一方で女性陣ご一行は当たり前にフェリシアーノの部屋に押し掛け中だ。
それに対しフェリシアーノとルートは顔を見合わせる。
いや、まずいよね?
たぶん恋人にメロメロなギルベルトが女性陣のアーサーに対する言葉にイライラしながらもそれでも口にしないくらいなのだから、言っちゃいけないことなんだろうな…と、二人は互いにアイコンタクトで確認し合う。
「あ~…アルトはあれで他人にすごく気を使うタイプだから…気を遣いすぎて疲れないように兄が気を回していると思われ……」
と、ルートがまああながち嘘とは言い切れない言い訳をしてみると、
「デリケートなのねぇ」
と、女性陣は意外にもそれにあっさりのってくれた。
「殿下カッコ可愛いよね、マジ。お仕えしたいっ。」
「うん、お仕えしたいね~」
「あとで大浴場でお背中とか流したいね~」
という発言まで出てくる女性陣に、男二人うわぁぁ~~と焦る。
「ね、お前達、強要はだめだよ、絶対にダメっ!
どうしてもそういうゴッコしたいなら俺がつきあってあげるからっ!」
と、慌ててフォローに入るフェリシアーノに、女性陣はえ~?と笑う。
「殿下だからいいんだよねぇ。ノーブルだからお仕えしてる感があるじゃない」
「うんうん。殿下がいい~」
との言葉に、ルートはフェリシアーノに、だからアルトを巻き込むのはやめろって言ったのに…お前、兄さんに殺されるぞ…と、視線を送る。
そんな事はフェリシアーノとて言われるまでもなくわかっている。
何か話をそらすもの…と考え込んでいると、
「そう言えばさ、殿下のナイトは超頭いいんだよね。学年も1年上だとちょうどいいかも。
殿下が駄目ならナイトに勉強教えてもらわない?勉強っ。あたし宿題持ってきたんだ~」
と、アンが言いだす。
「あ~、いいね~」
とソフィーも言う。
「じゃ、そう言う事であとで宿題持って特攻?」
と言いだすジェニーに、フェリシアーノが待ったをかけた。
「待って!勉強ならルートに教えてもらうと良いよっ!
俺、夏休みにずっと教えてもらってたら下から10指に入っていたのを、上位20番に入るようになったっ!
同学年でもそのくらい頭良いんだっ!」
ギルベルトがキレると色々面倒だと思い、フェリシアーノが言うと、
女性陣は当然え~!とブーイング。
しかしそこでルートは伝家の宝刀を抜いた。
「解いて答えを教えてもいい…」
「ルート大先生っ!!」
と、とたんに掌を返す女性陣。
「大先生の気が変わらないうちに、今すぐもってくるっ!」
と、嵐のように去っていく。
一気にシーンとする部屋。
「ルート…ああいうの嫌いだよね?ごめん」
ルートは基本的に自他共に努力を尊ぶ主義で答えを写すような行為は好きではない。
それなのにあえてその主義を曲げさせてしまった。
だからさすがにフェリシアーノも悪い事をした気がして肩を落とした。
ルートはそれに対して、
「別に俺は良いんだけどな…まあ最終的にお前の身の安全に結びつくならしかたがない…兄さんが本気で怒ったら俺にも止められんし」
とため息をつく。
「本人のためにならないが。お前は?宿題とかは大丈夫か?」
頬づえをついて言うルートにフェリシアーノは首を横に振った。
「いや、試験で間違った部分を直して提出なんだけど、旅行前に終わらせてすっきりとして来たかったから、もう終わってる。
といっても、今回、姉ちゃんに短期で雇った新しい家庭教師に見てもらったんだけどね」
「ほお、短期って珍しいな。」
「うん。その先生は塾の講師やってた人なんだけどさ、受け持ってた塾生の一人が自殺したとかでショックを受けて、こっちの生活に見切りつけてUターンらしいよ」
「自殺か。そのくらいなら塾などやめるか別の塾を探すほうが建設的だと思うが…。
参考までに、どこの塾だったんだ?」
「あ~計西会だったかな。大手の。確かシンディの彼氏のマイク達も行ってるってシンディーから聞いた気が…。」
「なるほど。確かに進学率は確かに良いが、キツい事でも有名だな。受験ノイローゼか」
「ん~そういうのと違うみたいだよ。塾のクラスでいじめだって。
若い女の先生だしさ、高校2年の男子とかだともう体格的に大人と変わらないじゃないない?
担当してたクラスで二人の男子が同じクラスの男子に嫌がらせしてたのは気付いてたけど怖くて注意できないうちに自殺しちゃったらしいんだ、その嫌がらせ受けてた方が。で、怖かったのもあるし責任も感じちゃって郷里では小学生相手の塾に務めるらしいよ。
ま、マイクなんかは殺しても死ななさそうだけど、シンディとか一緒の塾じゃなくて良かったね」
そんなことを話していると、伯父の手伝いをすると言うシンディーをのぞいた女3人が早速フェリシアーノ達の部屋に押し掛けて来た。
「おまたせ~!!」
「よろしくお願いしま~す!」
と、上機嫌でルートに宿題を差し出す女性陣。
それを受け取り、黙々と解き始めるルート。
そんな中でフェリシアーノはどうしても気になってコソっとジェニーの肩をつついた。
「ジェニー…ちょっといい?」
少し真面目な顔で言うフェリシアーノに、はしゃいでたジェニーも真剣な顔になってうなづいて、集団から少し離れた窓際に移動した。
「どした?」
と、コソっと聞くジェニーに、フェリシアーノはちょっとうつむく。
「あのさ、中学で別の学校行ってから全然交流がなかった俺が聞いていいような事じゃないんだけど…」
「うん?」
「シンディーってなんでマイクなんかと付き合い始めたの?」
実はフェリシアーノが小学校に入学して最初に隣の席になったのがシンディだ。
末っ子で人当たりは良いがわりあいと色々な事にアバウトだったり依存心が強かったりするフェリシアーノとは対象的に、いかにも“お姉さん”という感じの生真面目でしっかりした子だった記憶がある。
本当に今時の女子とはちょっとかけ離れたタイプで、いい加減なところがなく、それでいていつもにこやかな笑みを浮かべていた。
その頃の印象だと、マイクみたいなタイプは嫌いこそすれシンディの好みではなかった気がする。
女はちょっと悪っぽい男に惹かれるものだとはよく聞くが、生真面目なシンディーがというと、なんとなくピンとこないというか当てはまる気がしない。
今それを聞いたからといってどうなるものでもないのだが、それでも小学校入学時からずっと世話になっていた人間としては…できればもうちょっと彼女に似合った男に乗り換えてくれないものかなと思う。
「ん~…」
ジェニーはフェリの言葉にチラリとドアの方へと視線を移した。
「今それ聞いてどうするのかな?
だって他に目を向かせようにも、フェリはルート君が好きで譲れないんでしょ?」
と、もっともな言葉をくちにするジェニーとそれに
「そうだよね…」
と肩を落とすフェリシアーノ。
確かに代わりにルートをと言われても絶対に嫌だ。
それだけは無理だ。
「ま、それでもあの状態じゃ気になっちゃうのがフェリだよねっ」
ジェニーはそう言ってうつむくと、
「実はね…」
と話し始めた。
「ジェニーさ…親離婚してるじゃん?
元々親はジェニーが物心ついた頃には喧嘩ばっかしてて、よく弟と一緒にここのジョン伯父さんに預けられてたらしいの。
んでさ、ほぼ家族って両親よりは伯父さんと弟って感じだったわけよ。
だから学校卒業したら母親ん家出てここで伯父さんを手伝って暮らすつもりらしいんだ。
で、弟は音大目指してて、でもやっぱり最終的にはここで暮らすつもりだったらしいのね。
ところがさ、去年の7月ね、しばらくジェニー休んでて。あたしらもあとで知ったんだけど弟が事故で死んじゃったからなんだって。
で、すご~くガックリしてたその頃にたまたまバイトで一緒になったのがマイクだったらしくて…。
まあ…もう過去の話だから言うけど、1年くらい前からかな。片思いの相手がいたらしいのよ。で、あたし達がそれ聞いたのが5月頃。
口も聞いた事ないどころか、愛称だけでフルネームも知らないって当時言ってたから、相手はマイクでないことは確か。
それでもシンディー、夏休み前日にはダメ元で告白してみるって言ってたから、休みあけたらマイクと付き合い始めててびっくりしちゃった。
今にして思えば、弟亡くなって、片思いの相手に告白して玉砕のコンボでヤケになってマイクだったんじゃないかなと思うんだけど…」
「そう…だったのか…」
「でもせめて…シンディーももうちょっと良さげな奴に乗り換えてくれたらな…」
それでも口をついて出るフェリシアーノに、ジェニーもうなづいた。
「うん…。だから今回フェリが男友達連れてくるって聞いた時ちょっと期待しちゃった。
つか…無理かな?もちろんルート君はフェリの想い人だから諦めるけど、殿下かギルベルトさん。あれだけスペック高い男の子達ならどう考えてもマイクより良い気するんだけど…」
と、その言葉が出てきた時点で、それまではしんみりと話を聞いていたフェリシアーノはぎょっとして、ブンブンと首を横に振った。
「無理!!アーサーもギルも恋人いて、相手にベタぼれだし、相手をすっごく大切にしてるからっ!!」
なびくことはまずないと断言できる。
それは確かだとしても、ちょっかいかけた時点でアーサーはとにかくギルは確実にキレる。
下手したら血の雨が降る。
「どうしても?」
ちらりと自分を見上げるジェニーにフェリシアーノはブン!とうなづく。
「そっかぁ…」
フランとジェニーが部屋の隅でコソコソっとそんな話をしていると、不意に内線がなってルートが出る。
そして内線を切ると
「今シンディから連絡があった。
部屋にもフロはあるが、大浴場あるから夜入りたいなら掃除しろということだ。
フェリ行くぞ。」
立ち上がりかけるルートの服の袖をアンとソフィがしっかりつかむ。
「…な、なんだっ?!」
とその真剣な顔に若干びびるルートに、二人はきっぱり
「ルート大先生はダメっ!宿題終わるまでは絶対にダメっ!!」
と言ったあとに、くるりとフェリシアーノの方を向いた。
もう女性陣の決死の形相は、下手をすれば空手部より怖い気がする。
「お風呂掃除くらいフェリ一人でできるよね?!」
と、もう断ったら殺されそうな血走った眼で言われて、フェリシアーノは思わずコクコクと言葉もなくうなづいた。
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