俺たちに明日は…ある?── いくさが終わって夜も更けて3

ゆっくり遊びながら上機嫌のアーサーは、慣れた様子でギルベルトの庭の垣根をくぐった。


「坊ちゃ~ん、お育ちいいはずなのになんでそういうとこから入っちゃうのよ。
ちゃんと玄関から入りなさいよ…」

形式にうるさいはずの環境で育ってきたくせに、しばしばまるで庶民の悪童みたいな行動を取るアーサーに、フランシスが呆れ混じりに言うと、

「え~。面倒くさいだろ」
と、変なところで不精なところを見せるアーサー。

それに
「まったく…」
と、今更自分だけ玄関に回ってもしかたないのでフランシスもそれに続く。

こうして二人して入り口をガン無視で訪ねるというよりは侵入といった風にギルベルトの離れに足を踏み入れたが、足取りも軽く縁側に向かうアーサーが、ピタっと足を止めた。

「坊ちゃん?どうしたの?」
と言いながらアーサーの頭越しに縁側の方を覗いたフランシスの足も、そこでピタっと止まる。そして硬直。

「え~と…見なかったことにしておこうか…」
そのまま反転するフランシスの言葉に
「うん。」
と珍しくアーサーも素直に同意して後に続く。

ギルベルトはすでに起きていた。
灯りも燈さず月明かりのみがかすかな光をともす部屋で腰を下ろしている。

問題は…そのギルベルトの腕の中にすっぽりと小さな影が納まっていたわけで…

ギルベルトの腕に支えられたリヒテンの細い肩がわずかに震えているように見えた。

剣に長けているだけあってアーサーは目が良い。
一瞬のうちにそれだけ認識して固まった。


「え~と…ギルベルトも一人身主義…返上?」
二人してこわばった表情でギクシャク歩いている。
ほろ酔い気分が一気に冷めた。

「信じられないんだけどそうなのかしらね

なまじ付き合いが長いだけに、恋人や嫁を作ってイチャイチャしているギルベルトというのがあまりに想像がつかない。
フランシスはこわばった表情でそう答えると、アーサーと並んで母屋へと帰っていった。


母屋につくと、
「おかえりなさい、どうでした?」
広間で出迎えた菊がそんな2人の様子に目を丸くする。

「どうしたんです?お二人とも。すごい形相で…」
「いや…なんでもない…」
硬直したまま答えるアーサー。

「そうですか?」
不審げに言う菊。

「で、こっちにいらっしゃれそうですか?ギルベルトさん達」
菊の問いに二人してブルンブルン勢いよく首を横に振った。

そこで、それならと、
「そうですか、では、食事を持っていきますね」
と、きびすを返しかける菊にあわてるアーサーとフランシス。

「わ~~~!!!菊!そだ!酌をしてくれ!酌!!」
アーサーがその首ねっこをつかむ。

「そ、そうだね!お兄さんにも頼むわ!!」
フランシスも言って菊の腕をつかんで広間に引きずり込む。

「お酌なら他の皆に…私は食事を…」
その手から逃れて広間から出ようとする菊。

「菊!まあ飲め!!」
アーサーは手近にあった徳利を菊の口に押し込んだ。

「ムグ…!!ゲホゲホッ!!」
むせて咳き込む菊を強引に座らせる。

「な…なにするんですっ!!」
涙目の菊。

「戦勝祝いに飲みなおそうよ!!」
フランシスも強引に菊に杯を握らせ、なみなみと酒を注ぐ。


「やめて下さいっ!無理ですっ!お二人のペースで飲んだら死んじゃいますっ!」
菊は2人から必死で逃れようとする。

「あっ!助けて下さいっ!ギルベルトさんっ!!!」
広間の入り口に向かって足掻く菊。

「ギルベルト?!」
「ギルちゃん?!」
同時に叫んで振り向くフランシスとアーサー。

「一体何をしてるんだ?」
あきれた顔のギルベルト。

「リヒテンさん!」
反射的にアーサー達が手を離すと、菊はここが一番の安全圏とばかりにギルベルトの横にいるリヒテンの後ろに隠れる。


「やれやれ…二人とも酔ってんのか…」
別の意味で赤くなって固まっている二人の顔を見てギルベルトが言った。

「はい…酔ってます…」

(そういう事にしておこう…)
神妙にコクコクうなづく二人をギルベルトは不思議そうな目で見る。

「あ、二人とも今食事を持っていこうと思っていたのですが、ギルベルトさん達を呼びに行ったまま何故か呼ばずにお二人で戻ってらしたらしいフランシスさん達に絡まれまして…。お二人ともいらしたのなら、こちらで召し上がります?」

「食事を?ああ、こっちで取るわ」
菊に応えてしばらく考え込むギルベルト。

さきほど…雑談中に肩を震わせて笑い転げていたリヒテンの背中をポンポンと軽く叩きながらなだめていたが…あれは見る角度によってはそう見えるのか…。


「なるほど。そういう事か」
と、一人で結論を出したギルベルトは、リヒテンを入り口あたり残してフランシスとアーサーの方に少し歩を進めた。

そして
「んで、さっき離れまで来て、声をかけずに帰ってきたわけだな…」
としごく冷静な口調で言う。

ギルベルト相手に嘘ついても見破られるだろうな…とアーサーは言葉が出ない。

「…誤解といっても信じねえんだろうし…」
目を見開いて硬直しているアーサーをギルベルトは見下ろす。

「誤解…なのか?」
「まあ…せっかくお子様がない事ない事妄想してるんだろうから想像に任せておく。
ただリヒテンが可哀相だから言いふらすなよ」
ニヤっと笑い、そう軽い口調で言い置いてリヒテンの方に戻っていった。

(大人だ…。)
アーサーはほ~っと肩の力を抜く。

隣でフランシスがやはり息を吐く気配を感じる。

「好んで一人身の余裕だな…大人だ。お前なら必死に言い訳してそうだもんな」
ギルベルトの後ろ姿と見比べて思わずつぶやくアーサー。

それに対して
「だ~か~らっ!お兄さんも選んでるんですっ~!!」
と、横でフランシスがなさけない声で言った。



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