俺たちに明日は…ある?── アーサー初陣_決戦当日

こうして迎えた決戦当日

普段ダラダラと朝の遅い面々も、この日ばかりは早朝から鎧兜をきちんと着込んでいる。

普段屋敷に常駐していない兵士達もいて、見慣れない顔も多い。
アーサーは身支度を終えると大勢の兵に埋もれながら大将であるフランシスを探す。

(どこだ~…)
他より背の低いアーサーにとってそれはなかなか困難な作業だった。


「あっちだ…」
人ごみをかきわけていると、後ろからガシっと頭をつかまれ、左方向を向かされる。

向いた先にはひときわ目立つ大将の兜が見え隠れしていた。

とりあえずそれはひとまず置いておいて、後ろをふりむいたアーサーの前には
すでに出陣の準備を終え、馬の手綱を手にしたギルベルトの姿が。


明るめの青をベースに金をところどころ施した派手な甲冑を着込んだフランシスとは対照的に、全身黒で飾りも一切ないシンプルな甲冑。

半ば伝説になりつつある武将にしては地味だな、と素直な感想を持つアーサー。
以心伝心というのか、考えていることがなんとなく伝わったらしい。

「まあ…本来裏方だからな。黒子というか…」
ギルベルトは肩をすくめる。

そして
「約束は守れよ、アーサー。フランのお守りは任せた。」
と、にやっと笑って、アーサーの肩をバスッ!っと軽く叩いた。

「ギルベルト様、別働部隊、出陣準備整いました」
ギルベルト直属の部隊の人間が呼びに来る。

「おう。すぐ行く。」
ギルベルトは返事をして、本人の甲冑と同じ、真っ黒な馬に飛び乗った。

そして愛弟子に
「アーサー、お前の剣は敵を倒すためにではなく、大将に向かう刃を払うために
振るう剣だという事を肝に銘じて臨めよ」
と、馬上から最後の指示を出す。

「了解だ」
アーサーは遠ざかる馬上のギルベルトに叫んだ。

馬上から軽く手をふり、ギルベルトが消えていく。
アーサーはそれを見送って、フランシスの元に急いだ。



「お~、坊ちゃん、来たね」
本陣でどっかり腰を下ろしたフランシスがアーサーを迎えた。
隣にはやはり鎧に身を包んだ菊が控えている。

「いよいよ初陣ですね、アーサーさん」
菊はいつもの人懐こい笑顔で声をかけてくる。

「敵には相手が初陣だろうとそうでなかろうと関係ない。
手加減もしてくれないんだろうから何か注意する点があったら教えてくれ、菊」

アーサーは冷静な口調で言い、自分からも菊にいくつか質問をする。



昨日までの気負いがなくなった。
そんなアーサーを見てフランシスは思った。

初陣とは思えぬほど落ち着いている。

昨日までのアーサーを思い
「張り切りすぎて前に出過ぎないようにね」
と注意しようと思っていたが、要らぬ心配だったと控える。

フランシスを周りで護衛する予定の面々に立ち位置などを指示する姿は、どこかギルベルトを彷彿させすらする。

フランシスだけでなく、周りもそれを感じているのだろう。
自分達より経験が少ないどころか初陣のはずの若者の言葉に神妙に聞き入っていた。



打ち合わせが終わって、アーサーは最後にフランシスの前に立った。

「ギルベルトにも頼まれたしな、俺がフォローしてやる。自由にやれ。
ただし…」

言葉を切ったアーサーをフランシスは見上げた。

「撤退の指示を出したときだけは、絶対に従え。
それを無視されると、お前より護衛の俺が命を落とす事になるからな」

(ギルちゃん…?)

確かにアーサーなのだが…ギルベルトの姿がそこに重なる。
フランシスは慌てて目をこすった。

「何を呆けてる、しっかり目を覚ませよ。そろそろ行くぞ」
くるりと背を向けて歩きだしたまま声をかけてくるアーサーに

「うん」
とあわてて立ち上がり、その後を追うフランシスだった。




(冷静に…余計な事を考えずに、気を強く持て)

いよいよ初めて敵と剣を交える瞬間がきた。
敵軍が砂煙を上げて突進してくる。こちらもフランシスの号令が響き渡る。

アーサーは一瞬軽く目をつむって、昨日のギルベルトの指示を思い起こした。
そして次の瞬間目を見開いて、眼前の敵に目をやる。


(お前の剣は敵を倒すためのものではない)
頭の中でギルベルトの言葉が響く。

(わかっている…ギルベルト)
アーサーは心の中で答えて、一歩退き、フランシスの右後方に陣取る。

フランシスの武器の槍は射程は長いがその分懐に入り込まれると隙ができる。
切り込みたい衝動を抑え、アーサーはじっと戦況を見守った。

(来た!)
槍がフランシスの右腹をかすめかけるのをアーサーは剣でなぎ払った。

「菊っ!」
右前方の菊に声をかける。

「了解です!」
アーサーに槍をなぎ払われて隙のできた敵を、菊が切り伏せる。


相手が槍の場合は、アーサーの剣は届かない。
それは前方にいる護衛に任せる。事前に打ち合わせしたとおりだ。

そして…やがて剣がやはりフランシスをとらえかける。
キン!とそれをなぎ払い、返す刀で敵を切り伏せた。

初めて人を切るなんともいえない感触。

(冷静に…気を強く持て!不安を表に出すな!)
ともすれば動揺しそうな自分を叱咤し、即体制を立て直す。


「坊ちゃん…大丈夫?」
初めて人を切るアーサーを気遣って振り返るフランシスに、内心の動揺を押し隠した低い声で

「何してる。気を抜くな。言っただろう、フォローはしてやる。
後ろは気にせず前を見ていろ」
と、ギルベルトならこう言うだろう、と思う言葉を口にする。

ほぉ…という感嘆の声が護衛の者達からもあがった。


「そうだったね!じゃあ、お兄さんもちょっと頑張って暴れちゃおっかな!
みんな、いっくよぉ~」
フランシスのかけ声に味方が一斉に勢いづいた。


だんだん感覚が麻痺してくる。
ともすれば手放しそうになる意識を必死に保ちながら、アーサーはひたすらフランシスの周りのみを凝視して、剣をふるう。

そうして一体どのくらいの時間、どれだけの敵を切り伏せたのだろうか……

…気づけば戦は終わっていた。



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