「フリーダムの方から尋ねて頂けるなんて珍しいですね」
同じ頃、ブレイン本部には珍しい訪問者が姿を見せていた。
全身黒い制服に身を包んだその姿に一部の女子ブレイン部員が歓声を上げる。
フリーダムの若き長はバサっと書類をシザーの机放り出した。
「そちらの仕事を増やす類いの物ではない。全てこちら側から人員をさく。
文句はないだろう?」
感情を抑えた低い声で言うフェイロンをチラっと見上げて、シザーは机の上に投げ出された書類を手に取った。
そのまま無言で目を通す。
「ジャスティスの労働条件の改善案...ですか」
一通り目を通すとシザーは眼鏡を少し直してフェイロンを見上げた。
「どうぞ...」
あわててスターチスが椅子を持って来て勧めるが、フェイロンはそれを手で制して言う。
「いや、長居をするつもりはないので必要無い。目を通して了承だけもらえればいい」
その態度にシザーはにっこりと笑みを浮かべた。
「相変わらず...用件だけ言って歩み寄りの気持ちはなし、ですか」
その言葉にスターチスはぎょっとしてフェイロンの様子を伺うが、フェイロンは表情もかえずに
「ことさら馴れ合うつもりはない。...今の時点ではな」
とやはり感情を抑えた声で言い放つ。
両者の間に冷ややかな空気が流れた。
一部の女性部員達以外は、フロア内みんなが息を飲んでそのやりとりを凝視している。
「任務に赴く際の運転手及び医療スタッフの同行。
本部以外どこの支部でもやっている事だ。
運転手はフリーダムから、医療スタッフについては医療チームの方で手配してもらえるよう了承はとってある。問題はなかろう?」
「...そうですね」
「現場が遠距離の場合は、現地に宿泊場所の手配をする。
これも事務方に話はつけてある」
フェイロンの言葉にシザーが軽く肩をすくめた。
「これは...少し困りますね。
車内で休息を取る場合に比べて時間的なロスが多すぎて、次の任務につくのが遅れます」
シザーが言うと、フェイロンは怒りを含んだ声で言う。
「ジャスティスの...過重労働は問題だと思うが?」
「今のこの状況だとある程度はしかたない事かと...」
「...ブレイン本部長は一部私情が入っているとしか思えないスケジュールの組み方をしているように思えるが?」
フェイロンは口の端を少しあげるが、目は全くわらってはいない。
シザーもその言葉に冷ややかな笑顔を浮かべた。
「フリーダム本部長も一部のジャスティスに肩入れして案を練られているようですが?」
氷点下の南極の風がブレイン本部を吹き荒れる。
うあああ...やばいよ、これ。
スターチスは青くなってその場を離れ、ピッポッパととりあえずこの場の空気をなんとかできそうなあたりに電話をかけた。
「はい、ホップ」
「あ、ホップ君?お宅の部長とね、うちの部長が今すごい事になっててね...
もうブレイン本部全員いたたまれなさすぎて...きてもらえない?」
言って一通りの状況を説明すると、
「おっけぃ」
と受話器の向こうでホップが小さくため息をつきつつ了承した。
「フェイロン、喧嘩売りにきたって?」
ヘラっとホップが顔をのぞかせるとブレイン本部の部員一同ホッと安堵の息をついた。
「喧嘩は...売ってないぞ。
こちらの天才科学者殿があまりに一般人にわからない理屈で動いておられるのでな」
うあ...とホップも苦笑いをする。
「ホップ君からもなんとか言ってくれる?
こちらの勇猛果敢な勇者様は弱者にも強者並に戦えと無理なご所望をね...」
おいおいこっちもかよっ...と内心頭を抱える。
「ごめん、俺一人じゃこれ無理よ。応援呼ぶね。最終兵器を」
ホップはコソコソっとスターチスにつぶやいてピッポッパ。
「......で?どうしてそこでなずなを呼び出すんだ?」
5分後...ブレイン本部にはさらに不機嫌な表情のひのきと、若干困った顔のなずながさらに加わった。
「お前いっぺん死んでみるか?」
とホップにぐりぐり日本刀をつきつけるひのきから少し離れて、なずなは南極の風ふきあれる本部の二人の若き部長の間に進んでいった。
「おはようございます。シザーさん、フェイロンさん」
ほんわかした笑顔を向けると、少し風の冷たさが和らぐ。
「おはよう。せっかくの休暇にホップが呼び出したりして悪かった。
君達に迷惑をかけるつもりはない。帰って休んでくれ」
と、フェイロンが
「もう、なんで姫ちゃんにふるかね。
せっかくの休日なんだしここは良いからゆっくり休んでね」
とシザーがそれぞれ言うのに、なずなは困った様な笑顔で少し後ろに目をやった。
「お二人がもめていらっしゃると、他の皆さんも困っていらっしゃるみたいなので...」
と言うと、二人ともバツが悪そうに目をそむける。
「困らせても...言っておかねばならない事もある。ジャスティスは希少で代わりはいないのだから無理をさせて体を壊されたりしても困る」
それでもフェイロンが言うとシザーも
「希少で代わりがいないからこそ、どうしても行ってもらわないといけない事もでてくるんだ」
と声をあげた。
「そのわりに妹御達やそのボーイフレンドはいつも基地内でフラフラしておられるようだが?」
「あの子達はまだ今の厳しい戦闘に対応できるほど育ってないから...」
「育てる気があるのか甚だ疑問だが...」
「どういう意味ですか?!」
また始まる争いになずなは息をついた。
「...あのぉ...」
声をかけてみるが二人とも聞いていない。
「...発動」
なずなはクリスタルに手をやってつぶやいた。
クリスタルが光を帯びて水晶球に変化する。
「「...??」」
その光にさすがに二人も何事かと疑問の目をなずなにむけた。
「ああ、良かった。ようやくお話ができそうですね。
クリスタル、こういう使い方するのは初めてなんですけど...」
ほんわかした笑顔で言うなずな。
どうやら二人の気をひくために発動させたらしい。
「とりあえず...お二人の間では一通りお話しすんでいらっしゃると思うので、私少しだけお話させて頂いちゃ駄目ですか?」
「ああ...。」
「はい、どうぞ」
二人ともバツが悪そうに下をむいた。
「ホップさんに伺ったところによると...いくつか提示された案件の中で遠距離の場合に現地宿泊か車内宿泊かというのが直接の論点という事なんですけど...
実際もめていらっしゃるのは、ジャスティス間の労働時間格差...ですよね?」
なずなの言葉に二人とも少し考え込んでうなづく。
「フェイロンさんはタカやユリちゃんや私が任務に送られる頻度が高いので、心配して下さって今日こちらに交渉にきて下さったんですね」
にっこりとフェイロンになずなが笑顔を向けると、フェイロンは視線をそらしたまま
「まあ...そういう面も...ある。」
とボソリとつぶやく。
「それを別にしても任務が一部に傾きすぎると、それだけ任務をこなしているジャスティスへの負担が大きくなりますし、体調を崩したり最悪死んだりした場合に遺された者達ではその後の任務をこなせなくなる、という危険性がありますね」
「そうだろう?!」
なずなの言葉にフェイロンが大きくうなづく。
「でも...」
シザーがそこで口をはさもうとするのを、なずなは、
「もう少しお話させて下さいね。シザーさんのお話もあとで伺いますので」
とやんわりと、しかし有無を言わせない口調で制して続ける。
「でもそこで戦闘慣れしていないジャスティスをいきなり戦闘に放り込んでも、戦えないんですよね。
今回もユリちゃんが試験的にホップさんとジャスミンと3人で任務行ってきましたけど結果ジャスミンはイヴィルの対処できなくてホップさんもフォローが円滑にできなくて、結局ユリちゃんが一人カバーに回る事になって、結果重傷負ってますし。
今回は運が良かっただけで下手すれば全滅ですし。
任務に放り込めばいいってわけでもないんですよね」
「そうなんだよ!わかってくれる?姫ちゃん」
なずなの言葉に今度はシザーが勢い込んで同意する。
「お二人のご意見ご心配はそれぞれ正しいんですよね。
...というわけで現場、分析任務双方の立場から、現在戦闘慣れしていないメンバーがどうすればより低リスクで戦闘に慣れるようになるかというお知恵を拝借できれば、とてもありがたくも心強いかなって思うんですけど...」
両手を胸の前で重ね合わせていうなずなに、ホップがぼそりとつぶやく。
「姫...うまいしかしこいさ。」
「「ふむ...」」
と考え込む大人二人組。
「あ...あとね...口論の発端になった宿泊についてなんですけど...シザーさん、ワガママ言って良いですか?」
上目遣いに可愛く言うなずなに、シザーはにこにこ応じる。
「うんうん。ブレイン側でできる事なら何でも聞いてあげるよ~。なんでも言って♪」
「あのね...車内をお部屋みたいにして欲しいんですけど...」
「部屋?」
「はい♪ベッドとかおいてテーブルとか椅子とか...可愛いクッションとか置いてみたり」
「えと...豪華版キャンピングカーみたいなもの...かな?」
「ですです♪そういうのが何種類かあったら任務行くまでちょっとした旅行気分で楽しいかな~って。ベッドあればゆっくり眠れますしね。
移動ホテルみたいな感じになれば心身共に休めてリフレッシュ~みたいな♪」
「それいいね~!おっけ~、任せてっ!近日中にとびきりの用意するよ」
「居残り組はどうしても基地内待機になりますし...それでジャスティス的には任務行っても行かなくても、多少疲れるけど楽しいか、退屈だけど危険なくゆっくりできるかでどちらに転んでもそう悪くないかな~って思うんですけど♪」
「姫...天才だね。争いの根本的な原因をすっかり解決したさ」
「ああ...俺らにはない発想だな...」
ホップとひのきが感心する。
「女の子は...発想が可愛いな」
珍しくフェイロンもおだやかな顔で目を細めた。
「というわけで...私、自分が戦闘しませんし戦闘関係は詳しくないので...
あとの相談は最近第二段階使えるようになったホップさんが適任...ですよね?」
ちらりとホップに目をやると、ホップはうなづいた。
「まかせてっ。姫ありがとな」
そこでひのきと共に一陣の春風のようになずな退場。
ほんわかとした空気がフロア内に残る。
「やるやらないじゃなくて、やらなければならないならそれを楽しく...か」
「良いですよね、そういう発想」
フェイロンとシザーがそれぞれつぶやいた。
「とりあえず...姫ちゃんを見習って、どうせ会談しないとなら場所移しませんか?
カフェテリアにでも」
シザーが提案すると、フェイロンは
「バーならつきあってやってもいい」
とボソリ。
「あなた...ワガママですよね」
シザーがあきれた声をあげる。
「まあ...いいです。バーでもお茶くらい隣から持ち込めますから」
「男のくせに...酒も飲めんのか」
「飲めなくないですけど...今何時だと思ってるんです?」
お互い文句を言いながらも立ち上がって足は6区に向いている。
「フン。研究者なんて人種はどうせ日の光のも当たらず室内にこもってるんだろうし、夜も昼も一緒だろう」
「おかげさまで。昼も夜も作れない生活だからこそ、きちんとある程度自己管理しないともたないんですよ」
二人は誰もいないバーのカウンターに腰をおろした。
「お客さん、何にします?」
ホップがふざけてカウンターに入って言うと、
「バーボン、ロックで」
とフェイロンが、
「僕ワイン。白ね」
とシザーが言う。
二人ともホップに給仕させる気満々である。
「酒...飲まないんじゃなかったのか?」
シザーの言葉にフェイロンがつっこむと、シザーは
「飲まないと何言われるかわかりませんから」
と、にっこり笑みを浮かべた。
数十分後...
「だいたいねぇ...俺様すぎなんですよ、あなたがっ!
僕なんてフリーダムと仲良くやっていこうと思って仕事やれってスターチス君に怒られながら合間見てイベント企画したりとかしてるのに、馬鹿にして全然のってこないし。
情報だってこっちは分析結果、研究成果逐一そっちに上げてるのに、そっちからはこちらが聞いた情報しか上がってこないし。
...僕達の事嫌いなんでしょ?そうなんでしょう?!」
フェイロンの襟首をつかんで、絡んでいるシザー。
目が据わっている。
「...おい...もしかしてこいつ酒弱いのか?」
「みたいだねぇ...」
フェイロンに苦笑いで返すホップ。
「おい...笑ってねえでなんとかしろ、ホップ」
「いや、無理だし。ごめっ、俺タマんとこ戻るわっ」
とばっちりが来る前に、と、シュタっと手をかざしてホップが逃げて行く。
「こんのお!!!ざっけるな~!!!」
シザーにしがみつかれたままフェイロンはその後ろ姿に罵声をあびせた。
「...ったく...オラっ!とりあえず飲め!」
すこしでも酔いをさまさせようと、フェイロンはシザーに水の入ったグラスを渡す。
「...酒飲めって言ったのは...あなたですよ?お酒下さい」
コップに鼻をよせて中身を確認したシザーが言うのに、フェイロンはがっくりと肩を落とした。
「飲めねえのに飲むな。
ああ、それで気がすむなら謝ってやる。悪かった!
飲めねえのに飲まないでくれ、頼む」
いつも人を見下したような薄ら笑いを浮かべた得体の知れない奴だと思っていたブレイン本部長の意外な一面に複雑な表情を浮かべるフェイロン。
「...僕、ひのき君もあなたも大嫌いですよ」
「ああ、そうかよっ。」
フェイロンはあきらめて椅子に座り直した。
「そうですよ。
僕だって出来るなら最前線で戦いたかった。
怖がって嫌がって泣く妹をなだめすかして戦地に送り出して研究室なんかにこもっていたくなんてなかったです...」
「...」
「あなた達現場に出てて何が必要かとか何が欲しいとかわかってんのに全然教えてくれないじゃないですか。
何がブレインに負担かけないですかっ。
僕達にできる唯一の...後方支援までとりあげて何か楽しいですかっ?!」
「...すまん」
正直...得体の知れない実験をひたすら繰り返すのが楽しいだけで下々の要求など興味ない人種かと思っていた。
一応(?)戦闘に貢献したいとは思っていたのか...。
「追い込んで見れば頼ってくるかと思いきやフリーダムに逃げ込むし、いぢめればキレて無理難題でも言ってきてくれるかと思えばやっぱりフリーダムに逃げ込むし、フリーダムの側ではこっち(ブレイン)関わらせない方向で自己完結するし、そんな風に排除したいくらい僕らが嫌いですか?」
こいつわざとだったのかよっ...とフェイロンは内心あきれつつ息をつく。
「タカの事言ってるなら...別にこっちに頼ってきてるわけじゃねえぞ。
なずな君の事は確かに頼まれたが、自分の事に関しては全部てめえでなんとかしようとする男だ、あれは。
あいつにとって俺はあくまで対等のダチで保護者じゃねえ。
俺が動いたのだって今回初めてだろうが」
「...」
「とにかく...俺が接触さけてたのは事実だ。悪かった。」
「...」
「おいっ!無視すんなっ!」
タンっ!とグラスをおいてシザーの方をふりむいたフェイロンは目を丸くした。
「寝てやがる...のか?」
シザーはカウンターにつっぷしたまま寝息をたてていた。
「言いたい事だけ言い逃げしやがって...」
フェイロンは前を向き直って一気にグラスの中身をあける。
「おい...どうすんだよ、これ。」
チラと隣を盗み見てため息をつくフェイロン。
「起きろよっ!」
グニ~っとその頬をひっぱってみるが、起きない。
酒が弱いというのもあるが、やっぱり疲れてるんだろうなぁ...と、その青白い顔を見てフェイロンは思う。
ここ2ヶ月半くらいでそれまでの守勢から攻勢に方向転換する事になってからブレインもフリーダムも忙しい。
フリーダムは敵の基地と思われる場所を片っ端から探り、情報を集め、ブレインはそこから上がってくる情報及びジャスティスが倒した後に回収した敵を元に敵の分析をし、戦闘時の服の素材、敵の基地に乗り込む事になった時に必要になると思われる物資、その他諸々の研究に余念がない。
さらに今回共鳴率を上げるために日々クリスタルの研究もあらためてなされているらしい。
フリーダムの探索の仕事はさすがにボスのフェイロンが直々に赴くという事はないが、ブレインの方はボスである前にブレイン一優秀な科学者であるシザーが直々に研究に携わっている。
通常業務外の仕事が多くなるということは、本人も寝る間がないのだろう。
そしてそれは以前からの事ではあるが、フェイロン自身もそうだったが、かなり若くして部内トップに上り詰めた若者に対しての周りの目は決して暖かいものではない。
年功序列であったなら自分よりも上であったはずのベテラン勢から日々与えられるプレッシャー。
油断すれば内部から足をすくわれる。
それでも力が上下のパラメータのフリーダムではそれを見せつけさえすれば追い落とされる事はない。しかしそういう単純なものではないブレインではどうだったのだろうか...
どちらにしても一応上に立つものなのだ。
こんな状態を部内の者に見せるわけにもいくまい。
「しかたねえな...」
フェイロンはシザーを肩に抱え上げると他人の目につかないようにそっと庭にでて、外から居住区の自分の部屋にむかった。
頭が痛い...気持ちも悪い...。
ウッと吐き気にうめくと、すかさず柔らかい布が敷き詰められた袋が口元に差し出された。
「我慢してねえで吐いておけ」
上から声が振ってくるのに促されてそのまま袋の中に吐いていると、大きな手が後ろから背中をさすってくれる。
気持ち悪くて苦しいのだが何故か懐かしくて心地よい。
無茶というのをここ久しくしてなかったが、それでも体調を崩した時に看病をしてくれる手は華奢な妹達の手で、甘えるというよりは少しでも心配をさせないように無理に元気なフリをしてきた。
無条件に看病の手に甘えられたのはもう何年前の事だっただろうか...
子供の頃から対等な人間などいなかった。
物心ついた頃には神童と呼ばれ他から隔離されて教育を受けていた。
大人ですら自分に敬語を使って、研究になると色々お伺いをたててくる。
友達などもちろんいない。
母は怖かったのは覚えている。
綺麗な人ではあった。双子の妹と自分はいずれも母親似だ。
自分に英才教育をほどこしたのも大学の研究機関に放り込んだのも母だ。
そして父の死後、自分達が生きて行く場としてブルースターを選んだのも...。
一方父は無口な一見無骨な人だった。
口数が少なく、でも強く温かい人だった。
いつでも仕事は休めない、と、研究機関を転々とする母の代わりに体調を崩すたび看病をしてくれたのは父の大きな手だった。自分が15歳の時に事故死をする日まで。
遺された15歳の自分と泣きじゃくる8歳の妹達をここに放り込んで母は失踪した。
自分達は捨てられたのだ、と、自覚すると同時に、自分が今度は妹達のためにその大きな手の代わりにならなければならなかった。
それまでいた研究機関と違って、自分より優れた子供をなんとか排除しようとする大人に混じって意味のない笑顔を浮かべて従うふりをする事も覚えた。
摩擦を起こさない様に、それが齢15歳で二人の扶養者を抱えた子供の生き残る術だった。
死ぬ思いで働いて5年後、異例の早さで出世してブレイントップに登り詰めたが、それはそれで今度は足を引っ張って追い落とそうとするベテラン勢との戦いの始まりにすぎなかった。
それがなんとか一段落ついたら今度はレッドムーンとの戦闘が激化。
攻勢に転じる為の下準備と強くなる敵に備えてのジャスティス強化のクリスタルの研究でもう何日も寝ていない。
一番頼れるはずのジャスティスのエースはどうやら自分が嫌いらしく、こちらがコミニュケーションを取ろうとするたび逃げる。
いったい自分が何をしたと言うんだ。
疲れた...
「...とうさん...」
胃液まで吐いて涙がまじる中で思わずつぶやく。
「...自分より年上の息子を持った覚えはねえぞ」
上から振ってくる声に力なく顔を上げると、そこには信じられない顔が...
「うあああ!!」
思わず悲鳴を上げて後ずさると、
「...お前なぁ...ひとを化け物みたいに...」
と、自分の事を嫌いなはずの俺様勇者が顔をしかめる。
「あ...なんで僕は...」
さっきまで背中をさすっていたのはこいつだったのか。
いったい何が起こっているのかわからずに混乱するシザーに、シザーの汚物の入った袋の口を縛って処理すると、フェイロンはコトリとベッドラックに水差しとコップを置いた。
「水...飲んどけ。薬は?要るか?」
「えと...ここは?」
見回してみると見覚えのない部屋で、何故ここにいるのかさえ思い出せない。
おそるおそる聞くシザーにフェイロンは水差しから水をコップに注いでシザーに差し出す。
「俺の部屋。
酔いつぶれたまま人目のつく所に放り出してくる訳にもいかんだろ。
一応ボスなんだしな」
あ...バーで飲んで...つぶれたのか。と記憶がつながる。
元々強い方ではなかったが、このところ徹夜続きだったから...シザーは青くなった。
「まだ気分悪いのか?...薬要るか?」
返事のないシザーにフェイロンは言って顔を覗き込んでくる。
「なっ...なんであなたがそんなに優しいんですかっ、気味が悪いっ!!」
さらに引くシザーにフェイロンはシザーの眼鏡を投げてよこした。
「お前...年齢詐称とかじゃねえよな?」
うあああ...シザーはあわててそれを受け取ってかけた。
眼鏡は...実は度は入っていない。
それでもかけ続けるのはひとえに箔づけのためだ。
シザーも双子も母親似で...双子は良いにしても男の自分にとっては絶望的な童顔女顔だったりするわけで...。
「どうせ童顔ですよっ!せいぜい馬鹿にしたらいいでしょうっ!!」
コンプレックスをまともにつかれて思わず感情的になるシザー。
「悪い。別に馬鹿にしてるとかじゃなくて、素朴な疑問だったんだが。
違うならいい。悪かった。」
意外にあっさり謝るフェイロンに拍子抜けするシザー。
「い...いえ。こちらこそすみません。酔いつぶれて介抱までしてもらったのに...」
「ああ、そういうのは慣れてるから気にするな」
と、フェイロンはさらに水の入ったコップをシザーに差し出した。
「お前も苦労してんだよな。
いつもヘラヘラ馬鹿にしてるみてえな感じしたからちと避けてみたりしてたんだが...
そのせいで余計な苦労増やしたみたいで...悪かった」
「いえ...こちらこそ...」
礼を言ってコップを受け取るとシザーは少し水を喉に流し込んだ。
「タカと初めて仕事した時もそうだったんだが...俺はどうもみかけで人を判断して失敗するみたいでな...。悪かったな、まじ」
フェイロンはそういってくしゃっと頭をかく。
高慢な俺様勇者だと思っていたフリーダムのトップは、実は意外に素朴で潔い人柄らしい。
おそらく本当は俺様...というより親分肌なのだろう。
それに比べて自分は...とシザーは自らを振り返って情けない気分になった。
虚勢を張って迷惑かけた挙げ句、礼も言わず女子供のようにわめき散らした。
「いえ...僕の方こそそういう誤解を与える態度取っていたのかもしれません。
色々虚勢を張らないとやっていけない部分も多かったので。申し訳ない」
シザーの言葉にフェイロンは少し目を丸くして、それからニカっと笑った。
「真面目で責任感強い長男気質だな」
「は?」
確かに自分は長男だが....?
「いや、昔な、タカとの初めての任務でやっぱりこんな事あって...
ま、ぶっちゃけタカの英語が下手すぎて指示が命令口調だったのにむかついて指示無視して俺が死にかけたんだけどな。
結局タカに助けられて指示無視した事を謝ったら逆に自分の指示の仕方が悪かったって謝られた事が...
どう考えても指示無視した俺のが社会人としては悪いんだけどな。
実害をくらっててもまず自分の態度が悪いって謝るあたりが一緒だと思ってな。
あいつも長男だし」
そんな事があったのか...。
「昨日も言ったが俺達の関係はそんな感じで別に俺が上というわけでもない。
ただダチならお互い困ってたら助けたいと思うだろ?それだけだ」
友達...自分は生まれてからこの方そんなものを持った事はないからわからない。
シザーは肩を落とした。
「僕は...子供の頃から大学の研究機関にいたため、家族以外と友人づきあいみたいなプライベートなつきあいをした事一切はないので...」
「う...そだろ?まじか?!」
目を丸くするフェイロン。
「こんななさけない嘘ついてどうするんです。
...あなたはひのき君以外にも友人多そうですよね...」
「ある意味すごいな...。んじゃ、俺が最初か、もしかして」
フェイロンの言葉にシザーはきょとんとする。
「は?何がです?」
「プライベートなつきあい」
「はああ?いつ僕があなたとプライベートな付き合いしました?」
思わず今までの調子で言ってしまって、シザーはしまった、と口を押さえるが、相手は気にしてないらしい。
さらに
「今。これってどう見ても仕事の域超えてると思うが?」
と、言ってくる。
「む...確かに...」
そういえば妹達以外の人間の私室に入るのすら初めてかもしれない。
「ま、どっちにしても、もうしばらく寝とけ。
戻ったらどうせ仕事なんだろうし。
今は外部的にはトップ会談中って事にしてあるから。
夕飯時になったら起こしてやる。夕飯食って解散だな。
俺は居間にいるから、何か会ったら遠慮なく呼べよ」
言って止める間もなくフェイロンは部屋から出て行った。
意外に...というか、かなり良い奴なのかもしれない。
思い起こせば...完全につぶれる前にかなり暴言吐いた気もするし、勝手に酔いつぶれたのだから放っておけば良かったのに、人目につくと本部長という立場だけに体裁が悪かろうと気を利かして自室に連れ帰ってくれるあたりが大雑把な人間に思っていたが気遣いが細やかだ。
上に立つ器というのはこういうのを言うのか...。自分とは大違いだと思う。
シザーはだるい体をまたベッドに横たわらせた。
考えるのはまた後で。とにかく寝よう。器であるにしろないにしろ、もう後戻りする時間はない。
倒れるわけにはいかないのだ。
「やっぱり二日酔いやね」
居間に戻ったフェイロンをソファで迎えたのはもうかなり長いつきあいになる医者の旧友。
「...夕方に奴が起きてくるまでには帰れよ、レン。
あんまこういう所見られたくねえだろうし」
汚物入れをダスターシュートに放り込むと、フェイロンは小さめのそれ用の湯のみに中国茶を入れてレンの前に置いた。
「自分で呼んどいて冷たいなぁ、フェイちゃん」
「その呼び方やめろって言ってるだろうがっ!」
不機嫌に言うとフェイロンは自分もソファに座って自分の分もお茶をいれる。
「しかたねえだろ。つぶれんのはいいが死にそうに青い顔してたから。
急性アルコール中毒って下手すれば死ぬし。
自己責任ていうにはなんつーか...酒勧めた俺がもしかして犯罪か?くらい眼鏡はずした顔がガキっぽかったから」
は~っと額に手をやってため息をついた。
「いや、タカぼんの事といい、フェイちゃんて子供に弱いよな。ほだされとるし」
「...っせえ!本人には言うなよ、気にしてるみたいだからな」
「へいへい」
レンは肩をすくめてお茶をすすった。
「そんなに子供好きやったらさっさと作ったらええねん」
にやにや言うレンにフェイロンはムスっと言う。
「女は...めんどくせえ」
「面倒ごと好きなくせに...」
「ガキは...いつか手が離れるからな。女は死ぬまでだし」
「なるほど」
レンは喉の奥でクックっと笑った。
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