ほんの少し浮上する意識。
夢を見ていたのか……
それから意識はぼんやりとしているが、目の前にギルがいた。
何かひどく身体が重くて、近づこうとしても動けない。
それでもそばに行きたくて…泣きながら名前を呼んだ気がする…
その声さえもちゃんと出ていたかは謎なのだが……
この頭痛は覚えがある。。
義母と刺繍をしていた時に急に眠気に襲われたあと、こんな頭痛がして気づけば白い部屋のベッドで寝かされていた。
あの時はすぐ2人の兄が救出に来てくれたのだけれど…2人がこっそり来てくれた夜中までの時間、すごく怖かったのを覚えている。
だから…ああ、嫌だなぁ…とアーサーは思う。
また知らない人たちに囲まれていたら……
そう思うと目を開けたくない。
怖い……
でも今回は兄たちが来てくれるとは限らないから、自力でなんとか脱出しなければいけないかもしれない。
絶対にギルのところに帰るのだ…
そう、アーサーにはあの時と違って、なんとしても達成したい目的があるのだ。
それを思い出して、思い切って、えいっ!と目を開いて、アーサーは唖然とした。
そこに見えたのは綺麗な紅い目…
相手もびっくりしたように目を見開いていて、それからおそるおそる…と言ったふうに
「アルト…俺様のこと、わかるか?」
と、聞いてくる。
わからないはずがない。
わかるに決まってるじゃないか。
「ギル…ギルっ!!!」
まだうまく体が動かないが、それでも泣きながら手を伸ばすとギルがその手を握りしめて、もう片方の手で頭をなでてくれた。
それだけでもうすっかり安心してしまう自分はまだ出会って日も浅いのにどれだけギルに依存しているんだと思う。
でもギルはそんなアーサーを完全に完璧に許容してくれてしまうのだ。
今だって
「良かった…。
アルトが無事で本当に良かった…」
と、ほぅ…と安堵の息を吐き出しながら、言ってくれるのだ。
そこでようやく落ち着いて見回してみると、今居るのは全くの知らない場所だ。
でも着ているものは普通のパジャマだし、なによりそばにギルがいる。
あの時とは違うのだ。
ゆっくりと髪をすいてくれる大きくて少し骨ばった手。
その心地よさに色々どうでも良くなりかけていたのだが、アーサーが落ち着いたことを感じ取ったのだろう。
ギルが、
「あのな…聞かせてほしいことがあんだけどな…」
と、ふと頭を撫でる手を止めて、アーサーの顔を覗き込んだ。
「昼間な、俺が戻ったらアルトが居なくて、これは普通の状況じゃねえなと思って近くのやつに聞いたんだ。
そうしたらアルトが半分意識ない状態で男2人に連れて行かれたっていうから、急いで追ったんだけどな。
追いついたらその二人組はアルトのオヤジさんに頼まれたんだって言い張ってたんだ。
たしかにな、俺の方に話を持ってきたのはアルトの一番上の兄貴らしいから、親が承諾していないという可能性が皆無とは言わない。
けど、それならに俺に話すとこだ。
けど、それならに俺に話すとこだ。
離婚して親権持たない親が幼児をとか言うならとにかく、この歳の人間を親が誘拐っておかしいだろ。
俺の方からこの話を持ってきた副社長を通して兄貴の方に連絡いれても良かったんだけど、その前にアルトにきいてみようと思ったわけなんだが…」
とギルに説明されて、アーサーは色々な意味で青ざめた。
よもや父親がこんな実力行使に出るなんて思っても見なかった。
それにも青ざめたが、そんな面倒な問題をかかえているのだとバレたら、ギルは嫌にならないだろうか…
それが何より恐ろしい。
せっかく楽しかったのに…
映画館もショッピングも、すごく楽しみにしていた。
楽しい一日になるはずだった……
そう思うと、午前中のあのウキウキした時間と今のギャップに泣けてくる。
せめてこの一日だけでも楽しい時間を過ごしたかった。
どうせ捨てられるんでも、楽しく幸せな思い出くらいほしかった。
思わず涙と共にそんな思いをこぼすと、ギルは
「ちげ~よ!!なんでそうなるんだっ?!
見限んならなにもきかねえだろうが。
これから嫁をきっちり守らねえとだから聞いてんだろ」
と、少し眉を寄せて、コツン、と、額をアーサーの額にぶつける。
「…へ??」
「へ?じゃねえよ。
誰かが自分の嫁を拉致ろうとかしてんなら、普通は全力で阻止だろうが。
おまえのオヤジが本当におまえを拉致るような理由があって黒幕なら、俺は自分自身がガードするのはもちろん、自分のつてを総動員して潰すつもりだけど、正直、おまえの方の事情、考えてみればおまえの口から聞いた事がなかったから、どうなってんのか本当のところはわからねえし?
おまえを誘拐しようとした実行犯はおまえの保護を優先して逃げられちまったしな。
万が一、オヤジじゃないあたりが黒幕だったら、いきなりそっちに相談しちまったらまずいだろ?
だからおまえ自身に聞いてんだよ」
ギルの目はいつだってまっすぐで、嘘なんかついていないのはわかってしまう。
本当なんだ…
こんなに面倒な自分でも見捨てずにいてくれるんだ…
そう思ったら違う意味で涙が溢れてきた。
「本当に…なんでそんな後ろ向きなんだよ。
たしかに初デートはさんざんで終わっちまったけどな。
今度ちゃんとまた連れてってやるから。
記念ていう意味なら、今後、初クリスマス、初ニューイヤー、初誕生日に、結婚記念日もろもろたくさんあるからな。
今回は狙われてるなんて知らなかったから不覚にもさらわれちまったけど、次回からはきっちり護衛してやるから、楽しみにしとけ」
アーサーのせいで初デートが潰れてしまったのに、ギルはそれを責めることなく、笑ってそんなことを言うと、グリグリと頭を撫で回す。
アーサーがこれ以上すぎたことにクヨクヨする前に、楽しい未来を約束してくれるところが、さすがギルだ。
あまり他人を褒めることのない長兄をして
『正直、女だったら小躍りしてマッハで嫁入り支度整えて押しかけてもおかしくないくらいの身分、財力、顔、能力、性格と、全部が整った男』
と言わしめる人物だけある。
その後、アーサーはどうやら特殊な睡眠薬を使われただけらしく、少し休んだら頭痛もひいたので、
「ま、あれだ。ランチ食いそこなったから、ディナーはデザートがすげえ豊富で可愛いモン多いらしいビュッフェ行くか」
と、リカバリとばかりにギルが予約をいれてくれて、美味しい料理と可愛いデザートを満喫して、終わりよければ全て良しと言うギルの言葉とともに、初デートの日は終わったのだった。
その夜は…ギルは隣で遅くまであちこちにメールを送っていたようだが、アーサーはさすがに疲れてしまい、ふとんに入ったらもう目があかなくて、そんな気配を感じながらもすぐ眠ってしまった。
眠る直前、ギルの大きな手が優しく頭を撫でてくれるのを感じながら…
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