俺たちに明日は…ある?── 腐女子は死なず

唯一の少年の住人が現在留守なので、乙女2人となった離れでのこと

その2人、桜とリヒテンは桜の部屋に集合している。

夜なので暗い部屋。
行灯の灯りが照らす文机に並んで座る2人の少女の顔は楽しげで、その口から出る言葉や手元を見なければ実に愛らしく微笑ましい。

「リヒテンさん、すごく絵がお上手」
と、筆でサラサラとリヒテンが描いた絵を覗き込んだ桜が言えば、

「この桜さんの物語とても表現が秀逸ですわ」
と、穴を開けて糸で閉じた冊子に目を走らせていたリヒテンがほぅっとため息をつく。

その冊子は桜の住んでいる朱雀通り商店街に本部を置く【京娘瓦版組合乙女通信編集部】で、びぃえると呼ばれる男性同士の恋愛が好きな女性陣が作っている物だ。

絵も文章も全て版で量産し、地方の愛読者には商人や忍者、旅芸人など、諸国を旅する同好の士に託して届けている。

桜はその団体の人気小説家の1人だ。

リヒテンはもちろんその手の物に触れるのは初めてだが、新たに開いた禁断の扉に目を輝かせている。

そしてそのリヒテンは一方でお育ちがお育ちだけにきちんとした先生について基本を習いつつ、暇に任せて徒然に絵を描いていたので、一枚絵に関しては見事なものだ。

互いに互いの作品を見て、少女2人はにっこりと微笑む。



「さきほどの一連を書きたいなと思っているんですけど
「まあっ!読みたいですっ!!」

桜の言葉にリヒテンが彼女の手を取った。

そしてそれに対して、任せてっ!と言いつつウンウンと何度も頷き、

「神様っ!ネタをありがとうございますっ!!
本当に本当に、ここに来て正解でしたっ!!」
と、筆を手にしたまま拳を握りしめる桜。

「萌えキャラ、万歳!!」

と、彼女が叫ぶのは、当然、京の都の憧れの的であるギルベルト・バイルシュミットと、彼が自分の弟子として目をかけているらしい名門貴族の跡取りであるアーサー・カークランドだ。


何しろ見た目が麗しい。
髪は銀と金、瞳は紅と緑と、対象的な2人。

それでいて卓越した剣術の腕と高い知能。
それは2人共通で、弟子と公言するだけあって、ギルベルトはいつもアーサーに目をかけている気がする。

そう、桜の腐女子目線では、それが親愛と恋愛の境界線いや、もう2人は結婚すべきというレベルまで来ているように見えていた。


なにしろ京を離れると言えば、2人で仲良く買い物。

その夜の宴会では、誰も気づかなかったアーサーの体調不良に、ギルベルトだけ気づいて声をかけていた。

そうそしてっアーサー様をお姫様抱っこっ!!


体調の悪いアーサーを退出させるのに、ギルベルトは当たり前にひょいっと軽々とその細い身体をお姫様抱っこしたのだっ!!

もちろん、それが元々は退出を拒むアーサーを有無を言わさず運ぶために肩に担ぎ上げたところで、リヒテンから異議を唱えられて、お姫様抱っこを提案されたなどということは、彼女の頭からはすっぽり抜け落ちている。

彼女の脳内では、ギルベルトは他の誰も気づかないアーサーの体調不良を唯一人見抜き、ぐったりとしている(と記憶の変換)アーサーが歩けないだろうと、大切そうに姫抱きに抱き上げて、当たり前に自室へ運び込んだ事になっていた。


そうしてギルベルトの部屋に2人きり
しばらくはリヒテンと共にこっそり庭に入り込み、襖越しに2人を観察。

雨戸は開いていて、障子の襖ごしにかろうじて人影を認識できるが、こちらから認識できるということは、あまりに近づくと逆にあちらからも認識できてしまうかもしれない。

そう思って遠目に凝視。
ギンッ!と目を凝らして凝視

さすがに声は聞こえないし姿は完全にはみえないものの、影が2つ寄り添うようにしているのは認識できて、リヒテンと2人で声なき悲鳴をあげて互いに互いの手を取り合う。


しかしさすがに室内には入れないので、それ以上は妄想でカバーするしかない状況だったのだが、そこでタイムリーに膳を運んでくる菊の姿が。

これに便乗しない手はない。
強引に膳を運ぶのを手伝い、離れに初潜入成功!

もちろん菊はギルベルトの部屋の前で声をかけようとするが、これを少女2人で左右から阻止!

当然だ。
膳を渡してしまったら即退出しなければならない。

そんなもったいないことはできないっ!!


(菊…もし最中だったら困るじゃないですか。少し空気を読んで様子を見てからじゃないと
と、困るというわりに実に嬉しそうな顔の桜に

(最中ってなんの最中ですか
と、ため息をもらす菊。


(ああもしお二人がそういう事になっているならわたくしが三日夜の餅を用意してさしあげないと)

と、こちらは、もう最中であるのは決定事項として、胸の前で手を合わせてうっとりとつぶやくリヒテン。


それぞれ本当に小声でのつぶやきだったのだが、驚いた事に天才軍師様は耳も良かったらしい。
あるいは気配だろうか?

いきなりガラっと開く襖。


驚いてひっくり返っている自分たちに

「病人に要らん気遣いさせるような事はすんなよ?
あいつはオレ個人にとって、リヒテンやフランと同様に守るべき大切な存在だというのもあるし、それ以上にボヌフォワ軍の未来の軍師、俺様の跡を継ぐ者として重要な人間だからな。
何か退屈しのぎに遊びたいなら、病人にちょっかいかけないでフランででも遊んで来い」

という声音はいつになく厳しく、視線もキツイ。

そして……麗しい!!

愛しい少年を気遣い守るために、厳しい表情で他者に苦言を呈する美青年。
彼に危害を加えようとするなら、身内と言えども切って捨てるぞと言わんばかりの迫力

こ…硬派な美形も萌え…ギルベルト様の真剣な表情もかっこいい!!

桜は感動のあまり声も出せずにただうつむいて震えている。

ああ、ご褒美です。
我々の業界ではなによりのご褒美ですっ!!
京娘瓦版組合乙女通信編集仲間の皆さんっ!!桜はやりましたっ!!!


このあまりにアーサー様愛に満ちたが故の厳しい表情も麗しいギルベルト様の表情を皆様にお見せできないなんてっ!!

と、絵師ではなく文字書きの身なのでそれだけが残念でならなかったのだが、それから大人しくギルベルトアーサーの麗しの夜の妄想について語り合おうとリヒテンと一緒に自分達の離れに戻って知った、リヒテンの絵の腕前

これはもう……


「リヒテン様っ!私の小説とリヒテン様の挿絵で、一緒にギルベルト様アーサー様の最大手を目指しましょうっ!!」

との桜の熱い誘いに、手と手をとって目を潤ませながら大きく頷く恐れ多くも現帝の内親王。

こうしてここに京娘瓦版での最強のタッグが生まれたのだった。



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