ちょうどアーサーから背を向けて窓の方を向いて立っていたフェリシアーノが悲鳴をあげた。
アーサーもそれにつられるように窓に視線を向ける。
すると、窓の外でぼんやりと白っぽい大きな塊が何もないはずの中空を漂って行ったのが視界に映った。
アーサーは小さくつぶやいた。
視線は窓の外に釘付けだ。
とは言っても大きな塊が見えたのは一瞬で、その後は真っ白な桜吹雪がハラハラと舞っている。
…幽霊は…桜の花びらになって消えたんだろうか……
何故かそんな非科学的なことを思い、そしてうらやんだ。
…うらやま…しい………
…綺麗な花びらとして散って空気に融けて消えられたら…どんなに良いだろう……
アーサーは無意識に窓の方向に手を伸ばした。
ふらり、ふらりと歩を進める。
──行っちゃだめえぇええーー!!!アーサーっ!!ダメーーー!!!!
と、その瞬間、足にフェリがしがみついて、ガクン!と進行方向に倒れかかる上半身はルートのムキムキの腕に支えられた。
そしてさらに数秒後…
──お姫さんっ!!どうしたっ?!!!無事かっ?!!!
と、耳をつんざくような叫び声。
「…あれ…?…ぎる…どうして、ここへ?」
状況がつかめない。
確かアーサーがこちらに向かった時には女子高生3人組と話し込んでいた気がしたのだが…と思い、それを口にすると、片手でしっかりとアーサーをだき込んで、無言で怪我その他を確認していたギルベルトは、はぁ~とアーサーの肩口に額を押し付けた。
「…お姫さん…いきなり消えんのやめてくれ…。心臓が止まるかと思った。
気づいたらいなくて慌てて探しに出たら、なんだかフェリちゃんの悲鳴聞こえるし…
お姫さんに何かあったら俺様も死ぬからな。
本当に死ぬから…」
アーサーの腰に回した硬い手が…筋肉質な腕が…ギルベルトの全てがひどく震えている。
…消えたい…と先ほどまで思いつめていた気持ちがそれを認識した途端に溶けていった。
「…ギル…あの…な、なんか見えたんだ。
窓の外で桜吹雪の中を横切るように真っ白いものが…」
さきほどまで考えていた事を告げたら、ひどくショックをうけているようなギルベルトに追い打ちをかける気がして、アーサーはとりあえず物理的な事象だけを口にした。
「…外?」
と、そこでギルベルトは顔をあげて、視線を窓に向ける。
…が、腕はしっかりとアーサーをかかえこんだままだ。
むしろ引き寄せるようにして、両腕の中に閉じ込めて、
「ルッツ…どういうことだ?何があった?」
と、ギルベルトが来た時点でアーサーを支えていた手を離して少し後方にいた弟に声をかけると、ルートは
「俺はドアの方向を向いていたのでわからん。
フェリ、何をみたんだ?」
と、同じくアーサーから手を放して側に立つフェリシアーノにきく。
「…白い…なんか…おばけ…おばけが浮いてた…」
という言葉に、改めて窓の外を凝視する兄弟。
が、見えるのは外からの視界を遮るためのついたてと、綺麗な星空。
そこでギルベルトがアーサーをしっかりかかえたまま、浴室のガラス戸を開けて同じく外を見るが、見えるのはやはりついたてと星空、それからこのペンションの壁くらいだ。
そのために同じく外を見たアーサーが
「…消えた……」
と、ポツリとつぶやくのに、ギルベルトは
「どのくらいの大きさだ?浮いてたってどんな風に?」
と聞く。
それにはフェリシアーノが
「あのねっ…このくらいのね、…おっきさ」
と、答えて両腕を広げた。
「…シーツか何かが落ちたみたいな感じか?」
だいぶ落ち着いて来たらしいギルベルトはほぼ習慣でアーサーの頭を軽くなでつけながらさらに聞く。
「…ううん…。なんかス~っと横に移動してた…」
と、それにもフェリシアーノが答えて、向こうの方を指差した。
そこでギルベルトはチラリと腕時間を確かめる。11時48分…。
「何かの見間違いじゃないか?」
中空をそんな大きな物体が浮いてるなんてありえない。
ルートは言うが、ギルベルトはみんなを浴室の外にうながしながら、
「外に出て確かめて来よう」
と、言う。
しかし大浴場を出てそのまま玄関に行きかけて気付く。
「あ、跳ね橋あがってたな」
と、そのまま1Fでジョンを探すがいない。
「しかたないな、いったん上に戻るか」
ギルベルトが言って階段に向かうと、丁度ジョンが上から降りて来た。
「あ、上にいらしたんですか」
ギルベルトがいうと、ジョンは
「ああ、今のうちにちょっと上の空き部屋の掃除にね。オフシーズンでもある程度やっておかないと部屋が傷むしね」
と、笑顔を見せる。
それにギルベルトも少し笑みをこぼして
「こんな時間まで大変ですね。蜘蛛の巣ついてます」
とハンカチで軽くジョンの肩先をぬぐう。
「ああ、すまないね」
とさらに微笑むジョンにギルベルトはアーサーとフェリシアーノが見た物の話をした。
「あ~…大量に飛んだ桜の花吹雪とかじゃなくて?
このペンションの裏に大きな桜の木があるから。今日は風も強いしね。
それとも…幽霊かな?桜は血を吸って花を咲かせるってよく言うしね」
いたずらっぽく笑うジョンにすくみあがるフェリシアーノ。
「ああ、ごめんごめん、冗談だよ。
とりあえずこの時間から跳ね橋あげるとあの音で他に迷惑になるからね。
明日調べてみようか。まあ…こんな小さな島で大きな動物も鳥もいないから、何かの見間違いだとは思うけどね」
と、言われるとそれ以上は強くは言えない。
「はい、お願いします」
と、ギルベルトはお辞儀をして、ジョンと分かれるとみんなを上に促した。
こうしてフェリシアーノとルートとは別れてアーサーと2人部屋に戻る。
本当に…今回の旅行は不穏な事だらけだ。
何をやらかすかわからない素行の悪い空手部4人組。
その中のひとりの彼女でやたらとアーサーに接近している(ようにギルベルトには見える)女子高生シンディ…
そして…アーサーとフェリシアーノが見た謎の白い物体…
動物でも鳥でもない。
桜吹雪なら…飛ぶ方向が逆だ。
ギルベルトは考え込む。
「なんだか…胸騒ぎがするな…」
と、思わず口をついて出ると、腕にかかえこんだ大切な大切な恋人がぎゅっとギルベルトのシャツの胸元をつかんで澄んだ大きな目で見上げてきた。
顔に対して目の比率が大きいせいか、いつも不安げな印象を受けるその淡いグリーンの瞳を向けられると、とても心が揺れるというか、何をおいても守らなければ…と強く思う。
最初の殺人事件の救出後のように、その目に光がなくなって壊れた人形のようになるような図は、もう二度と見たくはない。
スリっと小さな黄色い頭を擦り寄せてくるのが愛おしくて、
「もう寝るか…。明日、吊橋があがったあとに外出れば原因わかるしな。
【幽霊の正体見たり枯れ尾花】って言葉もあるし、意外に明るいところで確認したらなんてことないものなのかも知れねえしな」
と、自らのさきほどの発言を打ち消して、ギルベルトは押入れの中のバッグからパジャマを出すと、上着を脱いだ。
そこでふと気付いて上着から汚れたハンカチを取り出し、洗濯物用の袋に入れようとして、考え込む。
「ギル…どうした?」
今度はハンカチを手に固まるギルベルトに、アーサーがきくと、ギルベルトはふと我に返って苦笑した。
「いや…考え過ぎだ。寝よう」
と、ハンカチを袋に放り込んでパジャマに着替えて、アーサーをかかえこんでベッドにもぐりこむ。
寝ておかないと今回はいつ起こされるかわからない。
ギルベルトは布団を頭からかぶると無理矢理眠りにつこうと目を閉じた。
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