でも根本的な問題はな~~んも解決してないよね」
なずなはひのきが連れて歩いていた。
でも誰かに念願の彼氏げっと報告をしたくて、丁度鍛錬の合間に基地内のカフェで一休みしていた双子の妹に声をかけたのだが、返ってきたのは冷ややかな視線だった。
「今後どうすんの?ジャスミン。
私達ジャスティスなんだよ?
浮かれてる暇あるなら先にやった方が良い事いくらでもあるんじゃない?
そもそもさ、ユリさんに大けがさせてお詫びくらい言いに行った?
信じらんないよ、私だったら自分のせいで大けがしたユリさん置いて逃げるなんて考えらんない」
ファーはこのところホップにユリを取られて不機嫌だった事もあり、いつもにもまして辛辣だ。
それでなくても元々ユリファンのファーにとってジャスミンの取った行動は双子の姉と言えど許せないものだったのだが...。
さらに怪我人が疲れるからという理由で、見舞いを禁じられているのも不機嫌に拍車をかけている。
まあ、怒り半分、やつあたり半分なのだが、ようやく浮上しかけたジャスミンがまた落ち込むには充分な手厳しさではあった。
しょぼ~んと肩を落としてカフェテリアを後にする。
「そうよねぇ...まず謝りに行かないと...でも...怖いなぁ...」
ひのきのように怒声が飛んでくるとは思わない。
でも軽蔑されているとは思う。
そういう視線を向けられるのが居たたまれない。
誰かに一緒に行ってもらおうか、とも思ったが、アニーと行っても彼氏連れなんてますます軽蔑されそうだし、間に立ってフォローをいれてくれそうななずなは捕まらない。
心細い...。それでもここで逃げてちゃだめだ。
ジャスミンは意を決して医務室のドアをくぐった。
「レン...さん?」
まずこの部屋の主の名を呼んでみるが、いないらしい。
シン...と静まり返った室内には人の気配がない...と思ったら、ついたての中から
「レンならフェイロンの所だよ。用あるなら呼び戻そうか?」
と、綺麗なアルトが響いて来た。
「あ...いえ...。あの...今日はユリさんに...」
いきなり心の準備も整わないうちに声をかけられて、ジャスミンはおずおずと言葉につまる。
「なんだっ。そか。丁度いいや。これからジャスミン時間ある?」
いつもと変わらないユリの声に若干ほっとして
「はい。大丈夫です」
とジャスミンがうなづくと、
「んじゃ、ちょっとつきあって」
とユリはついたての中から姿を現した。
ブラックジーンズに白いシャツの第1ボタンをあけた状態で、黒いタイを無造作に結んでいるとてもけが人とは思えないスタイルで、
「行くよ」
と先に立って歩き始めるユリに、ジャスミンはあわてて後を追った。
「ホイ、これかぶって」
そのまま8区の駐車場でジャスミンにメットを投げてよこす。
「え?ええ???どこ行くんですか??」
あわてるジャスミンにユリはにっこり微笑む。
「もちろん、気晴らしにっ。せっかく怪我してて任務さぼれるんだし♪」
「ええ???」
「ほら、いいからっ。後ろ乗って」
自分もメットをかぶってバイクのエンジンをふかすユリの勢いにつられてメットをかぶってバイクにまたがるジャスミン。
おずおずとユリの細い腰に手を回すとバイクが発進した。
今まで周りでバイクに乗るのはひのきだけだったし、ひのきは当然こんな風に自分を後ろに乗せて走る事などなかったので、ジャスミンはバイクに乗るのは初めてだった。
風を直に感じる。
こんなに他人と密着するのも不思議な感じだ。
「到着♪」
一番近い街につくと、ユリはバイクを止め、ジャスミンを助けおろした。
「ん~、久々のシャバだ~♪」
大きく伸びをするユリにジャスミンは少し笑みをもらす。
そういえばこのところレッドムーンの攻勢が激しかったのと共鳴率を上げる鍛錬に忙しかったため自分も街に来るのは久々だ。
あとで兄シザーに怒られるかもだけど...ちょっとうきうきする。
「とりあえず私に用があるって事だったよね?お茶にでもしようか」
「はい♪」
「んじゃ、お手をどうぞ、お姫様」
うやうやしくお辞儀をした後、差し出される腕に手をかけると、ユリがゆっくりした歩調で歩き出す。
行き着いた先はおしゃれなオープンテラス。
「強引に共犯者にしちゃったお詫びにおごるよ。好きな物をどうぞ」
とにこやかにユリはメニューをジャスミンに差し出した。
確か最後に街に来た時は姫と一緒だったな、とふと思い出す。
あの時はこんなに忙しくなるなんて思わなくて、また一緒に来ようと約束したまま、まだ約束は果たせないままだ。
あの時はまた来れると思ってとりあえずココアを頼んだのだが、もう当分来れないと思うとメニューもすごく悩む。
「悩んでる?」
ユリがクスっと笑って聞いてくるのにそれを言ってうなづくと、ユリは近くを通りかかったウェイトレスを呼び
「ここのメニューにある物を全部頼む」
と、とんでもない事を言い出した。
「はあ?...全部...でございますか?」
思わず聞き返すウェイトレスにユリは綺麗な笑顔を向けてうなづく。
「そう、全部。お姫様に心残りが残らない様にしたいからね」
何故か赤くなるウェイトレスが
「かしこまりましたっ」
とパタパタ走っていく。
「ユリさん...」
メニューの影からジャスミンがおそるおそる顔を出して様子を伺うと、ユリは
「好きな物を好きなだけ食べれば良いよ」
と、にっこり。
そしてズラ~っと並べられる甘味の数々。
「どうぞ」
ユリはにこやかにジャスミンに勧めて自分は長い足を組みながらブラックコーヒーを口に含む。
店中の注目を浴びている気がする...。
ブルースター内ではアイドルで注目を浴びるのは慣れてるはずのジャスミンだったが、今浴びてる視線のほとんどがウェイトレスを含めた女の子の羨望のまなざしなのに戸惑いを隠せない。
確かに...端からすると目をみはるほどの美形の彼氏に思い切り甘やかされている幸せな女の子にしか見えない。
硬直するジャスミンに気付いて、ユリは
「ああ、一人じゃ手をつけにくいか。
甘いものは得意じゃないんだけど私も少しもらおうか」
と、カラーチョコスプレーのかかった可愛いアイスを一口口に運ぶ。
そして
「美味しいよ、ほら」
と、また一匙すくって、今度はジャスミンの口元にスプーンを持って行く。
パクリ、と、それを口にして、ジャスミンは口元を手で押さえた。
「...甘い…」
赤くなって言うと、ユリも
「甘いね」
とやはり笑みをたやさずに言う。
周りの羨望のため息を耳にしながら、ジャスミンは少しぼ~っとする。
ファーが...夢中になるのが分かる気がする。
この人はこの綺麗な顔で、なんて甘く甘やかすんだろう。
優しいというのはアニーもそうなのだが、ユリはプラス若干の強引さがあって、そこがまた乙女心にくるものがあったり...。
「で?私に話って何かな?」
ユリの言葉でジャスミンはハッと我に返った。
そうだった。こんな事で夢見心地になっている場合じゃない。
「あ...そうでした。...私お詫びをって思って医務室に行ったのに...」
「詫び?」
「あ...あの...私この前の任務の時一人で逃げちゃって....」
うつむくジャスミンのツインテールが揺れる。
「ふ~ん...そんな事気にしてたんだ」
ユリはテーブルに頬杖をついた。
「もしかして...今お詫びしてくれようなんて思ってる?」
吸い込まれそうに澄んだ切れ長の黒い瞳に覗き込まれて、ジャスミンは否定もできずにうなづいた。
なんかおかしい。...胸がどきどきする。
「じゃあ...ね。今日一日は言う事聞いてもらっちゃおうかなぁ...」
にやりと笑うユリは壮絶に艶っぽい。ジャスミンはコクリと息を飲んだ。
「じゃ、とりあえずお茶飲んだら買い物につきあってね」
抵抗できないままカフェテリアの次に連れて行かれたのはおしゃれなブティック。
そこでユリは黒いベロアのワンピースをピックアップしてジャスミンにあてて言う。
「これ着てみて」
「あ...はい」
レースはふんだんに使われているが、いつもの服よりは若干大人っぽいオフショルダーのワンピースを着ておずおずと試着室から出るジャスミンにユリは腕組みをしつつ声をかけた。
「うん。やっぱり似合うね。でももう少し自信を持って背筋伸ばしてごらん」
言われるまま少し姿勢を正すと、ユリが満足げにうなづく。
「じゃ、このまま行こう」
ジャスミンが着替えている間にすでに支払いをすましていたらしく、ユリはジャスミンが着てきた服を包ませて、新しいワンピースのままのジャスミンを次の店に連れ出す。
次は靴屋。今度は踵の細いハイヒールを選んだ。
そして履き慣れない高いヒールで少しふらつくジャスミンに腕を差し出す。
「これはね、歩きにくくて少しふらつくのがポイントだよ。
ヒール慣れてない子とかだとこういうのを選択すると、警戒されずに自然にボディタッチできるから」
いたずらっぽくウィンクするユリにジャスミンは小さく吹き出した。
次に行くのは美容院。
髪のセットから化粧、ネイルペインティングまで綺麗にしてもらうと、鏡の中にはいつもよりも大人っぽい自分が映る。
「じゃ、身支度は終わり。遊びに行こうか」
耳元で男にしては高く女にしては低い、しかし艶っぽい声でささやかれて、ジャスミンは今まで感じた事のないゾクリとする感覚が背中に走るのを感じた。
履き慣れない靴のせいだけではない、何か足元がフワフワしていて、夢の中を歩いているような気がする。
歩く自分達を行き交う人々が振り返って行く。
ブルースターという限られた中だけではなく、普通の街中でも注がれる熱い視線に火傷しそうだ。
ユリに促されるまま暗い店の中に足を踏み入れると、そこは暗い中に色とりどりのライトがチラチラと揺れる不思議な空間だった。
「...踊ろう、ジャスミン」
またあのゾクリと艶っぽい声で耳にささやきを落とされて、ジャスミンは若干不安げに男女が揺れるフロアに目をやる。
ワルツくらいしか踊った事がないジャスミンが見た事のない類いのダンス。
そんなジャスミンの躊躇を汲み取るようにユリの言葉が振ってくる。
「大丈夫...私に任せて。
ちゃんとリードするから、何も考えずに音楽に身をゆだねてごらん...」
その言葉に導かれる様に、半ば呆然とうなづくと、ジャスミンはユリの手にうながされるまま、フロアで踊る人並みに身を投じた。
そのままユリの手と音楽に身をゆだねるように体を動かすと、なんとも言えない心地良さで満たされる。
歩いている時はあれほど不安定だったはずの細いヒールさえも気にならないほどだ。
「...気持ちいいでしょ?」
笑いを含んだユリの言葉に、夢見心地でうなづく。
「あとで...もっと気持ち良い事しよう?」
さらに耳元に落とされるささやきに、足元が熱くなる。
「あとでじゃ...いや」
足がもっと踊り狂いたいと言っている様に熱をもってきた。
感情が高まってうるんだ瞳でジャスミンが見上げると、ユリは
「やれやれ...困ったお嬢さんだね」
と目を細めた。
ユリは再度外に出るとジャスミンにメットをかぶせてバイクを走らせた。
まだ足がうずく。満足できない。
「まだ...帰りたくない」
ピタっとユリの背中に頬を押しあててジャスミンがいうのに、ユリはのどの奥で笑った。
「帰さないよ、まだ。ちょっとね、次の遊びのネタを探してるだけ。
たぶんこの近辺でみつかると思うんだけどね」
「遊びの...ネタ?」
「そう。とびきりの...ね、ダンスを踊ろう」
美しくも怪しいその微笑みにジャスミンはみとれた。
そういえば...この人はウィッチ(魔女)という通り名も持っていたんだっけ、とふと思いだす。
今更ながら思えば、自分を今日連れ出したのは単なる気晴らしだけじゃなくて何か企みがあったんじゃないだろうか...。
思ったところでもうどうにもならない。
自分はもうとっくにその魔に捕まっているから...と半ば麻痺した頭で思う。
「あ...いたな」
ふいにユリがバイクを止めた。
そしてジャスミンをバイクからおろす。
「じゃ、もう一曲いっておこうか。...発動」
ユリはクリスタルに手をやる。
そして手に握られたウォンドに即指をやると
「変形、属性雷!」
と、それを三節棍に変形させた。
「え?」
ジャスミンは一気に冷水を浴びせかけられた様に夢から冷める。
「前方にイヴィル1、雑魚蛙3、かな」
ユリの言葉にジャスミンは青くなった。
「戦う...んですか?」
前回の戦闘の悪夢がよみがえる。
「今度は大丈夫...」
ユリは後ろからジャスミンを抱きしめた。
「私が専属でリードするから...大丈夫。ジャスミンは踊れるよ…?」
耳元でささやかれて背筋に電流が走る。
「ジャスミンはただ...その綺麗な足を好きに動かせばいい。
何も心配しないで。全部私に任せて?」
ゾクゾクと何かが背中をかけあがった。
「ホラ...発動して?」
ユリの細く長い指がス~っとジャスミンの首もとのクリスタルをもてあそぶ。
「は...発動...」
うながされてジャスミンは能力を発動する。
クリスタルは白く輝くブーツとなっていつものようにジャスミンの綺麗な足を覆った。
「さあ、行こうか。姫君」
ジャスミンは差し出されるユリの手を取って前方に走り出した。
さきほどまでの一連の行動で何かが麻痺してしまっているのだろうか。
いまだ半分夢を見ているようで不思議と前回の様な恐怖心はない。
足が自然に動いた。
迷わずイヴィルに向かう足。
雑魚は群がっているのだが、まるで本当にダンスのリードでもしているかのように、ピッタリとジャスミンの後ろにくっついているユリの棍にはばまれて、まったく攻撃は飛んでこない。
対峙しているイヴィルの攻撃ですら、その防御にはばまれている。
まだ...まだ何か足りない。足がうずく。
「足が...熱くて...うずくの。足りない、何かが足りないの」
ジャスミンは後ろのユリに小声でつぶやいた。
「じゃあ...自由にしてやればいい。自分の心の声に耳を傾けてごらん」
ユリの言葉が暗示のように脳裏を回る。
もっと...もっと踊りたい!!
ジャスミンの中で何かがはじけた。
「変形っ!!」
悲鳴のような声をあげると、ブーツはまばゆい光をはなってクルクル回り、今度は赤い光を放って華奢なハイヒールがジャスミンの足を包み込む。
「ラストダンス!」
声とともに片足を伸ばしたジャスミンの体がクルクルとすごい速さで独楽のように回転し、むらがる雑魚敵を一気に蹴散らした。
さすがに吹き飛ばされはしないものの、イヴィルもかなり深手を負って退却しようとするが、そこにジャスミンの赤い靴が振り下ろされる。
敵は地面に叩き付けられて、ハイヒールに踏みつけられて絶命した。
「...快...感!」
うっとりと夢見心地でジャスミンは自分自身をだきしめた。
「すごいね...強いだけじゃなくて、とても...綺麗だ。ジャスミンの力は」
ユリのクスクス笑いにジャスミンは少し我に返る。
「私の...力?」
自分に力なんてあったのだろうか...
呆然と聞き返すジャスミンにユリはうなづく。
「そう。これ全部ジャスミンが倒したんだよ?私は...エスコートしただけ」
イヴィル一体すら倒せなかった自分がイヴィル1体だけでなく雑魚3体も同時に倒したのか...。
まだ信じられなくてたたずむジャスミンに、またユリの声がふってくる。
「自信...ついた?」
フワっと後ろから腕が回された。
「もしかして...今日はそのために連れ出してくれたんですか?」
ちらっと後ろを振り返ると、ユリは少し苦笑を浮かべる。
「前回は...自信喪失させちゃったみたいだったからね。
撤退する事になったのは雑魚をさばくのにちょっとしくじった私のミスだから。
ジャスミンのせいじゃないよ。
ホップが戻って無事だったのはたまたま奴が第二段階に目覚めた結果で偶然の産物だから、下手すれば奴を無駄死にさせてたし。
撤退はね、逃げじゃなくて被害を最小限にとどめて再起にかけるって事だからね。
指示に従ってもらえないと、困るんだよね。
でもみんなイケイケだからききやしない。
きちんと撤退の指示守ってくれる良い子のジャスミンの存在はね、貴重だよ?
指示出す方としてはすごく助かる」
「ユリさん...」
「でも説明不足でジャスミンにはつらい思いさせちゃったみたいだね...ごめん」
ジャスミンはか~っと顔が熱くなるのを感じた。
絶対におかしいと思う。相手は女の人なのに...ドキドキする。
「じゃ、名残惜しいけど報告に帰ろうか」
というユリの言葉に、本当にめいっぱい名残惜しいと思うジャスミン。
それでもまたユリのバイクの後ろに乗れるのはちょっと嬉しい。
バイクにまたがるユリの後ろに続いてジャスミンがまたがると、バイクは今度は基地に向かって走り出した。
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