それから2ヶ月、朝食後のホップの楽しげな叫びはジャスティス内の風物詩と化していた。
「お前らさ、もしかして座禅と称して何かやばい遊びでもしてるんじゃねえのか?」
と、座禅推奨組のひのきですら眉をひそめるほどのハイテンションである。
ユリも、一緒に行きたいというファーの誘いも
「この馬鹿犬躾けるので手一杯だから、ごめんね」
と断りつつ二人して毎日基地内を転々と座禅修行しているらしい。
他に対するよりかなり邪険な態度のユリにニコニコと嬉しそうにまとわりつくホップのその姿から、その座禅タイムは別名"ポチの散歩タイム"とジャスティス周りでは呼ばれている。
実際その時間は二人して真面目に座禅を組んでいるのではあるが、ホップ自身は今日の座禅の場所と称してユリを自分の基地内のお気に入りの場所に連れて行くのをまず楽しんでいた。
そのたび短いながらその場所についてユリの口から述べられる感想を聞くのもまた楽しみでもある。
「今日で丁度2ヶ月さね」
「だな。馬鹿犬にしては禅組む姿が様になってきたな」
その日の座禅を終えて二人して並んで廊下を歩いている。
普段はそのまま二人して鍛錬場で汗を流して昼食になだれこむというパターンなのだが、今日は少し違った。
「私はこれからちょっと用があるから、鍛錬行くなら一人で行け」
ユリがそういって居住区をすぎて4区の方に足を向ける。
「俺も付いてっていい?」
一応ホップはきいてみたが
「だめだ」
というユリの即答にあきらめる。
しょぼ~んと肩を落とすホップにユリがちょっと笑いをもらし
「用終わったら私も行くから先行っとけ」
と付け加えると、
「そか、じゃ、また鍛錬場でなっ」
とホップはとたんに元気になって駆け出して行った。
その後ろ姿を見送ると、
「さて、行くか」
と、ユリは誰にとも無くつぶやいて表情を厳しくして3区にあるブレイン本部へと急いだ。
「あ、ホップさん、今日は珍しくユリちゃんと一緒じゃないんですね」
鍛錬場のある7区に向かう途中の6区の図書館の前でホップは数冊の本を抱えて図書室から出てくるなずなに遭遇した。
「お、姫も珍しくタカともジャスミンとも一緒じゃないんだな。二人とも鍛錬?」
かけよっていくと、なずなは相変わらずにこにこと可愛らしい笑みをうかべながらうなずく。
2ヶ月前に本部に来た時には周り中に怯えていたお姫様もずいぶんとうちとけてきたな、とホップはなずなの笑顔を見て思った。
「それ持つな。部屋に運ぶん?」
その手の中の本を当然のようにホップが持つと、なずなは
「ありがとうございます♪」
とホップを見上げた後、隣を歩きながら唐突に言った。
「ホップさん...最近ずいぶんユリちゃんに懐かれてますよね」
その言葉にホップは固まる。
「姫...それ反対じゃ?タマが俺に懐かれてるってちまたで評判なのは知ってるけど」
「反対じゃないですよ。
懐いてるって言う言い方がピンとこないなら好かれてるとか心を許されてるっていうのでも良いんですけどね」
「姫には...そう見える?」
ユリと一番親しいなずなの思いがけない言葉に少し嬉しくなってきくホップになずなは
「見えるじゃなくて、そうですよ?」
としごく真面目な顔で断言した。
「私、世界で唯一のユリちゃんの理解者ですから」
珍しく自信ありげななずなの言葉に一瞬心の中でモヤっとしたものがわき起こったホップだったが、なずなは次の瞬間
「まあ...近いうちに”唯一"ではなくなりそうですけど。ね、ホップさん」
とにっこりホップを見上げた。
「姫...」
「はい?」
「それわざと?」
「はい?」
飴と鞭...あまりにタイミングの良いその間の取り方に思わずそんな言葉が頭の中をよぎったホップだったが当のなずなは全く何を言われているか分からないと言った様子でキョトンとしている。
天然か...ホップは内心大きくため息をついた。
「ま、いいや。んで?姫はなんでそう思うんさ?」
ホップの言葉にまたなずなは続けた。
「ユリちゃんは...普段ああいう態度だから誤解されやすいんですけど、実はすごく真面目でシャイなんです」
「ああ、それは俺もそう思うさ」
他人がいる所ではいつもはりつけているニヤニヤした笑顔をユリは二人きりの時は見せない。
普通の笑顔すらそれほど見せず、いつでも凛とした目でまっすぐ前を見据えている。
厳しく潔癖な印象すら与える真面目な表情で、まさに清廉と言った言葉がよく似合う。
そんな時のユリは意志の強さと反比例するようにガラスの脆さも合わせもっている気がして、ホップを落ち着かなくさせた。
「強いけど脆い人なんです」
「うん、そうだな」
「うん、だからね...ホップさんがそれをわかるくらいホップさんにそういうとこ見せてるじゃないですか。
それってね、ユリちゃんにしてはすごく気を許してるって事だから。
今迄そういう事なかったし、ちょっとほっとしました。
あ、本どうもありがとうございました」
そんな話をしている間になずなの部屋につき、本を返すと、ホップはなずなと分かれた。
なずなの言った事は本当なのだろうか...だったら嬉しいんだが...ホップは少し軽い足取りで再度7区へ急ぐ。
自慢じゃないがホップは自分はもてないほうではないと思う。
あちこち転々としていたせいで人に合わせるのがうまいため、その時々で任務期間に合わせて期間限定彼女のような相手がいたことも何回かある。
でもユリはそのどの女の子達とも違いすぎて、いったいどう口説けば振り向いてくれるのか見当もつかない。
誰に似てるかとあえて探せば、お国柄なのかその繊細な美しさは別にして、潔癖でプライドが高くて生真面目なあたりがフリーダム時代からつきあいのある旧友に似ている気がするのだが...奴は男だ。
それでも志向性がにてるなら参考にしようとホップはひのきの姿を探した。
そして...探していた相手は7区にいくまでもなく見つかった。
7区に急ぐ途中で例によって愛でる会の面々が談話室の前でたむろっていたのですぐわかった。
「タカ中なん?」
愛でる会の知り合いに声をかけると、それまで小声で歓声をあげながらカメラを構えていた女性の一人がコクコクとうなづいて、すでに誰も入れないため貸し切り状態の談話室の窓際の椅子の上で珍しくうたた寝をしているひのきを指差した。
そういえばこの2ヶ月、共鳴率をあげるためといいつつ色々な鍛錬を他にほどこすため、日系トリオは敵が出るたびかり出され、とんでもない激務だったらしい。
その中でも毎回戦闘の中心になるひのきは、鍛えているとは言ってもさすがに疲れるのだろう。
出窓に持たれるようにして意識を手放していた。
人種が同じせいだろうか、それともたまたまなのだろうか、やっぱりひのきとユリはどこか似た雰囲気を背負っている気がする。
結局勧められても一緒に禅を組む事はなく、今迄はこんな風に人前でうたた寝をするなどと言う事がなかったため、長いつきあいながらも初めてまじまじと見るその寝顔は、禅を組んでいる時のユリをどこか思わせた。
そ~っと近くまで足を踏み入れ、しばらく起きるのを待ちがてらその寝顔を眺めていたが、不意に気持ちがこみあげてきてホップはその場にしゃがみこんだ。
「タマ~、好きなんさ~」
思わずため息まじりのつぶやきをもらす。
「そういう事は俺じゃなくて本人に言え」
当たり前だがユリ本人ではなく、もっと低い声が頭の上から振ってくるのに顔を上げると、出窓に身をもたせかけたまま、きつい印象を与える目だけをホップに向けたひのきの視線とぶつかった。
「タカ、起きてたんか?」
「こんな近くで馬鹿なつぶやき聞かされたら嫌でも目が覚める」
ホップの言葉に、まだ若干眠そうな不機嫌な声で答えるひのき。
「でもさ、寝てると特にさ、タカとタマってなんか似てるんさ。んで思わず...」
「ああ、そりゃ親戚だからな」
「へ???」
ひのきの爆弾発言にホップは思わず声をあげて立ち上がった。
「親戚って...なんで隠してたん?!!」
驚くホップにうるせえなっと小さく舌うちをすると、ひのきは出窓にほおづえをついた。
「聞かれねえから。わざわざ言う必要ねえだろ?」
「タマの方は?知ってるんか?」
ホップの言葉にひのきは肩をすくめた。
「知ってる。名字が名字だし」
「珍しい名字なん?」
「...知りたいか?」
「もちろん!もうタマに関する事ならなんでもっ」
「ふん。俺らの先祖は日本の戦国時代に戦上手と謳われた有名な武将でな、天下分け目って言われた日本を2分する戦で負けた方の勢力で最後まで戦ったんだと。
結構有名らしいぜ?
んで、まあ負け戦で戦死して、遺された子孫の一部が再興を目指して敵にみつかんねえように真の名前を隠して植物の名前を名乗って地元信州に潜んだらしい。
その名字が檜、鉄線、河骨。
まあ俺らの家系以外にそうそういるような名字じゃねえから、これらの名字の奴はみんな親戚」
ひのきは話しながらまた軽く目を瞑る。
「なあ」
ひのきの話がやんだところでそれまで黙って耳を傾けていたホップが口を開いた。
「本当の名前、なんて言うん?」
「ああ?」
「だから、潜む前の本当の名字」
ホップがきくとひのきは意味ありげな笑みを浮かべた。
「それは俺はなずなにしか言えねえ。
お前は知りたければ頑張って鉄線からでも聞き出せ」
「それってさ...もしかして特別な相手しか言っちゃだめってやつ?」
「ああ。今更戦国時代のなんちゃらもねえけどな、散った当時はそれなりに緊張感あるってか、隠すもんだったから、こいつにだったら裏切られて殺されても仕方ねえなって思う唯一人の相手にしか言わないってのが代々の掟みたいなもんなんだよ。
だから逆に真の名を教えてもらえたらそいつにとってお前は一番特別って事だから頑張れ」
「タカ」
「うるせえ!いい加減寝かせろ!」
本当に眠いらしい。ひのきは目を瞑ったまま不機嫌に言い放った。
「サンキューな」
「ああ」
とりあえずユリがきたら聞いてみよう。
それで拒否られたら...教えてくれる迄頑張ろう。
はっきりした目標ができたことでなんだかすっきりした気がする。
ホップがすっかり当初の目的をわすれて談話室を後にし、7区に足を向けた時、ふいに携帯がなった。
「はい、ホップ」
即取ると電話の向こうで聞こえる声はたった今まで頭のすべてを占めていた人物のものだった。
「タマ、どうしたさ?」
「ん、ちょっとな、ブレイン本部に来い。じゃな」
相変わらず用件だけ言って切るユリに、それでも電話をもらえた事が嬉しいホップ。
あわてて反転して3区へと向かった。
「やあ来たね」
待っていたのはユリだけではなくジャスミンもだ。
そして若干複雑な表情でホップを迎え入れるシザー。
「まあ、ここに呼ばれたからにはわかってると思うけど、任務だよ」
シザーの言葉にポカンとするホップ。
「そのためにわざわざタマに電話かけさせたん?」
普通だと任務のたび館内放送で呼び出されるはずだ。
ホップ言葉にシザーはうなづく。
「ああ、僕がかけても良かったんだけどね。
とりあえずこれからは個人個人呼び出す事にしたから。
でないとゆっくり休めない子も出てくるしね」
ああ、とホップはさっきのひのきの様子を思い出す。
確かに日系トリオはいちいち無関係なものでまで呼び出されても困るだろう。
「それにしても...変わったメンツだな」
盾必須の自分と囮必須のユリ、そしていつもファーと二人で一人だったジャスミンと、ありえないメンバー構成にホップは首をかしげた。
「うん...まあ今回はちょっと色々あってこのメンツで行ってもらうよ。
イヴィルは一人だから。
メインアタッカーがジャスミンでホップ君が遠隔援護、盾はユリ君でね」
「遠距離アームスのタマが盾って、そんな無茶な…」
反射能力底上げの攻撃特化と違って避けるわけでも防御緑底上げの防御特化と違って打たれ強いわけでもない遠隔系は治癒系と並んで盾役に向かない。
それは同じ遠隔系のホップが一番よくわかっている。
「ん、でも日系トリオの時はひのき君がメインアタッカーで姫ちゃんが援護&治癒でユリ君が盾やってるんだよ?ずっと」
ホップの言葉にシザーが答える。
「でもそれってタカが羅刹で敵をほぼ向けない事前提っしょ?」
「うん...ただ今後考えると絶対的盾不足だしね、ここらでちょっとそこから一歩前進して非常時に盾役する訓練もね、しといてもらわないとつらくなってくるんだ。
ユリ君がメインアタッカーも盾もできるようになると、格段に戦闘の幅が広がるからね。」
「わかった。タマとジャスミン先行ってて。俺ちょっと支度あるから」
ホップは小さく息をついて二人を先に行かせると、
「んで?何考えてるんさ?シザー」
と、ブレイン本部長に詰め寄った。
「やっぱり君はだませないよね」
「全部話してくれないと...今ここで二度と話せなくさせるけど?...発動」
ホップの顔からいつもの笑顔が消えてその手にはライフルが握られている。
「やだなぁ...ホップ君までひのき君みたいな事しないでよ」
「俺のはね、タカと違って脅しじゃない。
俺はもう使い回されるの慣れてるから良いけどタマ巻き込んで変な計画たてたら殺すよ?
タマに危害加えるならまじ殺す...」
言ってシザーの至近距離で引き金に指をかけた。
「わわっ!ちょっとホップ君っ、キャラ変わってるし!
待った!だからそのユリ君の提案なんだって!」
「タマの?」
「うん!知ってる限りの事話すからまずそれやめてよ(泣)」
シザーの言葉にホップはとりあえず銃をおろした。
「ユリ君がね、一度このメンツでやらせてくれって言ってきたんだよ、午前中突然。
僕もね、内心ちょっと心もとないなぁって思って止めては見たんだ。
でもユリ君にも何か思うところあるみたいでね詳細は教えてくれなかったけど、ジャスミンもホップ君も絶対に無事返すからって」
「それで...了承しちゃったん?」
少し疑いのまなざしをむけるホップにシザーは首をすくめる。
「だってさ...あくまで反対したら土下座までされちゃったから...」
「土下座ってっ。あのタマが?!」
「...うん。普段そんなとこみせないけど実はユリ君てひのき君並にプライド高い子だと思うんだよね。
そんな子にさ、そこまでされちゃうと僕としても...ね。
僕だってね、ジャスティスはみんな大切だけど個人的には妹はやっぱり可愛いから、ジャスミンがいるのに本気で駄目だと思ったらゴーサインは出さないよ?
でもユリ君がそうしてまで試したい事って、ちょっと興味あるっていうか何かあるんじゃないかって思わないかい?
ユリ君も言った事は守る子だからね。
最悪みんな無事帰れる保険は用意してあるんだろうし」
「じゃ、俺行くわ」
ホップはあっさり能力の発動を解いた。
正直このメンツでどう勝つつもりなのかは見当もつかないが、ユリがそうしたいと言うなら負けたら負けたで頑張って逃げてみるか、という開き直りが生まれる。
いつものヘラヘラとした様子に戻って後ろ手に手を振って出て行くホップを見送って、
「ほ...本気で殺されるかと思った」
とシザーはヘナヘナと椅子に崩れ落ちた。
「んで?俺なにすればいいん?タマ」
ホップが駐車場についた時には、すでにユリが運転席に座っていたので、ホップは大人しくジャスミンと並んで後部座席に乗り込んで、出発した。
そして基地を出るなりそう聞くと、ユリは
「黙想でもしてろ」
と短く言った。
「いや、今じゃなくて戦闘中の事なんだけど...」
とホップが苦笑すると、
「お前...シザーの言う事全然きいてなかったのか?馬鹿犬」
とユリはさらに冷ややかに言い放つ。
そしてユリはすぐ緊張した面持ちでホップの隣に座っているジャスミンに
「まあ...この馬鹿犬がフォローいれなかったら私が犬っころ見捨ててフォローに入るから、心配しないでいいよ、ジャスミン」
と優しい声でにこやかに声をかけた。
「あ、はい。ソロでやった事ほぼないんで緊張しますけど、頑張ります」
ジャスミンがこわばった笑顔を浮かべるのにも
「まあ駄目なら撤退してもらっていいから。あんま無理しないでね」
と返すが、
「うん、まあみんなで頑張って逃げればいいさ」
というホップには
「忠犬は忠犬らしく身を挺して人間様の逃げる時間を稼いどけ」
とまた冷ややかだ。
「タマ俺には冷たい(泣」
ホップが言うと
「泣き言いう暇あったら黙想でもしとけ、時間の無駄だ」
とまたさらに突き放した。
ジャスミンはそんな二人のやりとりを見て不思議そうに尋ねる。
「ユリさんとホップって...いつもそんなんなの?最近よく二人でいるけど...」
「ああ。馬鹿犬には躾け必要だから」
「うん。タマいつもこんな感じで冷たいんさ」
ジャスミンの問いに二人がほぼ同時に答えた。
最近ファーが不機嫌になるほど座禅座禅とホップが嬉しそうにユリと連れ立っているが、ホップは何がそんなに楽しいのだろうか。
ユリのホップに対する冷たさは、ひのきのそれに負けずとも劣らないというか、他の周りには優しい分ユリの態度の方が取られてきつい気がする。
「ホップは...それでも日々楽しいの?」
思わず聞くと、ホップは満面の笑顔でぶんぶん首を縦に振った。
「も~、毎日座禅組むタマの綺麗な横顔見られるだけで超幸せさっ!
冷たい言葉の中にも愛感じるしっ!」
「お前...今すぐ車おりろっ!現場まで歩いて行け!」
ハイテンションなホップに速攻氷のようなユリのつっこみが入る。
はたで見ているとこれはこれで面白くはあるのだが...悪いとは思いつつ、思わず笑うジャスミン。
普段あれだけいつもにこやかなユリが日常的にこういう態度を取ってるとも思えないし、もしかしてファーと離れての任務に緊張気味な自分をなごませるために二人がわざわざお芝居をしているのだろうかと内心気遣いに感謝する。
まあ...別にそういうわけではなくまじだったりするのだが、ジャスミンは当然知らない。
なんとなくそんなこんなで現場近くについたらしく、車が止まった。
「敵は前方300から半径約15mの範囲に雑魚豹35、イヴィル1。
私の範囲攻撃着弾でゴーで。ジャスミンはイヴィルに向かって。
ポチはジャスミンのフォロー優先させながら雑魚掃除な」
「ん~、でもそれだと全部敵がタマのほうくるんじゃ?」
「私は最初の一発撃ったら即防御モードはいるから気にしないでいい。
それよりジャスミン、撤退も考えて敵の奥行かないで。
距離取るなら横方向で頼むよ。
んで...ポチは余裕あったら少しクリスタルに神経集中させてみろ」
「クリスタルに?」
「ああ。そろそろ来るなら来てもいいんじゃないかと思うんだが...」
ユリの言外の言葉を読み取ってホップはハッとした。
第二段階...まさかそれを自分に経験させる為にユリはこんな機会を設けたのか?
それを確認する暇もなくユリは
「発動っ!」
とウォンドを手にすると
「行くぞ!」
と二人に声をかける。
その声にジャスミンがまた能力を解放し、ホップもあわててそれに続いた。
発動させて意識を集中させても別段何もかわったような気はしない。
まだだめなのか...それとも集中が足りないのか...
「ポチ、来るぞ!ぼ~っとするなっ!」
ユリの鋭い声にハッとすると、すでにユリは第二段階に入っていた。
金色に弾ける光をまとった3節棍。
最初の攻撃で3分の1ほどに減った敵を綺麗な棒さばきでうまくかわしている。
少しでもその負担を早く減らそうとホップはとりあえず共鳴率の事はおいておいて、豹の一匹に狙いを定めるが、
「ポチ!フォローする優先順位違う!」
と、すかさず声が飛ぶ。
共鳴率の事に気を取られて焦ったせいで判断が遅れたらしい。
ユリが舌うちをして雑魚を引き連れたまま横に飛ぶ。
そのままどうやらかってが違う戦闘に動きの悪いジャスミンに伸びたイヴィルの蛇状の腕を棍ではじいた。
同時に後ろから左肩に向かって爪を食い込ませた豹の腹にもう片方の棍を打ち込んで叫ぶ。
「ジャスミン、撤退!ポチ、ジャスミンのフォロー!急げっ!」
それから小さく呪文を唱えると、ピリピリっと足下から冷気が広がり、イヴィル以外の敵の足を止めた。
「イヴィルは抑えておくから、いそげ!」
さらに叫ぶ声にジャスミンがはっとしてホップの方に走り出す。
「ちゃっちゃと車で出来るだけ距離を取って無線で援軍要請しろ!」
「だめさ、俺も残る。間に合わないっ!」
肩口から血をにじませながらイヴィルと対峙するその後ろ姿にホップが叫ぶ。
おそらく第2形態だと範囲攻撃の威力もごくごく小さいのだろう。必死に足を動かそうとする豹達の足下の氷もピキピキとヒビが入り始めている。
「ここにいても足手まといだろうがっ!
それよりジャスミンの護衛がお前の最優先任務だっ!
あれこれ迷う前に為すべき事を為せ!」
さらに飛ぶ厳しい叱責と一人で行っていいのか迷うジャスミンの態度で、ホップはようやくジャスミンの手を取って車の方へと駆け出した。
「さて、と。ちゃっちゃとやっちゃうかね」
それを見送ってユリが小さくつぶやくと、対峙するイヴィルは余裕の笑みを浮かべた。
「仲間を逃がして玉砕する心つもりかと思ったら、まだ私を倒すつもりでいたの?
敵ながらあっぱれなその戦意に敬意を表して名前を聞いてあげるわ。
私はダチュラ。これでもレッドムーンの中では最新鋭の処理をほどこされたエリートなのよ?お前は?綺麗な侍ボーイ?」
「鉄線。まあ...これは仮の名で、本当の名は言えないんだけどね」
ユリはにこやかに返した。
「自己紹介も終わった事だし、さあ始めようかっ」
ユリは言って一気に距離を取る。
「まあ、ずいぶんせっかちだこと。大人の余裕を持てる歳まで生きていたらさぞや良い男になったでしょうに、鉄線。残念だわ」
ダチュラは言って逆に間合いをつめてくる。
「...百花繚乱」
ユリは棍に軽く指を置いて静かにつぶやいた。
「...?!」
棍はぱあっと光を放ち扇となり、辺り一面に埋もれるような桜吹雪をまきおこす。
その花びらはいったん主の左肩に吸い寄せられるように集まり、傷口から流れるその血を吸って紅く染まった。
全ての花びらが血の色に染まると、ユリはすっと扇を前に差し出す。
それにまた吸い寄せられる様に花びらが扇の周りをクルクルと舞い始めた。
「散華」
やがてユリが静かな声でつぶやくと、花びらが動けずにいるイヴィルに一斉に襲いかかりその身を覆い尽くす。
そして花びらは更に赤みを増し、ハラハラとその場に散って行った。
敵のいたはずの場所にはただ砂がサラサラと舞っている。
「やっぱ...エンジェルボイスなしでこれやったら...終わるなぁ。」
第3段階百花繚乱。
術者の血を吸って生命を吹き込まれた桜の花びらが敵一体をどんな状況どんな相手でも確実に倒す能力なのだ。
本来は当然術者は極度の失血で命を失う。
今まで何度か使って命を拾ったのはなずなのエンジェルボイスの治癒能力の為せる技だった。
そろそろ凍らせた豹達の足下の氷が溶ける頃だが、戦うどころか目の前がかすんで立っているのもやっとだ。
(あ~あ、失敗しちゃったか。まあでも人生なんてこんなもんだ)
足下から崩れ落ちる体。
しかし不意に何かに抱きとめられて落下が止まった。
「兄さんっ!ごめん!私やっぱり失敗しちゃったよぉ。
一人じゃ駄目だった。援軍急いで送って!」
ホップより一足先に車にたどりついたジャスミンは車に備え付けられている無線機に向かってしゃくりをあげた。
「ちょっ...ジャスミン、大丈夫?怪我ない?!」
無線の向こうで慌てるシザー。
「うん...私は無傷だけど...」
「シザー。俺。今タマが敵全部抑えてるんさ。
わりいけど、ジャスミンは一人で返す。送ってやれんでごめんな」
おいついたホップがジャスミンの手から無線機を取り上げてそう言うだけ言うと、シザーに何か言わせる時間を与えずにジャスミンに返す。
「というわけで、ジャスミン最後まで送ってやれんでごめんな。運転大丈夫だよな?」
「だめよっ!ホップ!一緒に帰らないと...
ユリさんも言ってたでしょ、私達いたって何もできないし...」
ジャスミンがきびすを返すホップの腕をつかむと、ホップは丁寧にその手を外した。
「うん。でもさ、それでも俺タマといたいんだわ。
邪魔だ、役立たずって言われてもいたいんだ、やっぱり。
だからさ...ごめんな」
ジャスミンの頭をそういって軽くなでると、ホップは再度今来た道を戻っていった。
このときほど攻撃特化の跳躍力が欲しいと思った瞬間は無い。
速く、急いで、と思うほど自分の足がのろく感じられる。
心臓が口から飛び出るかと思うほど必死に走ってようやく現場に戻ったホップは、目の前に広がる光景に我が目を疑った。
一面の桜吹雪の中で扇を手に悠然とたたずむユリ。
少しの癖もないまっすぐな黒髪が風に吹かれて桜の花びらと一緒にサラサラと舞っている。
元々色のない肌はいつもにもまして真っ白で、ホップが好きな、あの意志の強そうなつり目気味の切れ長の黒い瞳がまっすぐ前を見据えていた。
そして白い花びらがユリのすらりとした肩をまるで飾り紐のように彩る血に誘われるように集まるその様子をホップは指一本動かせないまま呆然とみとれている。
そこでは全ての時間が止まったように、蝶のように舞う花びらとその中心にいる美しい術者以外の何者をも動けずにいた。
花びらはみるみる間に血に紅く染め上げられ、ユリが舞いを舞う様な優雅な手つきで差し出す扇にまた吸い寄せられて行く。
そしてその形の良い薄い唇から
「散華」
とつぶやくような呪文が漏れると花びらが一斉に敵のイヴィルを包み込み、さらにその色を紅くして、散った。
ハラハラと花びらが舞う中心からサラサラと止まった時を戻すかの様に砂がこぼれ落ち、それを合図としたかのように時間が動きだした。
目の前で大切なモノが崩れ落ちるのに、ホップは必死に手を伸ばした。
「タマ!!」
なんとかその体を支えて泣きそうになってその名を呼ぶと、一瞬軽く瞑られていたユリの目がぼんやり開いた。
「...この馬鹿犬...こんなとこで何やってんだ...逃げてろって言ったろ...が...ボケ...」
そのきつい目でにらみつけられてののしられるのさえ好きだったのに、そのキレのあったはずの罵倒の言葉すら、すでに消え入りそうに力をなくしていて、胸が詰まりそうだった。
「だって俺...忠犬だからさっ。飼い主おいていけないさ」
お前くらいヘラヘラしてろ、以前ユリが言ったのを思い出してヘラっと言ってみたが、涙がにじんだ。
「...お前...もっと賢い男...だったはずだろ」
「馬鹿犬でいいさっ」
「...この馬鹿。最期くらい...楽させろ...よっ。...ったく。...変...形」
ユリが扇に指を落として言うと、扇は再度3節棍に変化した。
そしてユリは体を支えるホップの手を外して立ち上がった。
「...もうすぐ氷が溶ける...時間...稼いでやるから...気合いいれて...逃げろ!」
息は荒く言葉もきれぎれ、まだ肩からは血が流れ落ち続けているにも関わらず、目に闘志が戻ってきた。
まっすぐ敵をにらみつける意志の強い瞳が綺麗だとホップは思った...が
「タマって...すげえ強いお侍の子孫なんだってな。
どうりでそんじょそこらの男より男前でカッコいいわけさ。
俺、すっげえ美人のくせに強くてまっすぐで男前なタマの事めちゃくちゃ好きなんだけどさ...ごめん」
ホップはストンと後ろからその首筋に拳を落とした。
カクンと、ユリが崩れ落ちるのを支えて、その場に横たわらせる。
「俺よりタマのが強いから守るなんて言えんけどさ...せめて休ませてやりたいんよ。
タマが無理せんでもいいようにさ...タマが最期までボロボロになるの見ながら逃げるのなんて嫌だ」
ピキピキと氷が割れる音が響くのを、ホップは軽く目をつぶって聞いている。
武器はライフル。敵は12体。殺れて2体か...とホップは思いを巡らした。
自分が死ぬのは今更怖く無い。むしろ本望だ...と思う。
でも自分が死んだ後、敵にユリにとどめを刺させるのは嫌だ。
これ以上傷つけさせるのは嫌だ。
差し違えでもいい。全部倒せたら...ユリを守れたら!
「あ~!この馬鹿クリスタル!どうせ遠隔なら機関銃にでもなれよ!!」
なんでも器用にこなせるくせに肝心なところで役立たずな自分が腹立たしくなって思わずホップが叫んだ時、頭の中で何かが響いた。
(了解した...唱えよ)
「へ?」
幻聴にしてはやけにはっきりとした声...
バキン!と氷が割れる音がする。
「ええ~い!もうやけだっ!変形しろ~~!!」
ホップが叫ぶと手の中の銃が光った。
そして初めて握ったはずのその武器の使い方を、何故か体が覚えていた。
ホップの意志の通りに連射される弾丸があっという間に目の前の豹を一掃した。
しばらく呆然と立ち尽くすホップ。
やがてはっと我に返る。
「あ...やった。やったさ、タマ!!」
後ろを振り返ってユリを抱き起こすと、ユリはうっすら目をあけた。
「タマっ!俺もやったんさっ!ホラ!」
言って腕の中の機関銃を掲げた。
「...やったじゃん、ポチ...」
ユリは口の端を軽くあげた。
「偉い?偉い?褒めて?」
「...あ~偉い偉い...」
「タマ~、いまいち気持ちがこもってない~(泣笑)」
「...っさい...こめてやってる...だろう...がっ」
どうして気を失ったのかすら覚えてない。
ホップを逃がす時間を稼ぐため立ち上がったはずが、そこからの記憶が無い。
わかるのはどうやら自分は気を失っていて、ここ2ヶ月ですっかり聞き慣れたハイテンションな声で起こされたら、愛すべき馬鹿犬が新しいおもちゃを手に入れた子供のような顔で機関銃を振り回していた事くらいだ。
確かに2ヶ月よくやった。
精神修行なんてまるで興味のない現実主義の申し子のような男が毎日毎日座禅なんて退屈だっただろう。
それでもそれが板についてきてもまるで第二段階に目覚める気配すらなく、もしかして自分達並にきつい状況に追い込まれないと駄目なのか、と、わざわざシザーに頭を下げて機会を作った。
それでも万が一にでも死なせるわけにもいかないと、自分がしんがりを務めて撤退する事を想定して、逃げるのを拒否るであろうホップに、ジャスミンを守らないと、という仕事を与えるためだけにジャスミンを借り出してまで機会を設けた甲斐はあった。
まあ...あそこまで戦えないで撤退というのは想定外ではあったのだが...。
それでも、本当によくやったと思う。
褒めて、と言う言葉に自分にしては珍しく素直に褒めてやったのだが...
心がこもってないだと~、おい(怒)
肩の傷プラス百花繚乱を使った事による著しい失血で気を抜くとまた意識が遠のきそうな瀕死状態で、思い切り気合いを入れているとわかる褒め方をしろと言うのか?この馬鹿犬は。
だから馬鹿だと言うんだ、馬鹿だと...と、ユリは思った。
それでもこの馬鹿犬とももう最後か...そう思うと覚悟してきた事とは言っても少し胸が痛む。
自分が辿って来た道のりで踏みつけてきた人間達を思えば、自分の意志で覚悟をして死ねる自分は幸せだと思うものの、いざその場になれば欲も出てくる。
せめて頑張った馬鹿犬に何か褒美をやりたいな、と思うが、用意する時間もなさそうだ。
任務に出る前、ひのきからも少しホップに優しくしてやれとメールが来てたが、それもしようにもできなくなったな。
わざわざひのきに自分の事なんでも良いから教えろと言われて、親戚な事と名字の由来を教えてやったと言ってたっけ。
死ぬ前というのは自分の一生が走馬灯のように回ると言われているが、何故かうかぶのは本部にきてからの馬鹿犬の事ばかりなのがおかしい。
「タマ?」
無言のユリをホップがさすがに心配そうに伺うと、ユリははっと我に返った。
「...褒美...考えてた。」
「なに?タマご褒美くれんの?!すっげえ嬉しいっ!タマがくれるんならなんでも嬉しい!」
本当に嬉しそうに言うホップにユリは苦笑する。
今更それになんの価値があるかわからなくなってきたが、逆に価値はなくともそれでこの好奇心の固まりみたいな人間の好奇心はおそらく満たされるだろう。
「...名前...知りたいんだってな...教えてやる」
ユリの言葉にホップは驚きに目を丸くした。
「名前って...ご先祖様から伝わってる本当の名前?」
「...ああ」
「...俺なんかに教えていいの?」
「…ああ。…でもまあ…わかってるとは思うが…私だけのじゃないから…他には…言うなよ?」
「うん!もちろん!俺いまだに姫の名前の花言葉すら誰にも言ってないくらいさ。
タマが言うなって言うものは死んでも言わないさ!」
ああ、そんな事もあったな。ユリは軽く笑った。
「...名前...な...真田...だ。」
「...さなだ...」
「...ああ...忘れんなよ...忘れても...もう...教えられないから...な...」
ああ、これで全部すんだ。やるべき事はすべて終わった。
ユリは軽く目を瞑って意識を手放した。
「...タマ?!」
そこでホップは初めて異常に気付いた。
「タマ?どうしたんさ?!タマ?!!!」
不安が一気に胸中を襲う。
元々色が白いからついついみおとしていたが、顔だけじゃない。
普段は薄いピンク色の形の良い唇にすら血の気がない。
左肩の傷に思わず目をやるが、確かに軽い傷ではないものの、こんなに短時間に意識不明の重態に陥る様な致命傷には見えない。
見えないだけで何か特殊な毒でも入ったのだろうか...
「タマっ!タマ、目、開けてっ!!」
不安と恐怖でまともに思考が働かない。
ただゆるやかに命がうしなわれていく感覚だけがリアルに感じられた。
綺麗な綺麗な大切な花が散って行く。
止めようにも花びらは散る事をやめず、手のすきまからおちていく。
桜はさ、散り際から儚く死ぬってイメージあるんだよ...何故かそういった時のユリの寂しげな横顔がフラッシュバッグのように脳裏をチカチカする。
そして同時にさっきの桜の花の中で舞う様に優雅に扇を動かす姿も...
...え?...扇?!
そこでホップは固まった。
第一段階は杖で...第二段階は三節棍...扇はじゃあ...第三段階?!
ひのきの第三段階の羅刹は3週間寝込む代物だという話だった。
肉体の限界を超えて戦うものだとも...
仮に第三段階というのはみんなそういう類いのものだとしたら...
それを使う事自体が致命傷になりうる...?
そう考えればこの状況も合点がいく。
そして...全身の血が凍り付いた。
息が...できない。
声にならない声をあげて、ホップもその場に崩れ落ちた。
ビタッっと乱暴に何かが額に投げつけられる。
冷たい...。
ホップは重いまぶたを開けた。
まず目に入るのは白い天井...と不機嫌な旧友の顔。
投げつけられたのは濡れタオルだったらしい事を額の上の物体を手に取ってホップは確認した。
「目、さめたんならさっさと起きろ、ボケッ!
丸一日もボケラ~っと眠りこけやがって!」
「なあ...タカ、第3段階ってさ...使っちゃやばいもんなん?」
「ああ?!」
丸一日眠り続けて起きた後のその第一声にあきれたようにひのきは眉間にしわをよせた。
「クリスタルの事言ってんのか?なら、そうだ。
通常使っても良いのは2段階まで。
3段階はまあ再起不能になる覚悟くらいしてから使えってやつだな」
ひのきの言葉にホップは息をのんだ。
やっぱりそうだったのか...。
「タカ...俺さ...最低...」
使うのを止めるどころか目の前でユリがそれを使うのにみとれてしまっていた...。
言うなれば自殺をするのにみとれていたようなものだ。
その結果...失った。
「ああ、全くだ。
怪我らしい怪我もしてねえくせに、どうやったら3段階使って瀕死の鉄線よりあっけなくくたばれんだ!
無傷のくせに重傷の人間に報告書出させんなよ!男として恥ずかしい!」
「へ?...今タカなんて?」
「だから!男として恥ずかしいと...」
「その前!タマ無事なん?!」
ガバっとホップは起き上がってひのきの襟首をつかんだ。
「無事なん?じゃねぇ!」
ひのきはその手を強引にはずすと叫んだ。
「お前らなぁ!なずなに感謝しろよっ!
連日の任務で疲れきってようやくできた休日だったのにお前らが馬鹿な編成でどっか行ったらしいって気付いてわざわざ心配して言われる前に出向いてくれてたおかげで、間に合ったんだからなっ!」
「姫が...あらかじめ向かってくれてたんか...」
「あまりに変な組み合わせの一行がわざわざ戦闘服で連れ立って車乗ってりゃな、何かあると思うよな、普通。
お前らが出発してすぐくらいに連絡もらって即シザー脅して場所はかせてなずな連れて出向いてみりゃあ、二人してくたばってやがるしっ!
おかげで俺の貴重な休日もパアだ!」
「その説は...疲れてるのにごめんね、タカ…」
ひのきの怒鳴り声についたての向こうからなずなが顔を出す。
「いや、なずなは全く悪くねえ。悪いのはこの馬鹿だ。ほんっと悪かった」
「ううん、違うよ。黒幕はこっちのお馬鹿さんだから。
ホップさんもある意味巻き込まれだし。ごめんなさいね、二人とも。
ユリちゃんにはみっちりお説教しといたから」
なずなの声についたての向こうから
「だからって怪我を完全には治さないってのはないと思うぞ...この女」
とぶちぶちと文句の声が聞こえてきた。
「当たり前でしょ!いつも簡単に治しすぎるから怪我しないようにしようって気がなくなっちゃうのよっ、ユリちゃんは!
ジャスミンやホップさんまで巻き込んでっ!少しは反省しなさいっ」
「ああ?充分反省してんだろうがっ!さっさと怪我全部治せよっ!なずなっ。
痛いんだよっ!」
「駄目よっ!少しは痛いって感覚をしっかり覚えなさいっ!」
半ば恒例となりつつある極東コンビの痴話げんか(?)をぼ~っと聞いているホップ。
(タマの声だ...タマの...)
目から熱いものがあふれてくる。
「...お前...何泣いてんだよ?みっともねえ」
同じく蚊帳の外でそれを聞いていたひのきのあきれた声がふってくる。
「またタマの声聞けたから...めっちゃ嬉しい。もう聞けなくなったと思ってたから」
「...馬鹿か」
ひのきは小さく息をついてそう言うとついたてから出て、まだユリと言い合っているなずなの腕をつかんで引き寄せた。
「...タカ?」
「お前も休め。結局昨日も全然休めなかったし。
他人の世話も良いけど...倒れるなよ?体強くねえんだし。
部屋まで送るから、行くぞ」
「でも...」
「これ以上はマジお前が倒れるから。抵抗するなら実力行使にでるぞ」
ひのきの言葉になずなはピタっと抵抗を止める。
「んじゃ、そういう事で何かあったらレンを呼べ」
と言いおいてひのきはなずなを連れて医務室を出て行った。
一瞬シン...とする医務室。
「...タマ...痛い?」
ホップがついたての向こうに声をかけると
「...別に。お前が気にする事ない」
と、いつものようにそっけないユリの返事が返ってくる。
ついたてで仕切られていて見えはしないが、ベッドの上にスッと背を伸ばして座っているその姿が目にうかぶようだ。
きっとあの自分が大好きなきつい印象を与える、でも綺麗な切れ長の瞳は今は閉じられていると思う。
「タマ...もしかしてベッドの上で座禅組んでる?」
ホップの言葉に一瞬の沈黙の後
「...どうしてわかった?」
と声が返ってくる。
「タマの事ならな~んでも。愛してるからさ~」
当たった事が嬉しくて思わず笑うと
「馬鹿かっ」
と、吐き捨てるような答えが即かえってくる。
が、ついたての向こうの端正な顔は絶対に赤みを帯びていると思う。
まあ...それを口にした日には思い切り殴り倒される事うけあいだが...。
邪険なそっけない返事はいつもの事で...そのいつもの返事が返ってくるのが無性に嬉しい。
ニマニマが止まらない。
「タマ、カッコよかったなぁ。
俺さ、考えてみたらタマとでかけたの今回初めてだったんだよな。
タマって普段もカッコいいけど戦闘中最高な。俺惚れ直しちゃったさ」
ハイテンションなホップの声についたての向こうのユリの声は少し不機嫌そうだ。
「ださいとこ見せつけただけだろ、今回は...。肝心なとこでくたばってたし」
今の顔はきっと口をとがらせた子供のようなしかめっつら。
まるで視界をへだてるついたてなんかないかのように、その、時にめちゃくちゃ可愛い表情をする綺麗な顔が目にうかぶ。
「今回のは俺のミスさ。共鳴率とか舞い上がってて当初の目的すっかり忘れてた。
つうかタマにみとれすぎててジャスミンの方全然見てなかったから。
俺がちゃんとジャスミンのフォローに集中してればちゃんとイヴィル倒せたし、タマだって怪我なんかしなかったし、イヴィル倒した後の雑魚なんて余裕だったしさ。
タマはそれでもすごかったさ。
俺もジャスミンも全然ちゃんと戦えないの気付いて即冷静に撤退の判断下してさ。
俺がグズグズしてる間にちゃんと雑魚足止めしてイヴィル引きつけて撤退のフォローして...。俺戻ったら怪我してんのにイヴィル一人で倒してるしさ」
そこでホップはおおきく肩を落とした。
「ごめんな。俺達が足引っ張ったから。
俺達負けるかもしれないってくらいシビアな戦闘してこなかったから、ちょっと厳しい程度の戦闘でもついていけなくて...。
タマが出す指示すら聞けなくてタマに怪我させた...」
「...馬鹿犬のくせに落ち込むなよ。
そういうのも含めて考えてなかった私のミスだから」
「でもさ...」
「あ~もう!お前が辛気くさくすんなって言ってんだろ!」
「はい、そうでしたっ」
ユリの癇癪にホップは即答して敬礼する。
「今回の一番の目的はお前の第二段階引き出す事だったから、怪我しようが敗退しようが第二段階いったからそれでいい」
「タマ~っ!!」
「...っさい!...っ!!」
やっぱり自分のために企画してくれたのか、と嬉しくて声ををあげたら、いつものようにやっぱり怒られて...と思ったらいきなり声が詰まって身動きをする気配を感じてホップはあわててベッドから飛び降りた。
「タマっ!痛むんかっ?!!」
ついたての上から隣のベッドをのぞきこむと、左肩を押さえて端正な顔を少しゆがめるユリが目に入ってくる。
「お前なあ...いきなり覗くなよ」
さらしを巻いた上に軽く羽織る上着の合間から包帯がのぞくその姿に、ホップはまた胸が詰まって熱いものがこみあげてきた。
「...」
「しかも...いきなり泣くなっ!」
ユリが舌うちをしてつけたす。
「たいしたことないから。本当にたいしたことあるようならなずなが治してる」
「...でもいやだ」
「ああ?」
ユリが不思議そうにホップを見上げる。
「...タマが怪我するのはいやだ」
「お前なぁ...」
ユリはくしゃっと頭をかく。
「んなもん、こんな仕事やってりゃ怪我なんて当たり前だろ。
私はなんつうか...いつも人間救急箱が必ず横にいて怪我って持ち越した事ないから少しばかり痛みに弱いだけで…まあ怪我はマジたいした事ない。」
でも痛いんじゃん...ホップはきょろきょろ周りを見回した。
「レンは?奥?」
「ああ」
短く答えるユリの言葉にホップは奥のレンの執務室のドアをノックした。
「どぞ~。あいてるで」
聞き慣れたとぼけた了承の声にドアをあけて中にすべりこんだ。
「どうしたん?」
コーヒーのカップを片手に椅子で雑誌をめくっていたレンにホップは言う。
「痛み止めちょうだい」
レンはホップの言葉に雑誌から目を離し、少し考え込んだ。
「それは無傷のホップのやないよな。
鉄線ちゃんにならだめやで。なずなちゃんに与えんよう言われとるからな」
レンの言葉にホップはちょっと眉を動かすが、小さく息を吐いてペンダントに手をかけた。
「発動...変形」
発動して即、今回目覚めたばかりの第二段階の武器に変形させる。
「痛み止め...くれないなら殺す」
ガチャっと機関銃をレンの頭につきつけて静かな声でホップは要求を口にした。
「やれやれ。いやや言うたら即ひきがね引きそうやね」
ホップが本気らしい事を悟りながらなお、レンは笑顔をたやさず肩をすくめる。
「わかってるならさっさと出して」
「やめとき。別に意地悪で言ってるんやないから。
なずなちゃんもな、わかってきてん。
これからは必ず鉄線ちゃんについててやれるとは限らん時もくる。
そういう時にちっちゃい時から全く傷の痛み知らん鉄線ちゃんの打たれ弱さが命取りになるってな」
「痛み止め、出して」
レンの言葉にも耳を貸すそぶりも見せず要求を繰り返すホップに、レンは仕方なしに重い腰をあげた。
「それでもええの?」
薬品棚に手をかけながら声をかけると、ホップが答える。
「俺がもうタマに怪我させたりしねえから」
その答えにレンはクスっと笑いをもらした。
「青春やねぇ...」
もちろんそんな事が不可能な事はレンにもわかっているのだが、ホップの事もまたひのきやアニーほどではないにしても幼い頃から知っている。
他の二人と違って何かをひどく嫌う事もなければ逆に執着する事もない、誰とでも仲良く人懐っこい、しかしどこか冷めたところのあったホップがこうやって好きな子のために感情的になって動くのがなかなか面白いと思う。
それぞれいかにも女の子らしい女の子を選んだ後の二人とは対照的に、基地内でも女性にもてまくっているらしい男前な女の子を選択するあたりがまた彼らしくて面白いのだが...
「はい、これ」
痛み止めの注射を用意してにこやかにホップに渡してやる。
「自分で打ってみ?」
硬直するホップ。
「無理!」
「なんで?教えてやるで?」
「痛い」
レンは硬直してそういうホップの言葉に吹き出した。
「笑い事じゃねえさ。自分ならともかくタマになんて絶対無理」
笑われて真面目に困った顔をするホップ。
ああ、この子もこんな事言うんやね。
何を言ってものらりくらりとはぐらかしていったホップにできた思わぬ弱みにレンは内心にんまりした。
「まあそう言わんと。ええと思うで?この際少し応急手当くらい学んでいかん?
治癒能力者はなずなちゃんしかおらへんし、クリスタルの能力やのうても、簡単な手当とかできる人間おったら重宝するで?」
レンの言葉にホップが叫んだ。
「それナイスっ!どうせなら携帯応急手当キットみたいなのをブレインの方で開発してもらおうぜっ!使い勝手のテストとかなら俺が協力するしさ」
はりきって言うホップにレンはにっこりする。
「うん。だからとりあえず...注射、ね?」
「う...それは...」
心底困るホップ、当分退屈せんですむなぁ...。
娯楽に飢える医務室のトップはとてもとてもご機嫌にいやがるホップをひきずって執務室を出て行った。
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