最初に違和感を感じたのは、映画館の入ったショッピングセンターについて車を降りた瞬間である。
しかし、休日ということもあってそこは人でごった返していたし、そもそもがアーサーはそんな場所に来た事がなかったので、はじめは気のせいだと思っていた。
そして、
「どうした?なんか変なやつでもいたか?」
と、聞かれて少し考えた。
見下ろすギルはきれいな形の眉を少し気遣わしげに寄せていて、そんな表情もあまりにカッコよくてハッとする。
そうだ、隣にこれだけの最高の美形がいるのだから、周りの視線を集めるのも当たり前なのかもしれない。
アーサーだってもし1人でいる時にこれだけカッコいい男性が歩いていたら、少しくらいは視線で追ってしまう事もあるだろう。
そう、家と違ってここは人がたくさんいるのだ。
自分以外にギルに見惚れる人間が大勢いたっておかしくはない。
そう思えば、そんな誰もが注目してしまうレベルでカッコいいギルを独り占めしているなんて世間様に申し訳ないと思いつつも少しだけ誇らしくて、
「いや…なんか道行く人がギルに見惚れてるなぁって思って。
俺よりずっとお似合いのきれいなレディ達には少し申し訳ない気がするけど、あらためて、そんな相手を探してきてくれた一番上の兄さんは大変だっただろうけど、でもちょっと嬉しいなって思って」
と、自分より視線が上のギルをみあげて照れ隠しに少し笑みを浮かべると、ギルは少し驚いたようにぽかんと口を開けて呆けたあと、なんと赤くなった。
その反応にアーサーはびっくりした。
だってギルはいつも大人でいつも余裕だったから…
──アルトの好みの容姿なら別に他のやつはどうでもいいんだけどな
ぼそりとつぶやいて視線を反らせるが、それがどうやらギルの方の照れ隠しであることは、ぎゅっと握った手のちからがまったく緩まず繋がれたままなことでわかる。
そして…
──こういう会話って…なんだかデートっぽいよな
と、紅い顔のまま笑って言うギルベルトにうなずいて、アーサーはギルに連れられて映画館のある階に行くためエスカレータに足を踏み出した。
その後、映画館に足を踏み入れた瞬間、本当にそんな違和感は何もかも完璧に頭から飛び去った。
すごい、すごい、すごい!!
テレビでみたことはあったが、実際に映画館に足を踏み入れたのは初めてだ。
まず一歩足を踏み入れると、まるでコンサートホールのように少し控えめな照明で全体的にブラウン系の空間。
広いエリアの正面にはチケット売り場。
入って右手には映画をみながらつまむ飲食物を売っているカウンター。
休日だけあってどちらもとても混んでいるが、
「指定席予約しといたから」
と、脱いだコートの内ポケットから2枚のチケットを出してにやりと笑うギル。
このあたりの卒のなさがさすがだと思う。
それでも入場時間まであと10分前に来たのは、あらかじめ買っておくわけにはいかないブツのためらしい。
「映画と言えばポップコーンだろっ。
アルト、塩とキャラメルどっちがいい?
なんなら両方小さいサイズのを買ってシェアするか?」
と問われて、アーサーは少し悩んで、結局ギルの提案にのって両方買ってシェアすることに決めた。
「OK。じゃ、ちょっとこのへんで待っててくれな?」
と、入ってすぐのあたりにたくさんあるソファの一つに促された。
おそらく代表者がチケットや飲食物を買うのを待っている人達のためのものなのだろう。
そこも人がいっぱいだ。
大きなショッピングモール、きれいな映画館、そして大画面で映画を見るときに食べるポップコーン。
どれもテレビでしかみたことのない光景で、すごくわくわくする。
ギルがあらかじめ買っておいてくれた映画のパンフレットに目を通しつつ、ときおり、カウンターの一番すいている列の最後尾に並ぶギルの後ろ姿を目で追った。
さらさらの銀色の髪。
コートを脱ぐとインナーはシャツにジーンズなので、細身ながらも筋肉質なバランスの良い体格がよくわかる。
しかもいつもピシっと姿勢が良いので、余計にスタイルの良さが際立った。
その後、ギルの前に並んでいるのが若い男性だったので、連れだと思われたのだろうか。
すぐ後ろに並んでいた二人組みの女性たちから声をかけられている。
それにクビを横にふりつつ少し笑みを浮かべるギルはまるでドラマの主人公俳優のようなイケメンっぷりだ。
ああ…カッコいいなぁ…
どうやらギルにやんわりと断られたらしい女性たちは大人しく引き、ギルは彼女達に小さく会釈して前を向いた。
うん、まあ前言撤回と、そこでアーサーは自覚する。
自分はパンフレットを見る合間に姿を追っているのではなくて、ギルの姿を追う合間にほんの時折パンフレットに視線を向けているというのが正しい。
とにかくギルはとってもカッコいいのにチャラチャラしたところがなく、ああいうときでも穏やかにではあるが、きっぱりと断ってくれる。
自分たちはあくまで家庭や自分の利害に基づいた婚姻関係なのだから、少しくらい遊んでもそれは仕方のない、許容されるべきところだろうに、そういうところは生真面目で誠実な性格のようだ。
別に良いのに…と理性では思いつつも、きっぱりと線を引いてくれることにホッとしたところで、パンフレットに視線を戻そうとして、なぜかクラリとめまいがした。
緩やかに空気が重く押し寄せるような圧迫感を感じて、少し息苦しい感じがする。
頭がぼ~っとして、目の前が揺れた。
いや…揺れているのはアーサーの身体のほうかもしれない。
全てはゆるやかに…徐々に重苦しく……やがてアーサーの意識は深い闇の中へと落ちていった。
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