面倒ごとの一つや二つあって当然だろう。
もちろん、今日の誘拐未遂を前提に、嫁の安全対策を練るにあたっての根回しのためである。
とりあえず礼から始まる。
嫁はとっても可愛い。
8歳も年下なのもあるし、なにより箱入りで世慣れていない。
だから本人がまだまだ子どもらしいところがあり、ある意味子育てっぽいことも満喫している。
可愛くて可愛くて仕方がない。
毎日が楽しいし、正直、嫁がいたら別に女は要らないし、嫁と居る時間を作れるなら会社にそれほど深く関わらなくても全く微塵も問題ない。
正直権力争いなんてする暇があったら、嫁と戯れていたい。
はっきりいって今までは副社長のことはいちいち煩くて面倒な人物だと思っていたが、こんなに可愛い嫁を見つけてきてくれるなんて、今では本当に感謝している。
…と、これは心の奥底から真実で、嘘偽りのない本心だ。
そして、本題。
そんな可愛い可愛い大切な嫁が白昼の映画館で誘拐されかけた。
しかも犯人いわく、それを命じたのはアーサーの父親だという、
本人に確認もとったが、たしかに実父はアーサーの中に彼が惚れ込んでいたアーサーの実母の姿を重ねて偏愛していて、その執着の度合いが尋常ではないため、彼の兄が心配してこの縁談を勧めたのだと言っている。
しかしギルベルト自身は絶対にアーサーを他に渡すつもりはない。
たとえ相手がアーサー自身の父親であってもである。
誰がなんと言ってももう正式に自分の嫁だ。
だからアーサーの父親を撃退すべく情報が欲しいので、この話を持ってきた彼の長兄に連絡を取りたい。
出来れば副社長にも協力をしてほしい。
少なくとも自分と嫁の楽しい結婚生活を邪魔せずに継続させてくれるなら、自分は弟が会社を率いていくのに必要な協力を一切惜しまないつもりだ。
…と、まあこんなところだ。
あとはフラン。
こちらにも事情を話して、あるいは協力を求める事があるかもしれないことと、出来ればフランの側からもアーサーの父親である製薬会社社長の噂など情報を集められるなら集めてほしい旨を告げた。
とにかく今日はギルベルトの人生の中で一番の激動の日だった。
昼間…間に合ってくれと祈るような気持ちで飛び乗ったエレベータ。
そして駐車場との連絡口で待った。
動きたい。
動いて探し回りたい気持ちがフツフツと湧き起こるが、ギルベルト単体で探すとしたらこれがベストだ。
もしすでに車で立ち去ってしまっていたらお手上げだが、まだ建物内にいて車で移動するなら、絶対にこの場所を通るはずである。
一応自分の姿を見て逃げられたらまずいからと、自販の影で待つ事ほんの数分。
決して長くはないのだが、ギルベルトにとっては非常に耐え難いほど長く感じた時間だった。
通路を行き来する客はパラパラとはいるが、そんななかで両方から少年をかかえる男2人。
かかえられている少年は間違いない、アーサーだ。
ギルベルトが姿を現しても男たちは気づかない。
だが、ほとんど目を閉じたような状態でぼ~っとしていたギルベルトの可愛い嫁は、なぜか彼に気づいたらしい。
焦点があわない潤んだ目をギルベルトの方に向け、すがるようにかすかに手を伸ばす。
そして、
……ぎる………ぎ…る……
とその小さな唇が声にならない声を紡いだところで、助け出すための手順とか計画とか全てが脳内から消え失せた。
そこからはもう半ば本能で全速力でそちらに突進して、まず向かって右側の男を蹴り飛ばし、向かって左側からアーサーの腰に手を回すと、ぐりんとアーサーの身体をかかえこみつつ回転して、勢いで左にいた男を肘と足をつかって吹っ飛ばす。
──てめえら…俺様の嫁になにしていやがる…っ!!
思ったよりも低い声が出た。
嫁を自分の手で守るためには間違っても犯罪者にはなってはいけない…そう自制するくらいの理性はあったのだが、感情的にはこの世でもっとも残酷な方法でころしてやりたいくらいの気持ちがあったのが駄々漏れていたのだろうか…
おそらく蹴り飛ばされた時にどこか痛めたらしい。
足をひきずりながら、男たちはあとずさった。
後ろにアーサーをかばったギルベルトとは2対1。
それでも向かってこなかったのは、あるいは雇い主からギルベルトがその気になれば数人くらいは楽に伸してしまえる格闘技の達人だということを聞いているからかもしれない。
逆に一歩踏み出すギルベルトに、
「ち、ちがっ……俺たちはそいつの父親から依頼されただけで…っ!!」
と、いいながら逃げていった。
それを追って事情を吐かせたいのは山々だったのだが、優先順位はアーサーの身の安全である。
さきほどまではかすかに意識があったようなのだが、ギルベルトの手に戻って安心してしまったのだろうか、それとも薬が完全に効いてきたのか、アーサーの意識がないのも気になって、ギルベルトは即アーサーをのせて車で病院へと向かうことにした。
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