一般ピープル、モブの王道を行く茂部太郎にはよくはわからないが、まるで漫画かドラマのヨーロッパの城の一室のようだと思った。
そのテーブルを囲むように並んでいる、こちらもなんだかすごい細工の布張りの椅子。
そこにはいかにも若そうな…おそらく学生から、上は初老と言っていいような上品な老婦人まで、どういう関係の集まりなんだろう?と不思議になるような女性達が談笑をしていた。
その中でもひときわ目立つのは、ふわさらな蜂蜜色の髪に海のように深い青色の瞳の絶世の美女。
「エリザ、そちらが新しい?」
と、彼女は席を立ってこちらへと歩み寄ってきて、茂部太郎に視線を向けて意味ありげに微笑んだ。
側に来ると、なんとも言えない良い匂いがする。
ぼ~っと見惚れていると、エリザが彼女の問いに応えて頷いた。
「ええ、今年の新人。茂部太郎よ」
とエリザが言うと、それまで談笑していた声がピタッと止まり、部屋中の…と言っていいくらいの視線が茂部太郎に集まる。
え?ええ??
一斉に自分に注がれる視線に茂部太郎は固まった。
「エリザ…確かに役割としてはモブに徹してもらわないと困るけど、それはないんじゃない?」
と、何故か美女にどこか同情のような視線を送られて、茂部太郎はさらに動揺する。
「せやで~。あんまイジメはると、また前の子ぉみたいにやめてまうんちゃいますか?」
と、別の若い女性も苦笑。
「もぶたろうって…某ネズミのアニメの主人公じゃないんですから…」
と、まで言われて、ようやく気付いた。
そして茂部太郎が自分で訂正をするまでもなく、エリザがヒラヒラと顔の前で手を振りながら、笑って訂正をいれる。
「あ~違うのっ!あだ名じゃなくてね、彼の本名が、もぶたろう。
名字が茂部で名前が太郎ね」
「ええええーーー?!!!!」
起こるどよめき。
あがる驚きの声。
「本当にっ?!!」
「まさに、名は体を表すと言うか…」
「役割にぴったりの名前ですなぁ…」
口々に呟かれる言葉は、茂部太郎の人生の中であまりに言われ慣れていて、これと言って思うところもなかったのだが、もともと細やかな性質なのだろうか。
最初に歩み寄って来た美女が、
「色々失礼でごめんなさいね。
お姉さんはフランソワーズよ。フランソワーズ・ボヌフォワ。
エリザから聞いてると思うけど、この集まりって色々な分野の女性の情報交換の場なんだけど、たまに男手が欲しい事があるのね。
でもメンバーと問題を起こして欲しくないから、極力目立たないようにそこに控えててほしいってことなの。
気を悪くしないでね」
と、優しく中央のテーブルではなく、壁沿いの小さなテーブルと椅子に案内してくれる。
「食事は普通に摂ってね。
で、飲み物は最初はワイン頼んでおいたけど、何かほかに欲しい物があれば、遠慮なくそこの呼び鈴を鳴らして注文してもらって構わないから、よろしくね」
などと美しい微笑み付きで言われた日には、モブ扱いなど全然無問題だし、テーブルに並んだ食事も文句なしに豪華で、会話に入れないだけで隣のテーブルについているのは美女ぞろい。
まるで天国のようだ…と、その時確かに茂部太郎は思った。
そう…その時は確かに思ったのである。
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