつこんなに可愛いもんな…
そう考えてみれば、手段はとにかくとして取り返そうとする父親の行動は間違ってはいないのかもしれない…。
フランシスに聞いた話だとアーサーは4人兄弟の中で唯一の愛人が生んだ子らしいから、どこかにやりたい兄と母vs手元に置きたい実父という流れになっていてもおかしくはない。
しかも…単なる就職やお預かりではなく、同性の自分との婚姻という形だし?
そもそもアーサー自身はどう思っているんだろう。
いつでも自分と一緒に居たがっているように見えたが、それは兄たちから戻らないようにと言われているからとかではないのだろうか…。
父親が兄たちがいる実家とは別の居場所を用意してやったら、そちらに戻りたいと思うのだろうか…。
もしそうなら返してやるべきだ。
アーサーはまだ16歳の子どもなのだから…
アーサーはまだ16歳の子どもなのだから…
そう思いつつも、当たり前だが気乗りしない。
自分のエゴだとわかっているのだが、手放したくない。
はぁ…と両手に顔をうずめて、ギルベルトは大きく息を吐き出した。
やるべきこととやりたいこと…それがここまで乖離していることは初めてで、自分自身の心だというのにうまく調整できない。
「…アルト…おまえにとって一番幸せな道を選んでやりたいとは思ってんだけどな……」
聞こえていないのは承知でそう小さく愚痴ると、子猫のような手触りの金色の髪をふわりと撫でる。
それだけで手のひらから幸せな柔らかさが伝わってくるというのに、これをいまさら自ら手放せるのか……
そんなふうにずっと鬱々としていて、ふと時計に目をやると、気づけば4時間経っていた。
その時、本当に突然ぱっちりとアーサーが目を開ける。
そして何か不安げないろをたたえていた瞳がギルベルトの姿をみとめて、一気に安堵したような様子を見せた。
それに、どうやら記憶障害とかはなさそうだな…と思いつつ
「アルト…俺様のこと、わかるか?」
と、聞いた瞬間、アーサーのまるい大きな目からぶわっと涙が溢れ出て
「ギル…ギルっ!!!」
と、自分の名を呼びながら、すがるように手を伸ばしてきた。
そんな嫁が可愛くて愛おしくて、ギルベルトも胸がつまる。
「良かった…。
アルトが無事で本当に良かった…」
と、伸ばされた手を片手で握り、もう片方の手で頭を撫でてやった。
少なくとも今じぶんはアーサーに必要とされている。
求められている。
もうこのままでいいじゃないか。
父親のことなんて言わなければいい。
あれは単なる不埒な誘拐犯ということにしておけば幸せな生活は保たれる…
そのとき心の中で悪魔がそうささやいた。
だが、アーサーがくすん、くすんと泣きながら、自分を撫でるギルの手に本当に信頼しきった様子ですり寄ってくるのを見て、胸の痛みを感じつつも思う。
ダメだ…信頼を裏切るべきじゃない。
どうしても手元に置きたいなら、全て…自分に不利かもしれないことも全部話した上で交渉すべきだ。
一過性のどうでもいい関係じゃなく、これからずっと守って慈しんで生きていくということはそういうことだ…
不安で心臓がどきどきする。
それでも言わないという選択はしてはならない。
そう決断して、ギルベルトは
「あのな…聞かせてほしいことがあんだけどな…」
と、口をひらいた。
そして、
ギルベルトが戻ったらアーサーが拉致されていたこと。
ギルベルトが戻ったらアーサーが拉致されていたこと。
なんとか見つけて取り戻したが、誘拐犯たちはアーサーの実父の依頼だとくちにしていたことを告げると、アーサーはなぜか青ざめた。
…これは…どういう意味で青くなっているんだ?
自分が不安を見せるとアーサーも不安に思うだろうとあくまで表にはださなかったが、ギルベルトの方もその反応に不安が広がる。
だがすぐに判明した。
アーサーは力なく肩を落として、
せっかく楽しかったのに…
映画館もショッピングも、すごく楽しみにしていた。
楽しい一日になるはずだった……
せめてこの一日だけでも楽しい時間を過ごしたかった。
どうせ捨てられるんでも、楽しく幸せな思い出くらいほしかった。
とポロポロと溢れる涙をごしごしと手の甲でぬぐいながら、子どものようなたどたどしい口調で言った。
これは…帰りたいと思ってないってことだよな?!
と、そんな悲しさに泣くアーサーを見て、ギルベルトは逆に浮上する。
もちろん可愛い可愛い小さな嫁を悲しい気持ちのまま放置なんてさせるつもりは毛頭ないので、ギルベルトはこれからたくさんあるであろう記念日をずっとアーサーと過ごしていくつもりで、そのためにアーサーを守りたいことを告げた。
それを聞いたときのアーサーと来たら、本当にびっくりした様子で、メロンキャンディのようなまんまるのグリーンアイがさらにまんまるに見開かれる。
本当になぜギルベルトがこんなに可愛い嫁を手放したいと考えているなんて思うのだろう。
とりあえずアーサーにしては災難だったのかもしれないが、ギルベルトにしてみれば、嫁と楽しい生活を送るための当面の敵が明らかになり、そして、嫁自身がすべての事情を知っている上で自分と一緒にいたいと思ってくれているとわかっただけで、初デートはかなりの成果があったと思う。
まあこんなにいっぱい悲しい思いをしてこんなにいっぱい泣いたお嫁さまは可哀想なので、嫌な思い出だけの日にしないようにと、ギルベルトはフランシスに電話をかけた。
目的は美味しい料理と可愛いデザート満載で大人気の、なかなか予約が取れないビュッフェ。
そこはフランシスの会社が経営するホテルのものなので、社長権限で一発予約だ。
普段はなるべくそういうコネは使わないようにしているが、今日は特別だ。
こうしてアーサーが幸せそうな顔で可愛らしいデザートを満喫するのを堪能して、すっかり浮上したお嫁さまと帰宅。
さすがに疲れたのか、隣ですぐ、クゥ~クゥ~と寝息をたてているアーサーを横目に、せっせと根回しに勤しみ、あとは返事待ちということで明日の自分になげることにして、ギルベルトも嫁をかかえこんで、眠りについた。
明日からはきっと戦争だ…。
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