リトルキャッスル殺人事件_幽霊は桜の海で釣られるのか?1

朝…本当に何も起こらず平穏に夜は明けたらしい。

ギルベルトはいつもの習慣で5時には目を覚ます。
何があっても即守れるようにとかかえこんだ恋人様はまだ腕の中ですやすやと寝息をたてている。

ギルベルトが大好きな大きな淡いグリーンの瞳はまぶたの下で見えないものの、白い肌の上にキラキラと驚くほど長い金色のまつげが光っている。

ああ可愛い、可愛すぎるぜ~!と思いつつも、まあそこは青少年なので、寝台の上であまりに長く眺めていると危険ということもあり、お姫さんを起こさないように最新の注意を払ってそこから抜け出した。

そしてそれもいつもの習慣で鍛錬。
部屋でもできる腕立てや腹筋などにいそしんだあと、シャワーをあびた。

いつもならランニングもするところだが、跳ね橋があがっていて外にでられないので、どうも時間があまる。

しかたなしにバルコニーにでて、昨日ジョンから借りておいた釣り竿に餌をつけて糸を垂らした。

宿の壁の周りから半径20mほどの人為的に作られた湖。
宿の側面方向から海へと水路がつながっているので、魚も釣れるわけだ。

だがまあ…釣りの才能はないというか…向いてないっぽくて釣れない。
ああ、暇だ…。

と思っていると、寝台の上でお姫さんがガバっと飛び起きた。

「あ~、お姫さん早いな。まだ寝てても良いけど、もう起きるか?」
と、言うギルベルトの言葉に頷いて、少し寝ぼけ眼で目をこするお姫さんは最高に可愛い。

何をしていてもお姫さんは世界で最高に可愛いと思うのだが、寝ぼけていると仕草や行動が微妙に幼な気になるのが、特に可愛いと思う。

「じゃ、着替えような」
と、ギルベルトはぬるま湯にタオルを浸して顔を拭くように言って渡してやると、アーサーの着替えを準備してやり、アーサーがそれに着替えている間にタオルを洗ってタオル掛けに干す。

その頃には半分眠っていたお姫さんもしっかり目が覚めたようで、

「おはよう、ギル」
と、駆け寄ってきてハグしてくれる。

そしてこちらもいつもの習慣で

紅茶飲みたいな……
と言うので、

「じゃ、下に降りて紅茶淹れるか~」
と、2人で寝室を出て1階に向かった。



こうして連れだって二人が下に降りると、
「おはよう、早いね、アーサー君にギルベルト君。」
ジョンも朝早いらしく…というか朝食の準備をしてくれている。

「おはようございます。手伝います」
アーサーとギルベルトは言って自分達もエプロンを付けるとジョンと並んでキッチンにたった。

「君は…なんだか海陽学園トップの成績なんだって?シンディーから聞いたが、すごいな」
ジョンはみそ汁をまぜながら、料理を盛りつける皿を戸棚から出して並べているギルベルトに話しかけた。

実によくされる会話。
女性陣にされると心がざわつくのだが、話している相手が中年男性だとアーサーも心穏やかだ。

朝の澄んだ空気もあいまってなんだかとても気分が良くて、鼻歌交じりに可愛らしい野イチゴの模様の皿をテーブルの上に並べていく。

そんなアーサーのリラックスして楽しげにしている様子にギルベルトの気分も上昇。
お姫さんの機嫌に勝るものなどあるはずがないという男だ。

そんな和やかな空気を作り出してくれているジョンには感謝の念を込めて、実に穏やかな笑みを浮かべてこたえる。

「いえ…たまたま他の人間より早い時期から他の人間より長い時間勉強してただけですから」
「いやいや、長くやってもトップに立てるのなんてほんの一握りだ。君はあれかい?やっぱりすごい塾とか行ってるのかい?」

「いえ、中学までは家庭教師でしたが、高校に入ってからは参考書片手に自己学習です」

「ほ~それでトップとはすごいな。…昨今はみんな塾とかに行ってるようだが…そんな話を聞くと意味があるのか考えてしまうね…」

「あ~…人によるんでしょうね。俺は勉強は自分のペースで進めたい派なので。
でも誰かと一緒に切磋琢磨しながらの方が伸びる人間もいると思います」

「そうか…でも塾は…学校みたいな部分があるからね、今は。勉学と別の部分でトラブルが起きる場合もある…」
ジョンはそこで話を切った。

やはり…シンディーも高校生だし気になるんだろうか…。

まあ女の子でしかもここで働くのなら、それほどムキになって勉強勉強言わないでも良いとは思うが…とギルベルトは思った。

「あ…そういえば…ダイニングにはピアノがありましたね。ジョンさんが弾かれるんですか?」
話が途切れたところで、2人の話を黙って聞いていたアーサーが、ふと目についた立派なグランドピアノについて口を開く。

「ああ、いや。甥がね…。
シンディーの弟なんだが去年事故でなくなって…それ以来誰も弾けないままだ」
触れちゃいけない部分に触れたか…と、アーサーは慌てて

「すみません」
と謝罪した。

「いや、気にしないでくれ。誰か弾けるといいんだけどね。今年のシーズンにはピアノ弾ける子でも雇うかな。
甥が生きている頃は普通にショパンとかが流れていたものだが…流れなくなるとなんとなく寂しくてね…
レコードで聴くのとはまた違った趣があるから…」

少し伏し目がちに言うジョンにアーサーは思わず

「弾きましょうか?」
と声をかける。

「おや、弾けるのかい?アーサー君。」
目を丸くするジョンに、アーサーは少し微笑んだ。

「まあ…かじった程度ですが。ショパンのワルツくらいなら」

「嬉しいな。じゃ、ワルツ第7番嬰ハ短調とかリクエストしていいかな?」

「ああ、哀愁に満ちた良い曲ですね。了解です。ピアノお借りします」
アーサーは手を洗ってエプロンで拭くと、ピアノの前に座った。


部屋には優美で…しかし寂しげな曲が流れる。
ジョンはギルベルトに任せて料理の手を休め、ダイニングの椅子に座ってそれを聴いていた。


「トム?!」
その音を合図にしたように階段から駆け下りて来たシンディーの声にアーサーは一瞬手を止めた。

「あ…ごめん…なさい」
ピアノの弾き手を確認すると口に手をあて俯くシンディーに、アーサーは

「いや…こちらこそすみません。ピアノ借りてます」
と頭を下げる。

「事情は聞いてるので…あまり気分が良くないようなら中断しますけど?」
と一応アーサーが聞くと、ジョンが

「私が弾いて欲しいと頼んだんだ」
と、補足した。

それに対してシンディーは
「ううん…すごく懐かしくて…。その曲弟が好きだったから。良かったら続きを弾いて?」
とジョンの隣に腰をかけた。


また指を鍵盤に滑らせるアーサー。
しばらくリクエストされるまま他の曲も弾いていると、

「ガリ勉仲間は女ウケする事はなんでもできるんだなっ」
といつのまにか降りて来たダニーがアーサーの肩に手を伸ばした。

もちろんそんな暴挙を許すギルベルトではない。

慌ててエプロンで手を拭きながら駆け付けるが、次の瞬間

「この子に触るなぁっ!!!」
と、いきなり激昂して叫んだジョンがダニーを投げ飛ばした。

ずっと穏やかだったジョンの豹変ぶりに思わず手を止めるアーサー。
音がやんだ事でハッとしたらしい。

「いや…昨日揉めたと聞いてたから…ここで揉められたくなかったんで」
と、ボソボソっと言うと、

「食事…そろそろ運んで来よう」
と、ジョンはキッチンへ消えて行った。


「そろそろ皆降りてきそうだな。俺も手伝います」

空気が微妙に変わった事でアーサーもピアノを閉じるとキッチンへ向かい、ギルベルトもまたキッチンへ戻り料理を運ぶのを手伝う。


しかし…いったいなんだったんだ…。

アーサーはその瞬間は驚いたものの気にはしていないようだが、ギルベルトは穏やかに見えたジョンのあまりの豹変ぶりにも違和感を抱いた。

本当に…この旅行は事件が起きそうで…でも起きていないのに違和感と不穏さだらけで気持ちが悪い。

キアーラから来たフェリシアーノの幼馴染のトラブルだけに、フェリシアーノが巻き込まれないという選択肢はなく、フェリシアーノが巻き込まれた時点でルートが見捨てられるはずもなく、こんな不穏と危険が満ちている状況の旅行に2人だけを行かせるという選択肢もギルベルト自身にはなかった。

なかったのだが、せめて大切な大切なお姫さんは巻き込むべきではなかった、置いてくるべきだったのでは?とギルベルトは今更ながら後悔する。


が、そんな不安をよそに、ギルベルトは朝食の時間ということで降りてくるフェリ達や女子高生組と挨拶をかわす。

ことが起きていない以上、なんとなく気持ち悪いなんて話を朝っぱらからするわけにもいかない。

空手部達以外は降りてくると楽しげにおしゃべりをしながら、当たり前にキッチンへ行って料理を運ぶのを手伝い始め、ダイニングには美味しそうな朝食が並んだ。

「おっなかすいたぁ~!」
と、支度が終わって席につくフェリシアーノ。
当然のようにその隣に座るルート。

ギルベルトも椅子を引いてアーサーを席にうながし、アーサーがそれに座ると自分も隣に座る。

その一連を見て

「殿下、マジ殿下!!今日はナイトじゃなくて執事みたいっ!!」
と、はしゃぐ女子高生組。

さきほどの険悪さが嘘のように、明るい朝にふさわしい和やかな空気がダイニングに漂う。

が、そんな中、

「あれ?マイクは?」
と、みんな揃った所で一人来ないマイクに気付いてシンディーが同室のはずのダニーに目を向けた。

「なんだよ、お前と一緒じゃないのかよ?
目、覚めたらいなかったから二人で空き部屋ででもいちゃついてんのかと思ってたぜ」

「私は昨日、夕食が終わって分かれたきりだけど…」
といってシンディーはさらにリックとユージンに目を向けるが二人とも

「俺らの部屋にも来てないぜ?」
と首を横に振った。

「もうっ!勝手なんだからっ。
いいよ、来たらつまめるもん何か残しておいて食べちゃおっ」
ジェニーがぷ~っと頬を膨らませた。

「ま、それでいいんじゃね?もしかしたらまだ昨日の件ですねてんのかもしんねえしなっ」
仲が良かったはずのダニーも前日もめたためか意外に冷たい。

「一応…そうしようか。いつ戻ってくるかもわからないしね」
最終的にジョンが言って、全員が朝食にした。



そして食後。
後片付けが終わると跳ね橋がおろされた。

「昨日の…確認に行くか?」
一応覚えていたらしい。ギルベルトがルートとフェリシアーノに声をかける。

「え~…でも…俺ちょっと嫌だなぁ…」
躊躇するフェリシアーノにギルベルトが

「万が一な、フェリちゃんが考えてるようにお化けがいたとしたってな、今は朝だぜ?
怖い事なんて全然ないんじゃね?」
と苦笑して言う。

まあそれもそうだ。
と、アーサーも思って苦笑した。

その二人のやりとりに全員なになに?と寄ってくる。


「ほ~、そんなもんだったら俺らも行ってやるぜっ!」

昨日アーサーにのされて格好わるいところをみせてしまってここら辺で挽回したい空手部3人組はうでまくりをした。

「怪しい奴なんていたらのしてやるよっ!」
と、威勢のいい言葉を吐いている。

「それだけいたら俺は残ってていいよね?」
と、それを見てルートの後ろに隠れるフェリシアーノ。

それに苦笑しつつも
「ふむ兄さんがいるなら何が来ても伸せるだろうし、それなら俺は宿内の警護に残る方が良いか?」
と、一応兄にお伺いをたてるルートに、ギルベルトは

「ま、念の為そうすっか」
と、うなづく。


こうして空手部と女子高校生組、ギルとアーサーで宿の周りを一周することになった。


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