これで今日、明日、明後日の3日連続の休暇願いが7人目。
シザーは一応了承しながらもため息をついた。
そうしているうちに8人目が休暇を願い出て来て、さすがにシザーは苦い笑いをもらす。
「なんか...さっきから君で8人目なんだけど、この期間の休暇願い。
他の日じゃ駄目かな?」
シザーの言葉に8人目の子は胸の前で手を合わせて半泣きで、デスクに座るシザーを見下ろした。
「お願いしますっ、部長。もう一生のお願いっ!
どうしても今度の舞踏会までに世界一素敵なドレスを用意したいんですぅ!」
彼女の意外な言葉にシザーはおやっと眉をあげた。
「もしかして...今までの子達も同じ理由なのかな?」
「たぶん...」
「なるほど...」
北欧支部のフリーダムにイケメンが多かったりするんだろうか...
それともコーレアあたりを狙ってなのか...
どちらにしてもこのところブレインも鬼のように忙しかったし、そうやって女の子が息抜きにおしゃれをしたいというのは良い事だ。
舞踏会を企画した側としてもそうやってみんながそれを楽しみにしているらしい事は少し嬉しい。
「しかたないな。そのかわり舞踏会終わったら仕事頑張ってね。忙しくなるから」
「ありがと~ございま~す!」
許可をもらって飛び跳ねながら遠ざかる後ろ姿を少し見送って、シザーは書類に目を落とした。
そこには先日なずなから要望のあった移動時の車の内装案が上がって来ている。
すでに車自体は用意されていた。
大型バスを改装したもので、運転席や医療班の乗る前方の区域と2つの居住区域にわかれている。
だいたいジャスティス3~4名くらいの移動を想定して、後方上部には男女別に寝室兼居間を用意し、その下には簡易ながらもバスルームもついている。循環式に水を供給するシステムはシザーの自信策だ。
「ふ~ん...本部はずいぶん贅沢な物作ってるのね」
不意に横から声が振って来た。
「あ。ルビナスさん。さきほどはお疲れさまでした」
シザーは少し書類から目を離して自分よりは5歳ほど年上らしい新しく自分の下につくことになった北欧支部ブレイン支部長を見上げる。
「結構...良い仕事してるのね。
この循環システムなんてこの小ささですごい高性能じゃない」
ツっと綺麗に赤いマニキュアが塗られた指が書類に伸びた。
「ありがとうございます。
ジャスティスが本部集合したことで彼らの移動距離も長くなりますから、なるべく戦闘以外の時間はリラックスして過ごして欲しいので。
実際この2ヶ月はどうしても即戦力になる子達を使い続けてたら体壊されちゃいましたし、そのあたりの反省もあって今色々模索中なんです」
「ふ~ん...体力作りも今後の課題ね?」
長い爪がシザーの首もとに伸びて来て、シャツのボタンを一つはずす。
「あの...何なさってるんです?」
「シャツのボタン...はずしてるの。
部長の体力作り...手伝ってあげようかなぁ、なんて」
ニッコリと妖艶な笑みを浮かべるルビナスに、少し引くシザー。
「僕が体力つけてもしかたないですし...」
シザーはそっと第二ボタンに向かうルビナスの指を外そうとするが、
「後方支援もね、体力よ、坊や」
と、自分の指を外そうとするシザーの手首をルビナスは片方の手でつかんだ。
そして女にしてはずいぶんと強い力でシザーの手を制す。
そしてそうしている間に片手で器用にシザーの第二ボタンが外された。
「何してやがるっ!こら!!」
ルビナスの指がさらに下のボタンにかかった時パチコ~ンと書類の束が綺麗な金髪に覆われた形の良いルビナスの後頭部にクリーンヒットした。
「いったあ...何するのよ、ひどいわ、フェイロン君」
頭を押さえて言うルビナスに
「っせえ!白昼どうどうセクハラしてんじゃねえ!」
と、フェイロンは二人の間に割って入った。
「お前も黙って襲われてんなっ!助け呼ぶなり殴り倒すなりしろよっ!」
と言って外されたシザーの第一ボタン、第二ボタンを止める。
「お前があちこちつまみ食うのは勝手だが、俺のダチに手出したら殺すぞっ!」
と、フェイロンがルビナスを振り返ると、ルビナスはちょっと首をかしげてにっこりする。
「ん~、じゃあフェイロン君になら手、出していい?」
「フリーダムに来るのは勝手だが...返り討ちにしてたたき出してやる!」
きっぱり答えるフェイロンにルビナスは肩をすくめた。
「フェイロン君たら...すっかり可愛くなくなって。昔は可愛かったのに」
「ざけんなっ!可愛かった時期なんかねえだろうがっ!」
「あら、可愛かったわよ?ベッドの中とかでは♪」
「...っ!!!」
一瞬言葉につまるフェイロン。
「酔わせて襲うって女のする事じゃねえぞっ!恥をしれ!」
「あら、おかげで飲める事の大切さがわかったでしょ?」
「...どっちにしてもガキの頃の事だろ。馬鹿馬鹿しい」
体制を立て直すフェイロンに、ルビナスは口をとがらせた。
「フェイロン君ほんっと可愛くなくなったわ。
シザンサス君のが年上なのに可愛いわよ」
ルビナスの言葉にフェイロンはハッとしてぼ~っと二人のやりとりを眺めているシザーに小声で忠告する。
「お前酒弱いんだから間違ってもルビナスと二人で飲むなよ。食われるぞ。
どうしても誘い断れなかったら俺かコーレア呼べ」
しかしその頃のシザーの脳裏では、まだフェイロンの”俺のダチ"という言葉がクルクル回っていた。
そうか...友達...なのか。
齢23にして初めての友達。
親兄弟以外で損得勘定なしに一緒にいてくれる相手。
いや、母親ですら自分を捨て、妹達はほぼ一方的に自分を頼ってくる存在なわけで...。
そういう意味ではそういう関係は父親以来かもしれない。
少しの気恥ずかしさと多くの嬉しい気持ちがこみあげてきて、どうして良いかわからずに無言でうつむく。
「お前...大丈夫か?あの馬鹿女の毒気に当てられたか?」
ぼ~っと無言のシザーにフェイロンが少し心配そうにその顔をのぞきこむ。
「失礼ねっ、フェイロン君!
でも...シザンサス君、本当に平気?
フェイロン君があんまり近くでうるさくするから気分悪くなっちゃった?
脳筋と違って繊細そうですもんね」
「どさくさにまぎれて触ろうとすんじゃねえ!」
シザーに少しのばしかけたルビナスの手をフェイロンがパシっとたたく。
「ああ、すみません。少し考え事を...」
「この騒ぎの中で思索にふけられるのってある意味すげえな」
あわてて言うシザーにフェイロンがあきれる。
「まあ...とりあえず今ブレイン本部はマジ多忙きわめてんだから、ちょっかい出すのやめとけ。ルビナス。
どうしても暇ならフリーダムにくれば誰か基地内案内する奴つけてやるから」
フェイロンの言葉に
「本当に...フェイロン君たら大人になっちゃったのね、つまんない。
まあ、案内はいいわ。基地内迷子になるほど子供じゃないし、勝手に見て回るから」
とルビナスはここらが引き時とばかりに肩をすくめて本部長デスクから離れていった。
ハ~っとコーヒーのカップを小さな両手で抱え込んでもう何度目かのため息をつく彼女を、隣に座っていたひのきは軽く抱き寄せた。
「...いったいどうしたんだよ?」
コトンとされるまま彼の胸に頭をあずけるなずなの柔らかい髪をなでながら静かに聞くと、
「うん...日曜...どうしようかなぁと思って」
と、なずなはゆげのたつカップに顔をうずめた。
「日曜?歓迎舞踏会か?」
「...うん」
「...パスするかどうかか?」
なずな自身の時は二人とも各々会場から逃走したのがきっかけで出会ってこうしてつきあってるわけだから、別にそういうのもありか、と、気楽に言うひのき。
それどころか二人してさぼれば二人してゆっくり...などと、とんでもない事を考えてたりもしたのだが、なずなの方はそう気楽に考えられるわけでもないらしい。
また小さくため息をついてつぶやいた。
「そういうわけにも...いかないでしょ。
今回は北欧支部全員のなんだし、初めてジャスティス勢揃いになるわけだし...ね」
「別に俺はなずないなければさぼってると思うけど?
まあそれは良いとして、参加するって決めてるなら何がどうしよう?服とかか?」
ジャスミンと一緒で普段から果たしてそれは普段着なのか?というような服をしばしば着ているなずなが、着ていく物がないとも思えないし、そもそもいるだけで充分華なのだから気にする事はないのではとひのきは思ったが、そういう事ではないらしい。
なずなはひのきの言葉にフルフルと首を横に振った。
「知らない人いっぱいだし...本部組だけで固まってちゃダメだし...あの...」
「ああ、そういう事な」
ひのきはなんとなくわかった気がした。
舞踏会というからには踊るわけで...なずなの性格もひのきの彼女であるなずなに声をかける事でどうなるかも思い知っている本部の人間で、それでもなおダンスをと申し出てくる強者は皆無だが北欧支部の人間はそんな事は知らない。
元極東支部のアイドル、本部では今ではひのき怖さに近づいたりはできないもののそれでも癒しの天使と呼び声高い美少女のなずなに何も知らない北欧支部の面々から声がかからないわけがない。
断れば良いだけ、とは思うものの、なずなの性格上それもできないのはひのきもよくわかっている。
自分が代わりに断ってもいい...というか、むしろ積極的に追い払いたいのだが、それもやはり場の雰囲気を悪くするということで、なずなが望まないであろう事も容易に想像できた。
向こうから誘ってこないように...なんて事が果たして可能なのだろうか...
いっそのこと前日にこっそり全員脅しにいくか、などと物騒な考えもふとよぎる。
愛でる会にさりげなく固めさせるか...と思った瞬間、ふと思いついた。
「着物着れば良いんじゃないか?着崩れる事理由に断れる」
「でも...正装しないとでしょ」
不安げに見上げるなずなの髪をなおももてあそびながらひのきは
「日本の正装だからオッケー」
と断言する。
「でも...」
さらに言い募るなずなの唇を自分の唇で軽く塞いでその言葉を飲み込んだ後、ひのきはさらに続けた。
「一人で和装が心細ければ俺もつき合ってやるから」
おもわぬひのきの言葉になずなはぽか~んと口を開いた。
タキシードですら嫌そうなひのきがそんな目立つ真似をしてくれるとは思ってもみなかった。
「でも...タカ和装なんてあるの?」
「ん~、まあなんとかするから心配するな」
ひのきは言ってなずなの頭をなでた。
「ちょっと連絡いれとく」
ひのきはそう言うといったんなずなを放して携帯を手にした。
「ああ、俺。ちと連絡取りたいんでtell番知りたいんだが...
ああ、そうだ。ん?和装が手に入らねえかと。
そう、俺の。そっか、じゃ、頼む。サンキュー」
携帯を切ったひのきを見上げてなずなが不思議そうにきいた。
「誰に電話?」
「ホップ。愛でる会の会長の連絡先聞こうかと思ったんだが、ついでがあるから頼んでおくって言うから頼んでおいた。
俺達と違って外出禁止とかもねえだろうし、東洋関係なら衣装も詳しそうだしな。
まあ任せても平気だろ」
「...タカ」
なずながスリっとひのきにすりよった。
「...ありがと//」
ひのきは子犬のような丸いうるるんとした目で見上げるなずなの額にコツンと自分の額を軽くぶつける。
「これで...もう悩みは解消したか?」
「うん!」
なずなはひのきの首に腕を回してぎゅうっとだきついた。
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