今日もギルベルトは隣のビルの悪友の社長室で愛を叫ぶ。
それから毎日繰り返されるその言葉に、悪友2人は
「あ~、はいはい」
「わかった、わかった」
と、半ば呆れた様子で、それでも相槌を打っていた。
「で?今度はなんなん?」
それでも聞くアントーニョに、
「お前も懲りないねぇ…
お兄さん、もうさすがに食傷気味なんだけど…」
と、苦笑するフランシス。
そこで、
「せやかて、プーちゃんの惚気はアホらしいけど、お嫁ちゃん自身は可愛らしいし、エピソード自体はプーちゃんがおれへんかったら、微笑ましいやん」
「おまえはぁ~!!!
まあ…俺様のアルトが可愛くて微笑ましいのは確かだが、やらねえからなっ!」
と、お約束のやりとり。
その後、それでも2人は話を聞いてやる。
なんのかんのいって、悪友達は唯一不条理な扱いをする実家から逃げそこねた年下の友人を気にして心配をしているのだ。
だから、
「昨日のアルトはなっ…」
と、そのギルベルトが嬉々として語っているうちは大丈夫だと、安堵している。
ギルベルト曰く…自宅に来てから半月の間、彼の嫁はなんだか変な方向の努力をしているらしい。
数日前、嫁は通販で下着を取り寄せたようだった。
何故か女性用のきわどいやつを。
それが届いたらしい昨日、ギルベルトが帰宅すると、リビングのローテーブルの上には通販の箱。
そして、おそらくその中身であろう下着をじ~っとみながら、少し太めの眉をよせている嫁。
いつもの習慣で自分で鍵を開けて家に入って、リビングで下着を前に渋い表情をしているアーサーを見て、ギルベルトは声をかけるべきかどうか迷ってかたまった。
特に特殊な趣味があるようには見えないの青少年が着るわけでもないだろうし、もし、1人で致す時のオカズにしようとでも思って取り寄せたなら、他人の目に触れるのは気恥ずかしいだろう。
と、そんな気遣いだったのだが、この幼いお嫁さまは帰宅したギルベルトに気づくと、下着をぽいっと箱の中に放り投げて、
「ごめんっ!ちゃんと出迎えないで。
おかえりなさい」
と、駆け寄ってきて、ハグをする。
可愛い。
ご主人様の帰りを待ち構えていた子犬のようだ。
ご主人様の帰りを待ち構えていた子犬のようだ。
…なんて思いつつ、ギルベルトもハグをすると、嫁は
「ご飯の前に紅茶でも淹れてくるなっ。
ひと休みしてくれっ」
と、トテテッとキッチンへ向かう。
そんなやりとりに、心がほんわかする。
明かりもついていない1人きりの家に帰宅。
ただいまを言う相手もなく身体を維持するためだけに黙って食事を作って摂る生活が長かったので、こんなふうに可愛らしく帰宅を歓迎されて、あまつさえ自炊の前に一休みを促されてお茶を淹れてもらえるのは、とても嬉しいし幸せだと思う。
しかも、
「…ごめん…ごはん作って待っていたいと思っているんだけど、実家に居るときにやってみたらキッチンを煤だらけにして食べられそうな物を作れなくて、キッチンに出入り禁止になったんだ…」」
と、うなだれる幼い可愛いお嫁さまは、それでも紅茶だけは絶品で、飲むと本当に幸せになれるレベルで美味い。
料理も本人的にはやりたくないわけではなく、本当は切実に作りたいということなので、毎日ギルベルトが帰ってから2人で並んでキッチンに立って教えてやっているのだが、その前のこの一休みの時間が、ギルベルトはとても好きなのだった。
ギルベルトが会社の帰りに買ってきた、ギルベルトの黒地のエプロンと色違いのグリーン地で小鳥さんの模様の入ったエプロンを身につけて、いそいそとティーセットを乗せたトレーを手に戻ってくるアーサーに、
「アルト、これなんだ?下着…だよな?」
と、トレーを置きやすいように下着の入った箱を端によせながらギルベルトが聞くと、嫁は真顔で
「あ~それ。
はだかエプロン用」
といい切った。
「はあぁぁ???」
と、聞き返したギルベルトはおかしくないと思う。
ギルベルトの可愛い小さなお嫁さまは、世で言う箱入りだ。
家庭の事情もろもろで、この年まで勉強は自宅で家庭教師に教わっていて、ほぼ他人と接してこなかったらしい。
だから色々発想がぶっ飛んでいて、ギルベルトの理解の範疇をはるかに超えたことを言ったりしたりしてくれる。
ギルベルトはもともと知能が高くて、大抵のことは予測の範囲内で大抵のことはそつなくこなせてしまってきた人生だったのが、今回縁があって伴侶になった嫁は本当に予想ができない。
こんなに驚きの連続の日々は初めてだ。
ということで、今回の謎の行動について当然のごとく尋ねたら、返ってきた言葉は…
「…大人の妻は…新婚の間はエプロンだけつけて
『おかえりなさい、食事にする?お風呂にする?それとも…あ・た・し?』
って、帰宅した夫を出迎えるって聞いたから…。
『おかえりなさい、食事にする?お風呂にする?それとも…あ・た・し?』
って、帰宅した夫を出迎えるって聞いたから…。
でもエプロンは調理するときに身につけるものだから、本当に素肌に直接だと不衛生な気がして…
で、どうせならきれいなお姉さんが着ているような肌着の方がいいのかなって思ったんだけど……」
ゴツン!とギルベルトは机に頭をぶつけた。
どこで拾ったんだ?その知識は??!!
とりあえず…それを本気で普通と信じていたらまずいと思い、それは一部のマニアな方々の妄想の産物であって、一般的ではないという訂正をいれてやると、別に悪ふざけでも冗談でもなく、本気で良い妻を目指そうと真剣にそれを実行するつもりだったらしいお嫁様は失敗しちゃったのか…と、しょんぼりと肩を落とした。
その上で
──早くギルに認められるようなちゃんとした大人の伴侶になりたいんだ…
と、大きなまるい目いっぱいに涙をためて見上げられて、ギルベルトは死ぬかと思った。
…主に萌え的な何かで……
「大人になんて嫌でもいつかはなるからな。
慌ててなろうとすることはねえよ」
と、頭を撫でながら言うと、嫁はギルベルトのシャツの胸元をギルベルトよりも一回りほど小さな手でぎゅっと掴んで
「…うん…でも…あんま遅いとギルも嫌になるかもしれないし……
俺、頑張るから…頑張って急いで大人の伴侶になるから…」
と、ぽろぽろ泣きながら言うので、可愛すぎて愛おしすぎて、たぶん数秒くらいは心臓が止まったんじゃないかとギルベルトは思う。
嫌にはならない。
まだ半月なのにすっかり嫁に夢中だ。
でもむしろギルベルトの方が早く嫁の可愛さに慣れないと、いつか萌え死にする気がする。
だからそんな湧き上がりすぎた萌えと愛情で爆発しないように、ギルベルトは今日も悪友たち相手にそれを表に出してガス抜きをするのである。
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