おそらく今回の遠征が終われば、当分世界各国のレッドムーンの基地を回ることになるのだろうから、当分極東方面に来る事はない。
そう長く里を空けるわけにもいかないとほんの1,2時間ほどで戻って行った弟を見送って、あらためて、あんなに逃げたいと思っていた一族の絆が今は泣きそうに懐かしく慕わしいとギルベルトは思った。
実家まで足を運ぶ時間くらいは取っても良いと、今回はさすがに気を使ったフランソワーズが言ってくれたが、マシューに会えただけで、もう十分だ。
少なくとも愛おしい末弟が平和に暮らせるように、極東エリアのレッドムーンの基地を潰しておくことが、一族の全てを背負わせてしまった弟に出来る、兄としての唯一の贖罪であり、贈り物だと、ギルベルトはそれを辞退した。
そしてその言葉でふと気付く。
そう言えば…菊はどうするつもりなのだろうか…
「菊、お前はどうするんだ?ジュエルに選ばれたと言う事は、お前も一緒に来るのか?」
ジャスティスに関して果たして拒否権があるのかはわからないが、鉄線である菊が本気で姿をくらませようと思えば可能なのではないだろうか…と、半ば思いながらも問うと、菊は心外なと言わんばかりに
「当たり前でしょう?
お館様のお役にたてる能力を手に入れて、どうしてお館様に同行しないという選択肢があるんですか!」
と、彼にしては珍しくやや語気を荒くする。
それに対してはもちろんギルベルトだって異論はない。
味方は多いに越したことはない。
それが能力に長けるとわかっている一族、鉄線の長の跡取りとなればなおさらだ。
「そうか」
と、その言葉に応じると、
「そうですよ」
と、菊は大きく頷く。
とすると…極東にそうそう来られなくなるのは菊も同じか…と、思い当たった。
そして言う。
「菊は…自分の実家はよらないでいいのか?
本部行くとなかなかってか、もしかしたら一生日本に帰れねえぞ?」
そんなギルベルトの言葉に菊は肩をすくめて笑った。
「私は鉄線ですよ?土地に執着はありません。
お館様がおられれば日本だろうと欧州だろうと米国だろうとそこが自分のいる場所ですから」
「葦にも会わねえで良いのか?」
「鉄線は情報でつながってますから大丈夫です」
たった一人の親だからとのギルベルトの心配も菊は一笑に伏す。
菊とはそんなやりとりをしつつ、一方でフランソワーズ達も交えて今後について話をする。
「ん~。フリーダム側の話だと、極東にかなり重要な基地があるって話で、この前行った場所がそうだと思ってたんだけど…菊君の話だと違うのよね?」
「ええ、あちらは単なる一位達の根城にすぎません。
でもお館様がご命令下さるなら、2,3日もあればその重要な基地とやらを探しださせますが?」
と、話を振ったフランソワーズには答えず、菊はギルベルトの指示を仰ぐように視線を向ける。
「お前、フランソワーズをガン無視で俺様に言うのは…」
「あ~、じゃあ、ご命令下さっちゃってよ、ギル」
渋い顔で注意しようとするギルベルトの言葉を遮って、全く気にする事なく苦笑交じりに言うフランソワーズだが、当の本人は失礼とも思っていないらしい。
それどころか逆に
「お館様の言葉をさえぎるなんて不敬ですよ」
という始末だ。
それにギルベルトは片手で顔を覆ってため息をつくが、フランソワーズはこれも気にせず、
「はいはい。
それは申し訳ありませんでしたね。
で、お館様はご命令下さるのかしら?」
と、ギルベルトに振る。
フランソワーズが良いならもう自分がそれ以上咎めても仕方ない。
ギルベルトはそう開き直って、
「とりあえずその重要な基地とやらの場所を早急に調べろ」
と、命じ、それに
「かしこまりました」
と、応じて菊が部下に調査を命じるのを待って、あとな…と、付け加える。
「ここでは良いけど、ブルーアースは一族とは違う組織だ。
郷に入れば郷に従え。
そこでやっていくんだから、最低限、他への礼儀も守れ。
でないとお前だけじゃなく、俺もやりにくくなるんだからな」
お前がと言っても聞きはしないだろうから、そのやりにくくなる人間にギルベルトが自分も含んでおくと、菊が神妙な顔で
「申し訳ありませんでした」
と、即神妙な態度で謝罪をするのに、
「すごいわね。お館様は本当に絶対なのね」
と、フランソワーズは目を丸くした。
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