俺たちに明日は…ある?── アーサー初陣_師弟


ギルベルト率いる別働隊が敵の大将の首を討ち取って帰ってきたらしい。
対峙していた敵はクモの子を散らすように撤退していった。
戦勝を祝う雄たけびが遠くに聞こえる。

「坊ちゃん?大丈夫?!」
ぼ~っとするアーサーをまず見つけて、フランシスが心配そうに声をかけてくる。

(こんな時ギルベルトなら…)
戦闘中何度も密かに繰り返したその言葉をアーサーはまた心の中で繰り返す。


「眠い…」

立ってるのも限界だった。

晴れ晴れしい気持ちなどわいてこない。
人を切る嫌な感触、大将の護衛という仕事からくる極度の緊張、周りの期待から来る重責。
ともすれば心がくじけそうになる。

しかしここで戦闘で気弱になって倒れそうだなんてところを見せるわけには行かない。
倒れそうになる理由…何かつけないと、と出た言葉がこれなわけで…

「だろうな」
と、救いの手は上から降ってきた。

「ギルちゃん~!」
「ギルベルトさん!」
周りの嬉しそうな声。

ギルベルトは周りに集まる面々を制して、アーサーの腕をグイっと引っ張る。

「こいつ借りてくぞ」

とフランシスにいいつつ、アーサーに

「くたばる前に報告が先だろうが」
とことさら厳しい声をかける。


「ギルちゃん?」
フランシスが首をかしげるのに、ギルベルトが言う。

「昨日徹夜で軍師のあり方の高説と説教くれておいたからな。
この俺様がわざわざ自ら教育してやったんだ。結果報告は当然だろうが」

「ギルちゃん~~」
フランシスが唖然とする。

「お前、あれだけ言っただけじゃ足りなくてまだ説教なんてしてたの?!
しかも初陣前夜に徹夜で…可哀相に。せめてもう休ませてやんなさいよ~~」

真剣に同情するフランシスにギルベルトは

「一日や二日寝ないくらいで死なねえよ。そんな根性なしなら要らん」
とにべもない。

「こんな所でうだうだ言ってるより、さっさと報告すませた方が早く休めるだろ」
と、ずるずるアーサーを引きずっていくギルベルト。

「おに~~~!!」

後ろからフランシスの叫び声が響くが気にせず、ギルベルトはそのまま人気のないあたりまでアーサーを引きずっていって腕を放した。



そのままへなへな膝から崩れ落ちるアーサー。

「よくやった。よく頑張った」
とたんに厳しい表情を一転させてギルベルトがアーサーの頭をなでる。

「ウ…」
緊張が一気に解けてアーサーの目からポロポロ涙がこぼれおちた。

「お…俺はちゃんとギルベルトに言われた事をこなせたか?」

子供のようにしゃくりをあげながら言うアーサーの横にどっかり腰を下ろしながらギルベルトは言った。

「本隊のやつらは、アーサーはまるでオレのようだったと言ってたぞ。
フランも傷一つないしな。
しょっぱなからここまでやるとは思ってもみなかった。
それに…最後までよく弱みを見せずに我慢した。」

ギルベルトの言葉にアーサーはさらに激しく泣き出した。

「まあ…この後はオレが誤魔化してやるから、ゆっくり休め」
ギルベルトがポンポンと背中をたたく。
その言葉に一気に緊張がとけ、アーサーはコトンと気を失った。



「お前には…つらい道を選ばせることになるな…」
すでに意識のないアーサーにギルベルトはつぶやく。

しかしこの先、日の国統一まで自分が生きている保証は無いのだ。
自分の死後自分の代わりになれる資質のあるもの…それがたとえまだ幼さの残る子供だったとしてもボヌフォワ軍の軍師としては心を鬼にしても鍛えなければならない。




「ギルちゃん~?」
ギルベルトが深く息をついた時、ガサっと前方の草むらがゆれた。
そして徳利を手にしたフランシスが顔を覗かせる。

「ハァ~、またきつい事言ってたのか…?」
コロンと転がっているアーサーの顔に涙の跡をみつけて、フランシスはギルベルトに批難の目をむけた。

「ん~…でも説教の途中で寝やがった」
ギルベルトはうそぶく。

「お前ねぇ…相手はまだ16やそこらの子供なのよ?手加減てものを知らないの?」

半分あきれ、半分怒ったような顔でフランシスはギルベルトに言う。

「時間がない。もう戦は始まっている」
フランシスの言葉にギルベルトは応え、さらに床に転がるアーサーに目を落とした。

「短期間で使いものにしないと、本人もやばいだろ」
と続ける。

「あのね…もう充分すぎるほど使い物になってると思うよ?」
フランシスはさきほどの戦を思い起こした。


「ギルちゃん、まるでお前が後ろにいるみたいだった…」

フォローをいれてやるつもりで戦場にでたものの…いつのまにかそこにいるのが
初陣の子供だということを忘れていた。


冷静な目が後ろから自分を守っている。

防御を考えずに思い切り槍を振るっても敵の攻撃は絶対に自分を傷つける前に阻止される。
そんな確信めいたものが、わいてくる頼もしい影だった。


時に周りの護衛に飛ぶ的確な指示も、今この場にいないはずの旧友がこの場にいるような錯覚を起こさせた。

最初に敵を切る気配がした時、一瞬アーサーが初陣である事を思い出して気をかけたら、逆に叱責をされた事も脳裏をかすめる。


それからは相手がアーサーだということもすっかり忘れてた。

それは自分だけではない。
周りの兵士もみな、その指示に従えば間違いないという確かな安心感のせいか、動きが格段によくなった。

その話をしてもギルベルトはあっさり

「オレ程度で満足してもらっては困る」
と、返した。

しかしまったく変わらないその表情の下では、誰も気づかないその時のアーサーが感じてたであろう重圧を思って、心を痛めるギルベルトがいる。

弱みを絶対に見せるな、と言ったのは自分だ。

フランシスは良くも悪くも顔にでる。

優勢の時は良い。
だが、劣勢の時は大将がそれを顔に出せば兵に不安が生じて動きが悪くなる。
誰かが兵の不安を取り除かなければ、最悪軍が崩れる。

たった16くらいの子供にその役をやれとは、酷な事を言っているのは常にその役をやり続けていた自分が誰よりも承知している。

(悪い…)
ギルベルトは密かに心の中でアーサーに詫びた。

しかし…表面上はただのスパルタ師匠を演じる事が、せめてものアーサーの重圧の
軽減になる事も、もちろんわきまえている。

「自分で望んで戦に来てるんだ、これが最低ラインだ。
だが一日でへばるようじゃ、まだまだだな。
戻ったらとりあえず基礎体力作りだ」

「いや…初陣前夜に徹夜で説教なんて普通途中で死ぬし…」
ギルベルトの言葉に冷や汗まじりのフランシス。

「できない奴ならやらせない。やる気のない奴にもな」
やる気のあるできる奴だからやらせるんだ、というギルベルトにフランシスは少しためらった後に口を開いた。

「ギルちゃん…お前もアーサーも急ぎすぎだよ。遊びの部分も持たないと早死にするよ?
お前らを見てると今にも過労死しそうで、お兄さんなんだか怖いわ」
それに対して…ギルベルトは軽く笑った。

そして遠くでフランシスを捜す声に気づいて、あごをしゃくった。

「捜してるぞ、そろそろ出発らしい。先に行け」
「坊ちゃんは?」
フランシスは行きかけて、ふと気づいて立ち止まる。

「まあ…ぎりぎり及第点だから、一杯飲ませてやってから出発させる」
「ぎりぎり…なの?」
「ああ。ぎりぎりだ」


(まあ…今日はあとは帰るだけだしね…)
少し気にはなったものの大将があまり座を外すわけにも行かない。
フランシスは後ろを気にしつつ戻っていった。



「さて、と。おい、アーサー、そろそろ出立だぞ」

起こすのは可哀相だが、さりとて抱えていくわけにもいかない。
ギルベルトが声をかけると、アーサーはむくっと起き上がった。
しばらくぼ~っとしている。

「寝てたか?」
まだぼ~っとした様子のアーサーにギルベルトは

「寝てた」
と応えると

「ほら、飲め」
と徳利をアーサーに渡す。

アーサーはグビっと水でも飲むようにそれを一気に飲み干すと、グイっと袖で口を拭いた。


「すっきりした!もう大丈夫だ」
と言ってスクッと立ち上がる。

「行くか…」
ギルベルトも重い腰をあげると、

「京に着くまではヒゲのお守りしないと!」
と、アーサーは先に駆け出していく。

タフな奴だ…ギルベルトは半ばあきれ、半ば感心した。


一向は一路京へ…
こうしてアーサーの初陣は無事終わりを迎えたのだった。



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