俺たちに明日は…ある?── いくさが終わって夜も更けて2


「フランシスさん、宴の支度が整いました」

お互いにお互いを気にすることなく、だが同じ空間でそれぞれ好きかってに過しているうち、夕刻になっていたようだ。
菊の呼ぶ声でフランシスはワイングラスから、アーサーは書から目を離した。

「あ、アーサーさんもこちらだったんですね。アーサーさんも来て下さいね。
私はこれからギルベルトさんに声かけてくるのでっ」
忙しそうな菊に、アーサーは声をかける。

「ああ、いい。俺が呼びにいく。リヒテンもあっちに行ってると思うし」

どうやら菊もやることが山積みらしい。

「あ、お願いして良いですか?助かります」
と、ほっとしたように走っていった。


「菊はいつも忙しそうだな~。」
その後ろ姿を見送って言うアーサーに、
「あ~、そうだねぇ。元々マメな子だから、言わないでもなんでも自分でやろうとしちゃうのよねぇ」
と、隣でフランシスがうなづいた。

大儀そうに起き上がって、直接母屋に向かおうとするフランシスの服の袖をグイっとつかんで、アーサーは
「ついでだしお前も来い!」
と引っ張っていく。

「やれやれ…」
ため息をつきながらも引っ張っていかれるフランシス。


「ギルベルト~、リヒテンもいるか?!」

アーサーはつくづく玄関から入るという習慣を持たないらしい。
勝手に庭に入り、西日の差し込む縁側にドカっとあがる。

「あ…」

そこで小さく声を上げて足を止めるアーサーを不審に思って、庭にいた
フランシスは歩を進め、バルコニーの前までくると部屋の中を覗き込んだ。

「どうした?」

というフランシスに、シッ…と人差し指を口にあてて小声で言うリヒテン。
そこにはちんまりと座ったリヒテンの側で熟睡しているらしきギルベルトの姿が…

「うあ…ごめんね」

何故か緊張して後ろを向くフランシス。

「大層お疲れの様子ですので、もう少しこのまま休ませて差し上げて下さいませ」
やはり小声でいうリヒテン。

「わかった。遅れるという事を伝えておく」
アーサーはやはり小声で答えて、庭に出た。

「ヒゲ、何をしている!行くぞ!」
アーサーに声をかけられて、硬直していたフランシスはヒョコヒョコその後を追っていった。

「やはりかなり疲労がたまってたんだな…」
夕焼けに染まる邸内を母屋に向かいつつつぶやくアーサー。

「ヒゲ?どうした?」
ふと返事のないフランシスを振り返る。
そこでフランシスはようやく詰めていた息を吐き出した。

「ギルちゃんが寝ている顔を初めて見たわ」
「そうなのか?」
フランシスの言葉にアーサーはちょっと興味を持って聞き返す。

「うん。ギルちゃんていつでも起きていて鍛錬なり書を読むなり策を練るなり何かをしているのよねぇ」

「過労死しそうだな…」
とアーサーは自分もそう思われているなどとは思いもせず、あきれた声をあげた。



母屋につくともうみんな集まって、フランシスがくるのを今か今かと待ち構えていた。
そしてフランシスが座につくと宴会が始まる。

館のほとんどが参加しての宴会は、この館に初めて来た日以来2度目だ。
アーサーは前回と同じくフランシスの隣に陣取っている。

しかし今回は前回とは少し違った。
周りの男達がこぞってアーサーに酒を酌みにくるのだ。

仲間…というより完全に上に立つ者として認められたらしい。身分ではない。
強さが上下のパラメータな漢の集まりなのだ。

「いや~…初陣とは思えぬ所作、感服いたしました。」
口々に褒め称える。

「うむうむ…たいてい初陣の若造は功をあせって前に出すぎて傷を負ったり、逆に気後れして逃げ腰になったりするものでござるが…」

「ちなみに、私は後者でしたね。」
と、アーサーの隣に控えた菊が苦笑する。

「でも本当に今回はなんというか…すごい安心感でした。
アーサーさんの指示に従っていれば間違いないって感じで。
アーサーさんってギルベルトさんに似てるんですよね。場に流されないというか…。
戦闘中何度もそこにギルベルトさんがいるような錯覚に陥っちゃいました」

「おお、それはオレもだ。」
とみんな口をそろえて言う。

当たり前だ、と杯を傾けつつ心の中でつぶやくアーサー。

ギルベルトならこういう時どうするか…それだけをひたすら考えて行動していたのだ。

人の苦労も知らないで…とフランシスを含めて無邪気にはしゃぐ面々を見て思うが、逆にこのむさい大男達が妙に可愛く思えてもくる自分がいる。

自分が守ってやらないと…いつのまにかこの雅さのかけらもない面々に愛着のようなものがフツフツとわいてくる自分に少し驚いた。

こういう気持ちがあの重責に耐える力を与えるのかもしれない。


「仕方ねえだろ。ギルベルトがいくら完璧な策を練ったところで、神輿のはずのヒゲが最前線にいるんだからな。フォローでもいれてやらないと、流れ矢が当たって大将がくたばったらなんの意味もないだろうが」

あの日のギルベルトの言葉を口にすると『ギルベルト殿だ~!!』と、一斉に場がわく。

「アーサーって…本当にギルちゃんと同じ事を言うのねぇ。左右からダブルで突かれてる気がするよ」
フランシスのお約束のなさけな~い声音に、ワっと笑いが起こった。

宴もたけなわ。夜も更けて、半数以上は酔いつぶれている。

「そろそろ0時まわっちゃいますね」
相変わらずマメマメしく動き回っている菊が柱時計に目をやって口を開いた。

「ギルベルトさん達いらっしゃいませんけど、食事、離れに運んだ方が良いのでしょうか?」
確かに遅い。よほど熟睡してるんだろうか…

「様子見に行ってくる」
とアーサーは立ち上がった。ふと隣のフランシスに目をやる。
明日は確か戦勝報告にローマの城を訪ねるはずだが…飲みすぎか。

「お前も来い!少し歩いて酔いをさませ、明日はローマの城に行くんだろう!」
腕をグイっと引っ張って無理やり立たせる。そのまま腕をつかんで母屋を出た。

空には綺麗な月が浮かび、秋も間近な涼しい夜風が気持ち良い。

「秋風に…という風情だな」
少し酒が入って気分よく口ずさむアーサーに、フランシスは不思議そうに聞く。

「なあに?それ」
「和歌。知らねえのか?」
「よくわかんないけど、雅でおしゃれな感じしていいよねぇ。
今度お兄さんにもそういうの教えてよ。
お兄さんとこはそういうの知ってる人皆無だったからね。だから大殿が自分を遣わしてくださったんじゃない」
「ああ、そういえばそうだったな。」
フランシスの言葉に今更ながら思い出した。
当初の主旨をすっかり忘れていた。

「まあ…いいんじゃないか?和歌なぞ知らんでも戦するには困らないし?」
アーサーは途中にある垣根にヒョイっと飛び乗った。そのまま絶妙のバランスで細い垣根の上を歩き続ける。

「坊ちゃん、そうしてると牛若丸みたいだねぇ」
フランシスはその様子を見て笑った。

「俺が牛若ならヒゲはさながら弁慶か?」
クルっと器用に身を反転させて、アーサーも子供のような笑顔を見せる。
戦場での厳しいまなざしが嘘のようだ。

身なりこそ若武者のようだが、当たり前に和歌を口にし、ふとした瞬間に優雅な仕草を見せる。剣が強くてまっすぐで…

「う~ん…お兄さん、むさいお坊さんになるのはちょっと…それに
「それに?」

「坊ちゃんが悲劇の主人公にはなるのも嫌かなぁ」

純粋すぎるがゆえに利用され、最後は実兄に攻められ命を落とした悲劇の戦の天才にその姿を重ね合わせてフランシスは言う。

「確かに!どうせなら天下を取りたいよなっ!」
アーサーはそう言って、大人の感傷をアハハと笑い飛ばした。



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