まあまあ整った容姿はしているものの、ややいかつい感じのその男は、時間きっちりに来るなり、いきなりそうやって頭を下げた。
スコット・カークランド。
父親の会社で総務部長をしているアーサーの長兄である。
ああ、真面目そうな男だな。
長男を絵に描いたようだ…。
と、ギルベルトの彼に対する第一印象はそんな感じだ。
副社長がまあまあ、話はこれから…と、彼に座を勧めて、ギルベルト、副社長、スコットと、ちょうどコの字になるように腰をかける。
「まあ、ちゃっちゃと本題に入ろう。
初めて会うな。
ギルベルト・バイルシュミットだ。
よろしく」
と、差し出す手を握りながら、相手も
「スコット・カークランドだ。
弟が世話になっている」」
と、名乗る。
そうしておいて、双方再度着席をすると、副社長がどちらかが話を始めるのか、それとも自分が間に入ったほうがいいのかを探るように2人の間で視線を巡らせるので、ギルベルトの方から口を開いた。
「まず大前提だ。
俺はアルトを手放す気はない。
アルトも俺に懐いてくれているようだし、俺も小さな弟ができたようで日々楽しい。
今は家事に凝っているようだから、料理とかも少しずつ教えているし、アルトが望むなら勉強や仕事も教えてやってもいいと思っている。
調べはついてて話が来たんだと思うが、正直俺自身は働かなくても贅沢しなきゃ食っていける程度の資産はあるし、手元に引き取ったからには一生面倒は見てやることはできるし、そのつもりだ。
だから今日来てもらったのは、アルトの身の安全のためにそっちの事情が知りたいからだ。
昨日、誘拐未遂があったあと、アルトからは俺の方に残りたいという話は聞いたんだが、親の詳細についてはトラウマをつつくことになっても嫌だから、大人達のほうに聞こうと思って聞いてない。
てわけで、アルトの実父が今回の婚姻を承諾していないということなら、俺のほうで話をして説得してもいいし、なんなら面会くらいはさせてもいい。
ただし、手放すのは無しだ。
正式に俺の配偶者になっているし、俺もアルトもそれを望んでない」
そう、手放す気はないっ!
まず、主張すべきはそれだ。
そのギルベルトの主張にスコットは、はあぁぁ~~っと心底安堵したように肩の力を抜いて大きく息を吐き出した。
「…助かる。ほんと~~~に助かる」
と、こぼれ出る言葉。
そのあとに少し考えて、
「ここからはかなりプライベートな話になるので、出来れば2人で話させてもらっていいだろうか?」
と、ギルベルトと副社長、双方の顔を見た。
「あ、ああ。では私は外そう」
と、即空気を読む副社長。
彼的にはギルベルトがアーサーにかまけていてくれるなら、どうでもいいのだろう。
そこでギルベルトとスコット、双方が現状維持を望んでいるということを確認できたら、用はないとばかりに
「今後なにか私で出来ることがあったら言って欲しい。
協力は惜しまないつもりだ」
と、言いおいて会議室を出ていった。
パタンと閉まるドア。
それを2人で確認すると、再度向き合う。
「さっきの大前提を信じて話をする。
これは愚弟のせいではなく、本当に親がアレなだけなので、引くなとはいわないが、見限らないでやってほしい」
そこでスコットはまた生真面目な長男の顔になって頭を下げた。
「あ~…どんな話かはわかんねえけど…」
と、それにギルベルトはくしゃくしゃと頭をかいて答える。
「俺にとっては今現在のアルトが全てだ。
うちも色々複雑な事情かかえてるし、俺自身は会社も継がないし、別に社会的地位とかも要らないっちゃ要らないからな。
必要なら捨てちまえる。
最悪、嫁と楽しく田舎で楽隠居でも暮らしていけるしかまわないしからな。
よしんば親が犯罪者とかくらいのことでも全然気にしないが?」
そう言われてスコットはぽかんと顔をあげた。
そして、苦笑する。
「そう言ってもらえるとありがたい。
いや、こちらは身内からその”犯罪者”を出さないために動いているんだが…」
「ほお?」
「…たとえ血の繋がりがあろうと、父の愚弟に対する執着は立派な犯罪レベルで…
正直に言う。
やつが愚弟を誘拐したのはこれで二度目だ。
一度目はやつから母が常に愚弟をガードしてたんで、しびれを切らして2人に睡眠薬を盛って愚弟を誘拐した。
その時はなんとか連れ戻したんだが、このまま自宅に置いておくと危ないということで、俺が避難先を探してたどり着いたのがあんただったというわけだ」
は?自宅から?母親がガード?
スコットの話はギルベルトが想像していたものとだいぶ違う。
「母親って…正妻だよな?
アルトは愛人の子だって聞いてたし…実の親じゃないんだよな?
ガードってことは…少なくとも危害を加えられることもなく実家で暮らしてたんだよな?
そこからそんな真似してまで誘拐する目的は?」
もう最初からわからなくなった。
頭にはてなマークを浮かべながら聞くギルベルトに、スコットは苦々しい顔をする。
「あまり考えたくない」
「いや、そこんとこ教えてもらわないと、対策を講じにくいんだが?」
まあ、ギルベルトの言葉はもっともなので、スコットは、くれぐれも他言無用に…と念押しをして話し始めた。
「愚弟の母親は父親の初恋の女なんだ。
で、会社のために母親と結婚はしたものの諦めきれず、相手にも恋人がいたにも関わらず権力を使って強引に愛人にして生まれたのが愚弟だ。
その女は愚弟を産んですぐ病死。
その後しばらくは父は家にあまり寄り付かず、平和と言えば平和だったんだが、愚弟がローティーンになる頃、ふと気づけば死んだ母親にそっくりに成長してることに、父が気づいちまったわけだ。
で、偏愛し始める。
まだ”子どもとして”猫っ可愛がりするとかならいい。
正直、俺達の母も末っ子は見ての通り幼い感じの容姿だから上3人とは違う、いつまでも小さな子どものような可愛がりかたをしてたしな。
だが父は愚弟をその母親である初恋の女に重ねはじめたんだ。
ようは…女みたいにしたかった?
それを知って危惧した俺ら兄弟や母親は、なるべく父親を愚弟に近づけないようにしてたんだけどな。
母親の実家はうちの会社の大取引先だから、母親のそばにいれば乱暴な真似はできないと思ったんだが、さっき話した通り、薬盛られて拉致られたわけだ。
まあ幸いに拉致した先は会社のラボで、俺は実質会社を統括してたから、情報が来て救出できたんだが……拉致した先が先だ。
救出が遅れてたら、あるいは手術くらいしてたんじゃないかと……」
「手術って…あ~…いわゆる……?」
「取るものとって入れるもの入れれば、外見上おんなに見えるようにするくらいはできるからな。
そういう意味では愚弟はまだ骨格も成長しきってないし、外科的処置をすれば違和感ないんじゃないかと…
…ってことでだ、少なくとも愚弟がもう少し育って男くさくなって母親の面影が消えるまでは放り出さないで面倒を見てほしいというのが、こちらの要望だ」
なるほど。確かに了承なくそういう理由でメスをいれたら、それは思い切り犯罪だ。
自分と違って会社にも家族にも責任のあるスコットにしてみたら、そんな世間からみたら変態じみた犯罪を家族におかしてほしくはないだろう。
「…わかった。
実父はとにかく敵で会わせない方がいいということだな」
「ああ、面会とかもやばい。
なにをするかわからない男だ」
「了解」
こうして互いに連絡先を交換して会談を終える。
スコットが絶対的に嘘をついていないとはもちろん言えないが、わりあいと人を見る目があると自負しているギルベルトの目から見れば、今回の話に関しては嘘はないと思う。
そのあたりはフランシスや、なんならアントーニョに頼んでアントーニョの実家経由でも、それとなく情報を集めてもらおう。
だが、当座は確かにギルベルトの目指す、アーサーを手元に置いて手放さないというものと、スコットの目指す、アーサーを実家から離すというものは同じ方向を向いているので、協力していくのが正しいだろう。
マンション内はセキュリティがしっかりしているので安全だが、アーサーを1人で出歩かせないようにしなければならない。
そのためになるべく自宅に居る時間を増やしたい。
そのあたりは副社長に依頼すればなんとでもなるだろう。
そう考えてギルベルトは極力自宅で仕事をする形式に切り替えてもらうべく、会議室を出て副社長室へと足をむけたのだった。
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