それとも怖かったか?
防犯ベルで即飛んでこれる距離だったから大丈夫だと思ったんだけど、怖い思いさせてごめんな?」
「…いや…空手部はどうでもいいんだけど……」
と、アーサーはコテンとギルベルトにもたれかかって、さらに考え込んだ。
最初は気のせいかと思った。
埠頭でフェリシアーノと合流した時、女子高生3人組がギルを見てはしゃいでいたのはわかる。
だってギルはどこに居ても誰と居ても思わず人目をひくほど際立ってしまうレベルのイケメンで、いつも一緒に出かけるたび通行人の注目を浴びるくらいのことは多々あるので、そんな反応もさすがに慣れた。
だが、残りの1人…男の側にいたのでおそらく彼女が例の宿のオーナーの姪っ子なのであろう女子高生が、じ~っとギルに視線を向けていた。
どこか悲しそうな切なそうな…そんな印象をアーサーは持ったのだが、すぐ視線を他に向けて出航の手伝いに戻ってしまって聞けないまま。
相手は彼氏持ちだし一瞬だったので、いつまでたってもギルの恋人でいることに慣れず自信のない自分が気にしすぎているのだろうと思って流すことにした。
その後は空手部4人とフェリシアーノの幼馴染のジェニーとの口論とか、それに割って入ったギルとのゴタゴタとか、色々あって特にこれと言って気づく事もなく、到着。
…が、ここで荷運びの手伝いを募集されてギルが名乗りを挙げた時、やっぱり一瞬…すごく気にしていたアーサーだから気づいたくらいのほんの一瞬だが、なんだか嬉しそうな顔をしていた気がする。
その前に女子高生組の1人のソフィが名乗りを挙げた時も、その後にアーサーが手伝いを申し出た時も浮かべなかったような、嬉しさを押し隠したような表情…
彼氏持ちなんだからありえない…
そうは思うものの、心の中で何かもやっとしたものが渦巻いた。
だから…喧嘩した。
そう、空手部が争いを仕掛けてきた時、ブザーを鳴らせば良いものを、わざわざ自分で喧嘩をしたのはわざとだった。
ギルに護身術は教わったものの、それを実際に試してみた事はなかったし、あんなに見事に空手部4人が揃って伸されてくれるなんて思っても見なくて、少しくらいは自分も怪我をするだろうと思っていて、それを期待してやってみたのである。
自分でも歪んでいると思うのだが、軽くでも怪我をすればギルはきっと心配してずっとアーサーといてくれる。
そうすれば他の子に目が行くこともないだろう…なんて考えていたと知ったらさすがに引かれるだろうか…。
他の3人のようにオープンにはしゃいでいるのは良いのだ。
それも嫌だと言ったらギルのように色々な面で優れたイケメンと一緒には居られない。
今までだってそういう風にはしゃがれた事はあったし、でもギルが相手にしないのもわかっている。
だけど…あの女子高生…シンディの視線は嫌だと思った。
怖い…。
あの思いつめたような真剣な眼差しが怖い。
絶対に彼女とギルを2人きりにしたくない…
「あの…な、ギル…」
「おう?」
頭をギルベルトの肩に預けながら、アーサーはそのシャツをぎゅっとつかんだ。
「なんだ?なんか気分優れなさそうだけど大丈夫か?お姫さん」
心配そうに顔を覗き込んでくる綺麗に澄んだ紅い瞳。
ギルのことは顔も性格もなにもかも好きだけど…こんなにイケメンじゃなかったらもしかしたらこんな事で頭を悩まさずに済んだかもしれないし、その方が良かったんじゃないかな…と、少し思う。
が、それはもちろん飲み込んで、アーサーはどう切り出そうか考えた。
そのまま言ってしまってギルに相手を意識されるのは嫌だ。
だから散々悩んだ挙げ句、全体の事として聞いてみることにした。
「あの…シンディ?ここのオーナーの姪御さん…」
「おう?」
「ギルかルートの知り合い…とか言うことはないか?」
真面目そうな少女だった。
そんな子が彼氏がいて一目惚れもないと思うし、あるいは彼氏と付き合う前から知っていて、密かに想っていたとか、そんなところだろうか…と思って聞いてみたのである。
アーサーの言葉にギルベルトは無言。
記憶を探っているらしい。
その沈黙の間、ひどくドキドキする。
ギルの方でも実は昔どこかで会っていて、忘れていたけど思い出したらやっぱり…とかだったらどうしようか…と、とても不安でドキドキする。
血の気がさ~っと引いて、冷房が効きすぎているわけでもないだろうに、震えが止まらない。
そのアーサーの様子にギルベルトは少し顔色を変えた。
「お姫さん、大丈夫か?真っ青だぜ?
俺様は記憶にねえけど…ルッツはわかんねえ。
まあ、どこかで会ってたとしても忘れてるな。
ルッツはそういうの隠せるタイプじゃねえし。
でも少なくとも俺様が知ってる限りではルッツの知り合いでもないはずだ。
…なんでそんなこと?
なんか変なことでも言われたのか?」
ギルベルトは自分との関係を危惧されているなどとは夢にも思っていないらしい。
だから自分は覚えがないとして、ルートの事まで考えていたのだろう。
そんな答えが返ってきて、アーサーは嘘をついていることに少し心が痛んだ。
が、やっぱり本当のことなど言えないしと、
「いや…なんだか埠頭で合流した時に、こちらを意味ありげな目で見てた気がして…。
初対面の人間に対してとはなんというか…上手く言えないけどちょっと違う感じ。
でも俺は彼女の事は記憶にないし、ギルかルートが昔何かで一緒だったとかかなと…。
違うなら良いんだ。
ごめん、今回元々不穏な旅なのもあって、俺も神経質になってるのかも。
変に揉めるのも嫌だし、忘れてくれ」
そう言って表情を読まれないようにギルの胸に顔を埋めると、いつものように大きな手がゆっくりアーサーの頭を撫でてくれる。
そして
「わかった。特に相手に何か言うことはしねえけど、気をつけておくな?
まあ今回の旅行は事情が事情だし、俺様もお姫さんから離れる気はねえし何があっても守るから、安心してくれ」
と、アーサーが一番欲しい言葉をくれる。
「…ギル……」
「…ん?」
ギルが他の誰かを好きになってしまったら…と、不安になることはしょっちゅうで、本当は自分の名前を書いておきたいくらいだ。
もちろんそんな事は出来るはずもないのだけれど…と、思いつつ、せめて隙間なくくっついていたい気分になって、アーサーはギルベルトを見上げて言った。
──くっついてたい……
そう言うと、ギルはふわりと笑みを浮かべる。
精悍な顔立ちで普段はわりあいとキビキビしているので、こんな風な表情をするのはほぼ2人きりの時だけだ。
──お姫さん…好きだ……
愛の言葉はたいていストレートで端的だが、その分声音と視線が甘い。
頭を撫でていた手がそっと頬に添えられ、おそるおそると言って良いほどそっとひきよせられる。
最初はまるで大切な壊れものにでも触れるように腕の中にひきこまれ、あたたかい腕に囲まれて外界から遮断されるようにだきこまれるその瞬間が、アーサー的には愛情を感じさせてくれて幸せな気分になるのだが……
音がきこえにくくなっているなかで、わずかにノックの音が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。
もし何かあればギルが対応するだろうから…。
そう判断して、アーサーはそのまま安心しきって目を閉じた。
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