俺たちに明日は…ある?── いくさが終わって夜も更けて1


「クソヒゲ!いるか?!」
リヒテンの部屋を出てアーサーはまっすぐフランシスの離れに向かった。

「…何をしている?」
庭先でせっせとホウキを動かすフランシスの姿にアーサーはポカンと口をあけた。

「いや…しばらく留守にしてたから…」
「大将自ら庭掃除すんなよ!」

どうにも手際の悪いフランシスからホウキをひったくるアーサー。
風上の方からちゃっちゃと手際よく落ち葉をはいていく。

「お~…坊ちゃん、ずいぶん手際がいいねぇ…」
ただの貴族の子供かと思えば、何をやらせても卒がない。

「考えればわかるだろうがっ!ただぼ~っとホウキ動かしてるだけで綺麗になるかっ!
風下ではいていても、風上からゴミが飛んでくるだろ!」

何事も几帳面な性格らしい。
風下の一角にきちんと落ち葉を集めて捨てる。

さっきからテロテロとホウキをかけても一向に変わらなかった庭があっという間に綺麗になった。


「ヒゲ…お前なぁ…」
庭掃除を終えたアーサーはいつのまにかテラスで寛いでるフランシスに目をやり、ピキピキと眉間に縦じわを浮かべる。

「人に庭掃除やらせて自分は何をやってるんだっ!」
「いや…でも坊ちゃんがホウキひったくって…」
口を開きかけてあわててつぐむ。

そこでアーサーがグイっとフランシスの襟首をつかんで
「臭い!!水浴びて来い!着替えくらいしろよ!!!」
と、ピシっと風呂を指差した。
これは逆らわないほうが得策か…フランシスはすごすごと風呂場に退散する。

「まったく!」
アーサーは腰に手を当て、フランシスの部屋中の窓をが~っと開け放った。

戦から帰って放りだした甲冑や具足などを拾ってあるべき場所に納める。
戦に行く前にしまいこんだ布団は庭に干し、脱ぎ散らかされた着物をきちんとたたむ。
そして最後に部屋はホウキをかけ、ぞうきんでからぶきをした。

「よし!」
すっきりと綺麗に整頓された部屋を見て、アーサーは厳しい顔でうなづいた。


「おぉ~すっごい。綺麗になってる」
まっ裸で髪を拭き拭きでてくるフランシスに
「服くらいきちっと着て来い!!」
と着替えを投げる。

「え~!お兄さんのこの肉体美を見せてあげるなんて特別サービスなんだけど…」
と、片手を頭の後ろにやってポーズを取るフランシス。

しかしそれにアーサーが
「ほぉ~?その汚物も木の葉と一緒にこの竹箒で掃いてやろうか?」
と、冷ややかに竹箒の先を向けて言う言葉に、これ以上ない本気を見出して、

「嘘っ!着替えるっ!着替えますっ!!」
と、フランシス慌てて服をかき集めると念の為とばかりに股間を隠しながら、それを身に着けた


「全く!俺が下についているからには、いくらクソヒゲの寝床とは言え、文字通り野生動物の巣穴にしておくのはごめんだ!部屋くらい綺麗にしておけ!」
ドスン!と座り込んで言うアーサー。

「そうは言うけど、お兄さん色々忙しくて…」
「自分で無理なら嫁もらえ!嫁を!!」
「そんな簡単に嫁とかねぇ…」
アーサーの言葉にため息をつくフランシス。

「あ、嫁のきてもないのか」
さらにトドメをさすアーサーに

「違いますぅ~!お兄さん、一応ここのボスだから、お嫁さんもらうのもかなり選ばないといけないから、軽率に決められないだけです~!!」
とムキになるフランシスをスルーしてアーサーは続ける。

「そういえばこの館嫁いる奴いないよな。みんな一人身なのか?」
思い起こせば…この館にきて3ヶ月ほどになるが、リヒテン以外の女の姿を見たことがない。

「可愛いお嫁さんがいたら、戦以外の時は一緒にいたいじゃない?
だから既婚者は普段は郷里の自宅に住んでて戦の時だけかけつけるの。
今回の戦でもいたでしょ。普段邸内でみかけない顔がいっぱい」
ああ、なるほど。とアーサーは納得する。

「女友達と彼女くらいなら、まあここに住んで休日に会う感じみたいだけど…菊ちゃんとか…」

「へ~。菊も彼女がいるのか…」
確かにむさい館の面々の中にあって、可愛らしい人好きのする優しい感じの顔立ちである。

「まあ…たいていは女の子に縁が無い子ばっかりだけどね」
だろうなぁ、とアーサーはうなづく。

「ふ~ん、でも、お前と違ってギルベルトとかは良い男なのにな」
と目の前のフランシスをじ~っと見る。

「ギルちゃんは好んで一人身派だから。
というか、お兄さんだってその気になればいくらでも作れるんだからねっ?
……その気にならないだけで…」

「ああ、そうか。一生その気にならないだけだよなっ」
と、主を主とも思っていないような容赦のない言葉を浴びせかけるアーサー。

反論すれば10倍になって返ってくるので、フランシスはその言葉をスルーする。

そのかわりに、
「坊ちゃんも大人になっても好んで一人身やってそうだね」
と、逆にアーサーに話題を振った。

「ん~…でもないな」
アーサーはそれをあっさりと否定する。

「もしギルがあのままもらわないならリヒテンを嫁にするから」
とさらに続けた。

(あ~、この子達は仲良いもんねぇ…)
と二人なら似合いだろうなぁと納得する。
今でも並んでいると一対の雛人形のようだ。

「リヒちゃんと言えば一緒じゃなかったの?」
確か並んで帰っていったような…と思ってきくと、アーサーは即答
「ギルベルトのとこに食事持って行かせた」

「なるほど。そうか」
納得するフランシス。

初陣から帰ったばかりの身で己の事よりギルベルトの、そして自分の事を気遣っていたのか…
きつい表情、きつい言葉とは裏腹に、アーサーはすごく心根が優しい、とフランシスは思う。
そして…芯がとても強い。

「坊ちゃん、本当にギルちゃんに似てるよねぇ」
しみじみと口にする。
「俺はあんなに強くはない」
フランシスの言葉に伏目がちにつぶやくその表情もどこかギルベルトを思わせた。
そういえば菊が二人はやたらと行動性が似ていると言っていた。

アーサーはフランシスの部屋ですっかり寛いで、フランシス自身は持っているだけでほとんど目を通すことのなかった兵法書などを勝手に引っ張り出して読みふけっている。

戦から帰ってまたすぐ戦のための書を読むか…知識への貪欲さも、またギルベルトに似ているなぁと、フランシスはその邪魔をしないようにそっと酒を片手に寝転んだ。



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