青い大地の果てにあるものオリジナル_ 1_17_ 共鳴率

「んじゃそういう事で。私も行くよ」
ユリがそれを見送って戸口へ向かう。

「鉄線はどこへ?」
フェイロンが後ろから声をかけるとユリは
「鍛錬。今回はほぼ見物組だったから疲れてもいないしな」
と小さく後ろに手を振った。




「さてと...何やるかなぁ...」

7区の鍛錬場周辺でプラプラしていると、ふと道場で拳の型を繰り返す見慣れた顔をみつけて、靴を脱いであがりこんだ。

普段はめざとい男がそれにも気付かず一心不乱に拳をふるっているのをしばらくそのまま観察する。

「真面目な顔もするんじゃん」

いつもヘラヘラ飄々としているその横顔は真剣そのもので、全身から汗がにじみでていた。
しばらくそうして観察しているうちにふと空腹を感じて時計に目をやると昼になっている。

「ポチ、そろそろめし行かないか?」
そこで声をかけると初めてきづいたようにホップが振り向いた。

「...っ。タマ、いつからいたさ?」
「んー、5分ほど前から?任務終わったからさ」

ヘラっと答えてタオルを放るユリ。
パシっとそれを受け取って汗を拭くと、ホップは厳しい顔のままユリを振り返った。

「タカの羅刹モードって...どうだった?すごかったか?」
「ああ、すごかったな。私なんかいらねえじゃんて思った」

苦笑い笑いを浮かべて返すユリに

「そうか...」
と答えるホップの顔には笑顔はない。

おやっと思うユリにホップは無言でタオルを返すとまた拳の鍛錬を再開した。


「おい、めしは?」
声をかけるが一向にやめる気配がなく

「要らん」
と返してくる。

「お前なぁ...」
思わず声をあげるユリの言葉をホップが遮った。

「タマは気にならないんか?」
「なにが?」
「タカだけ第3段階とかいっててさ、俺ら役立たずで...」
「いや、私もいってるよ?第三段階」

「へ?」
ユリの言葉にホップが動きを止めてユリを振り返った。

「私もなずなも第三段階までいってるし...」
「まじ...か」

ホップは呆然とつぶやいて

「俺だけかよ...」
とその場にがっくりとしゃがみこんだ。

「なさけねえな、俺。姫でさえ第三段階いってんのに...」
自嘲気味に言ってその場で頭を抱えるホップ。

「はらへった。少し休んだらめしつきあえ」
言ってかすかに汗にまじって目から液体が見え隠れするホップの頭からパサっとタオルを落とすと、ユリもホップの隣にしゃがみこんだ。

「シザーがな、たぶん私ら3人の共通点探れば何か分かるんじゃないかって言ってた。
たぶん努力とか才能とかそういうのと別の次元の何かがあるんだと思うぞ。
だからさ...お前くらいヘラヘラしてろよ。
お前までがむしゃらになってると不安になってくるからさ」

ユリの言葉にホップはタオルの下からクスっと笑った。

「タマでも不安になるなんて事あるんか」
てっきりまた軽口で返されると思っていたら、ユリは低いトーンのまま続ける。

「いつも不安だ。
ガキの頃からずっと味方としてそばにいるのはなずなだけだったし...
レッドムーンだけじゃなくてみんな私を恐れてるし嫌ってるからな。
よしんば親しくなっても次の瞬間には私はそいつを自分の手で殺したりするわけだし...。
んで、そいつと親しい奴らからの恨み買って嫌われての繰り返しで。
たまにまじ味方に殺されかけたりするから気を抜けない」

「...タマ...」
「人の態度が変わるのってすげえ不安になる」

タオルの隙間から覗くとしゃがみこんだまま口を尖らせてまっすぐ前を見据えるユリが見える。

「お前くらい変わんなよ」

いつもの飄々とした表情が消えてすねた子供のような顔をするユリの頭をホップは抱え込んだ。

「なんか今日のタマ可愛い~な~」
「お~ま~えな~~!滅入ってたんじゃなかったのかっ!!」
その手から抜け出して、ユリは真っ赤になって立ち上がった。

「いや、おかげさまですっかり元気っ。腹減ったっ、食堂行こっ!」
「だれがっ!馬鹿犬と食うくらいならファーが戻ってくるの待つっ!」

さっさと戸口に向かうユリを
「タマ~、待ってくれ~!」
とホップはあわてておいかけた。




「じゃあ、お疲れ。今度こそゆっくり休めよ」
ひのきはなずなの部屋の前にくるとそっとなずなをおろした。

「うん。ありがと」
言って立つなずなの足がちょっともつれる。

「おっと...」
咄嗟に支えた瞬間、そのままなずなの足から力が抜けた。

「なずなっ?!」
「え...ああ、大丈夫よ。ちょっと疲れたみたい」

驚くひのきにそういって微笑みかける顔色が真っ青で、思わず額に手をあてると燃えるように熱い。
ひのきは片手でなずなを支えたまま、もう片方の手で携帯のボタンをさぐった。

「レン、即医務室戻れ」
相手が出るとそれだけ言って即切り、再度なずなを抱き上げる。

「...タカ?」

少し驚いた顔で見上げるなずなに

「医務室行く。少し黙ってろ。舌かむから」
とだけ言うと、ひのきは一路4区の医務室を目指した。


まだ主の戻らない医務室に着くとひのきはとりあえずなずなをベッドに寝かせてレンを待つ。
レンがやがて息を切らせて戻って来た。

「どないしたん?」
と、言いつつ部屋に入ったレンはベッドに横たわっているなずなを見てひのきにちょっと目をやる。

「熱出した。結構高い」

とひのきが言うと、

「無理させたもんなぁ。しゃあないな。
タカ、ちょっとあっち行っとき。診察するから」
と聴診器等を用意しつつひのきをついたての向こうにうながした。

「疲れでたんかなぁ。こっち来たのもほんの数日前やしな。
まあ3、4日くらいは無理せんと休んどった方がええ」
そう声をかけつつ聴診器をあてる。

「せやけどなずなちゃん細いなぁ。ちゃんとめし食うとる?
ここの食堂とか全部タダやさかいな、食うたもの勝ちやで。種類も多いしな。
お兄ちゃんなんかな、暇やし食事の他にも茶菓子までお持ち帰りしとるで。
食堂はデザートの類いも豊富なんや」

にこやかに声をかけながら診療を続けるレンになずなは少し笑みを返した。

「女の子なんやからな、無理はあかんで。
つろうなったらここおいでな。
ケーキでも食べて雑談してるうちに気分晴れる事もあるし、もし本当にどこか悪くても病院やしな」
最後にそう言って立ち上がると、レンは薬棚に向かった。

そして
「解熱剤出しとくな。あと睡眠導入剤も。
精神的な要因も大きい気ぃするから眠れんとあれやし」
と、側にいるひのきにだけ聞こえるくらい小声で言う。

「ああ」
うなづくひのきに薬を渡すと
「水もってくるわ」
と奥へ消えて行く。

「なずな、はいるぞ」
レンの姿が消えるとひのきは声をかけて薬を手についたての中に足を踏み入れた。

「...タカ」

身を起こしかけるなずなを
「寝てろ」
と手で制してベッドの側にある椅子に腰をかける。

「任務あけで疲れてるのに...ごめんね」
と、青い顔で見上げてくるなずなに、ひのきは小さく息をついた。

「お前もな...言えよ、気分悪いなら。
鉄線に報告任せて即医務室来ても良かったんだし。俺には遠慮すんな」
言ってそっとなずなの頭をなでる。

「そうやで、何度も言うけど無理はあかんで」
そこにレンが水を持って戻ってきた。

「これ飲んで寝とき」
ひのきから薬を受け取って水と一緒になずなに差し出す。

「起きれるか?」
ひのきはなずなを助け起こし、薬を飲んだなずなをまた寝かせた。

「たぶん...もうすぐもう一人ここに駆け込んでくるやろうから準備しとるけどなんかあったら遠慮のう呼んでや」
言ってレンは奥に消えて行った。

そして二人きり。
薬が効いて来たのか若干眠そうななずなにひのきは小さく声をかける。

「眠いならいいから寝ろ」
「...うん...あのね」
「ん?」
「寝るまで少しだけ...側にいてもらっていい?」
布団の中から小さな手がシャツの裾をつかんでいる。

今迄過ごした極東支部がなくなって心細くなっているのだろう。
上目遣いに見上げて言うその言葉にひのきは目を細めた。

「ああ。ずっとついてるから、安心して寝ろ」
ひのきがまた頭をなでると、なずなは少しはにかんだ笑みをうかべて目を閉じた。




なずながやがて小さな寝息をたて始めた頃、医務室のドアから誰かが入って来た事にひのきは気付いた。

相手は大方見当はつく。
ひのきは大きく息を吐くと、奥のレンに声をかけた。

「レン~、どっかの馬鹿が傷ひっさげてきたぞ~」
ひのきの言葉についたての外から冷ややかな声が振ってくる。

「馬鹿に馬鹿と言われたくないですね」

「タカぼんとアニー坊はほんっとに仲悪いなぁ。
お互い医務室常連なんやし、いい加減仲ようしとったらええのに」
二人のやりとりを聞いて、レンが苦笑して奥から出てくる。

「無理です!」
「無理だっ!」
とこれは二人仲良くはもった。

「やれやれ...」
レンは苦笑をしつつアニーの手当を始める。

「今日も派手に怪我してきたんやねぇ。双子ちゃんの護衛も大変やな」
「それが僕の仕事ですから。
個人的にも女性に怪我させるなんてあってはならない事だと思いますしね」

「アニー坊は昔っから双子に優しいもんなぁ。
まあ女の子に優しいのはええこっちゃ」
「男として当たり前の事ですよ」

「よっしゃ、終わり。一応そこのベッドで休んでおき」

一通り手当が終わったらしい。
レンの言葉にアニーの嫌そうな声が聞こえた。

「え~、ひのきの隣ですか~」

そのアニーの言葉に逆にひのきも
「おい、レン。危険人物をそんな近くに寝かせるなっ!」
と、不満の声を上げる。

「はいはい、ちゃんとついたてあるからええやろ。アニー坊は中のぞかんようにな」
そんな二人のやりとりにも慣れたものでレンが声をかけて立ち上がった。

「ひのきのベッドなんて誰も好き好んでのぞきませんよっ!」

声を大きくするアニーにひのきが
「寝てんのは俺じゃねえよ。それにお前うるせえ。なずなが目を覚ます」
と、眉をひそめる。

「姫...だったんですか?」
「ああ」
「自分無傷で女性に怪我ですか?外道ですね」
「...」
黙り込むひのきのかわりにレンが説明する。 

「いや、怪我やないし。極東支部がな壊滅してん。
んでたぶんそのショックでな、なずなちゃん熱出してな。
タカぼんは全然関係ないで」

「極東支部が...ですか」

「ああ、それでシザーはんやフェイちゃんが青くなっとってな。
アニー坊も共鳴率とか言われんかったか?」

「ああ、言われましたね...」
そういえば、とアニーは思い出す。

日系3人組は第3段階までいっててそのため今日ほぼひのきだけでイヴィル3人と雑魚いっぱいを倒して来たという話だった。
今後激しくなる戦いのために他の共鳴率も上げたいとシザーが言っていた。

「わかったら仲良うしいや」
言ってレンは奥の私室にさがっていった。


「...ひのき」
「...なんだ」

レンが行ってからアニーはベッドに横たわるとついたての向こうのひのきに声をかけた、

お互いよくお互いのみ怪我をしてついたてごしに並んで寝かせられる事は多かったが、お互いに声をかける事は滅多になかったので、ひのきはいぶかしげにその呼びかけにこたえる。

「さきほどは...すみませんでした」
さらに滅多にないアニーの謝罪にひのきは目を丸くした。

「なんだ?気味がわりい」
思わず口をついて出たひのきの言葉にアニーはむっとする。

「ひとがせっかく謝ってるのにそういう言い方ないじゃないですかっ」
「いや、お前が俺に謝るって...普通にありえねえだろ」
「僕だって悪いと思ったら謝罪しますよ。
さっきのは...ひのきに対して失礼だったと思ったから...。
ひのきは外道ですけど、姫の事だけは大事にしているのは僕だって認めてますし」
「外道って...お前喧嘩売ってんのか?!」

「姫以外には外道です」
アニーはきっぱり断言した。

「お前なぁ...」
立ち上がりかけるひのきにアニーはさらに冷静に口をひらく。

「でも...気はきかないですよね。どうせ着替えとか用意してないでしょ。
僕からジャスミンに電話して頼んでおきますね」

「あ...。わりい」
アニーの提案に怒りの持って行き場をなくして、ひのきはまた座り直した。

「いいえ。姫のためですしね」
言ってアニーはジャスミンに電話する。

「すぐ用意してくれるそうです」
しばらく話して電話を切るとアニーは言った。

「さんきゅ」
「いいえ。ひのきのためなら指一本動かしませんからお気遣いなく」

「お前も...極端なやつだな」
アニーの言葉にさすがにあきれてひのきがいうと、即
「ひのきほどじゃないですよ」
と返事が返ってくる。

「俺?」
「ええ」

「なにがだよ?」
ひのきの問いにアニーは言う。

「昔から人間味がない男だったのに姫が来て以来いきなり人格変わって気味が悪いです」
「フン!気味が悪くて悪かったなっ」
ムスっと言うひのきにアニーがくすっと笑った。

「ほんとですよ。今更素直になるなら昔からそうしとけば良かったのに」
「ああ?」
「ひのきの馬鹿さ加減は僕と変わらないと思いますけどね」
「ざけんなっ!お前なんかと一緒にすんな!」
「昔から医務室の常連のくせに」
「だからなんだ?医務室常連はてめえもだろうがっ」
「僕は盾ですからね。みんな守って傷負うのが一番の仕事ですし」
アニーはベッドの中で伸びをして、イテテっと声をもらす。

「おい...何も怪我してんの主張しねえでもわかってるぞ、さすがに」
「別に主張してませんよっ。単に伸びしたら傷に響いただけで...」
とひのきの言葉にアニーは顔をしかめた。

「今日は...いったい何したんだ?」
「はい?」
「双子と一緒に任務いっただろうが。
イヴィル2と雑魚3でなんでそんなにズタボロになるんだよ。
双子がそれぞれイヴィル倒す間雑魚3の相手してるくらいでそんなにズタボロになるものか?」

「えと、逆ですね。
二人が先に雑魚倒してる間敵全部引き受けておいて、イヴィルも一体ずつ倒しました」

「はあ?馬鹿かお前は」」
ひのきがあきれた声をあげる。

「馬鹿ですよ、どうせ。でもファーとジャスミンは基本的に二人で一人ですから。
急に一人で敵一体と言われても倒せても無傷とは行かないでしょうし。
二人に怪我させるくらいなら僕が怪我した方がいいでしょう?
アームスのおかげで治りも早いですし」
淡々というアニーにひのきはおおきくため息をついた。

「ほんっとに救いようねえ馬鹿だな。
本当は"二人に"じゃねえくせに。絶対にジャスミンには通じてねえぞ」

ついたての向こうでアニーがむせる。

「ケホっ...ひのき...なんでそんな事...」
「バレバレだ。不本意だがもう長い付き合いだからな。
双子は鈍いから気付いてねえが」

「ひのき...それ...」
「別に言わねえよ。他人の事情に首つっこむの好きじゃねえしな。
でもジャスミンには絶対にお前は女になら誰にでも優しいだけの奴だと思われてるぞ、これはガチだ」

「...そうでしょうねぇ...」
珍しくひのきの言葉に同意してアニーが深くため息をついた。

「ため息つくくらいならジャスミンにだけ甘い顔してろ」
「ひのきじゃあるまいし、そんな恥ずかしい事できませんよっ」
「女とみればだれにでも甘い顔してる方がよっぽど恥ずかしいだろうが」
「僕は女性には優しく接する様に躾けられて育ってますから」
「俺だってそうだぞ」
「うそ...でしょう?」
アニーは目を丸くする。

「まじ...うちは怖いぞ。女に手なんかあげた日には一晩納屋で吊るされる」
「吊るされたんですか?ひのき」
アニーがちょっと引くが、ひのきは肩をすくめて言った。

「従兄弟の兄貴がな...従姉妹の女と喧嘩して殴られて軽く殴り返したら...女と男じゃ力違うんだからって。
どう考えても女の殴りのが強かった気するんだが。
親父や叔父貴の剣幕に弟達も怯えて泣いたら、男が軽々しく泣くんじゃねえって吊るされこそしなかったが一緒に納屋に放り込まれてた気が...」

「そういえば実家の話とかってした事なかったですね。ひのきも長男ですか」
「もって言うと...お前もか?」
「僕は妹ですけどね。
可愛いものですよ、妹って。別れた時は妹達はまだ4歳と2歳でしたけど。
だから確かにジャスミンだからっていうのもありますけど、シザーが妹可愛いっていう気持ちわかりますし、無事返してあげたいんですよね」
「ふ~ん...弟でもそれなりに可愛いぞ。
.......まあ...もう二度と会う事はないだろうけどな」

「ですねぇ...」
どよ~んとする二人。

「さっきから思ってたんですけど...」
「ああ?」
「ひのきと僕って実は結構共通点がある気が...」
「冗談はやめろ」
「冗談でこんな気色悪い事言いませんよ」
「...」

「さっき医務室の常連のくせにって言ったじゃないですか?」
「ああ...」
「それってつまり...周り守って自分達だけ怪我してるって事なんですよね...」

「俺は守ってねえぞ。そもそもお前と違って防御手段なんざ持ち合わせてねえし」
ひのきの言葉にアニーがクスっと笑った。

「ひのきは敵に真っ先に飛び込んでなぎ倒す事で結果的に他に攻撃いかないようにしてるでしょ?
自分の担当なんて余裕なんだからゆっくり倒せば良いものを多少無茶して傷作っても早く倒して他のフォローに回るし。
僕だってね、だてに最終防衛ラインやってんじゃないんだから、ホントはそんなの全部お見通しですよ
せめて黙ってれば少しは心証良いのにわざわざ悪態ついて周りのひんしゅく買う神経はわかりませんが」

「言ってろ」
「言ってますよ。
結局ね、ひのきはブルースターを守る最後の剣、僕はブルースターを守る最後の盾って事なんですよ。いい加減認めて下さい。
ひのきが素直にならないからシザーもやりにくそうですよ」

「シザーの事なんて知るかっ!お前はお兄様の機嫌とっておきたいんだろうけどなっ」
吐き捨てるように言うひのきの言葉にアニーがまた大きくため息をついた。

「お兄様...ねぇ。まあそういう意味ではひのきの方が僕よりずっと賢いですけどね...」
「...なんだよ、それは」
「ひのきは姫とうまくやってるじゃないですか...僕なんかもうつきあいも7年になりますけど同僚の域でてませんもん」
「意思表示しねえお前が悪い」
「意思表示はそれなりにしてると思うんですけどねぇ...本気にされてないっていうか。
そもそもひのきは好きだとか言ったんですか?想像できないんですけど」

「......言ってねえ」
「それでなんでつきあえるんですか。
僕なんか好きだって言ってもきっと本気にされませんよ」
「言ってねえうちから言うなっ。男なら言うだけ言って潔く振られてこいっ!」
「嫌ですよっ、振られるのは」
そのとき上からクックックと笑い声が響いて来た。

「いやぁ...盛り上がってるなぁ」
「鉄線!」
「ユリ!」

二人がほぼ同時に言って見上げるとちょうどついたての間で笑い転げているユリとさらにその後ろで苦笑いしているホップが目に入ってくる。

「お前ら...いつからいたんだ」
絶句するアニーの代わりにひのきがきくと、笑い転げるユリの代わりにホップがこたえる。

「絶対にジャスミンに通じてないってあたり...から?」
ホップの言葉にアニーが頭を抱えた。

「いるならいるって言えよ」
ひのきがそっぽをむくと、ホップは

「いや...珍しくタカとアニーが会話してるから邪魔しちゃわりいなぁと。
でもさ、アニー、もしかして俺の事ジャスミンにベタベタしててすげえうざいって思ってた?
そういう事なら言ってくれれば協力くらいしたのにさ」
とアニーのベッドのあるついたての方へ入っていく。

一方ユリはなずなの方に行って
「ジャスミンに聞いて着替え持って来た。とりあえず着替えさせるから。
いても問題ない関係まで行ってるならいても良いけど?」
とひのきに着替えをちらつかせた。

「お前なぁ...素直に着替えさせるから席外せって言えねえのか」
とひのきは立ち上がる。

「いやいや、なにせお泊まりするような仲だから」
まだ笑いながら言うユリに舌うちをして背をむけるとひのきはついたての向こうに行く。

「ほら、なずな着替え持って来たから着替えるぞ」
ユリは声をかけてなずなの半身を起こさせた。

「う...ん。背中がね...痛いの」
「わかった。着替えたらさすってやるからとりあえず着替えろ。楽になるから。
ほら、手通せ。いい子だから。
...よし、終わり。寝ていいぞ。...背中、ここで良いか?」
「うん...気持ちいい。」
「そか...」
いつになく柔らかいユリの声が聞こえる。

「このままさすっててやるから、そのまま寝ちゃえ」
「...うん。ユリちゃん...」
「ん?」
「...大好き」
「...知ってる」
クスクスと笑いを含んだ声に何故か赤面する男3人。

「なんか...空気が甘いな」
「絶対に変に誤解される要素ありすぎですよね」
コソコソつぶやく二人にひのきが断言する。

「鉄線がな。なずなは鉄線相手じゃなくても普段からあんな感じだ」
「そう...なんか?」
「ああ。気を許した相手だとな」
「まあ気を許す相手もそうは多くはないけどな」
ユリがアニーの方のついたてに入って来た。

「なずなは?」
「寝た。なんか飲ませてるのか?えらく寝るの早いけど」
「ああ、レンが眠れないだろうからって睡眠導入剤を」
ひのきがこたえるとユリは少し考え込んで口を開いた。

「医務室出られるようになったら私の部屋連れて帰るから睡眠薬は要らないから。
飲まないにこした事ないし。
医務室では添い寝するわけにもいかんからしかたないけど...」

「添い寝...か?」
普段のユリの態度からは想像できなくてひのきが聞き返すと
「ああ。滅入ってる時とかな、人肌あると結構眠れるから。なんならお前がする?」
「無理だ」
即答するひのきに
「だろうな」
とユリは軽く笑った。

「わかってるなら言うな」
ムスッと言うひのきにさらに笑うユリ。

「「なずなはやばいよな」」

はもる二人に

「「何が?」」
とこちらもはもるアニーとホップ。

「無防備っていうのを通り越して...実は誘われてんじゃねえかと思う事がままある」
眉間に手をやって言うひのきの言葉にユリは激しく笑い出した。

「だろっ!狙ってんじゃねえの?って感じだよな」
「知ってんならせめて男相手にそれはやばいって教えてやれっ」
「別にいまさらだろ~。いいじゃん、ひのき以外の男には見せねえんだし。
ひのきなら平気だろ?なにせ...檜の花言葉は"強い忍耐力"だしな」

「タマ、なにさ、それ?」
知識欲旺盛なホップがすぐに反応してくる。

「ん~、Japanese cypressを日本語でひのきっていうんだ。
んで、その花言葉が"強い忍耐力"。あとは不滅とか不死とかな。
ちょっとひのきっぽくて面白いじゃん?」

「だな。タマ花言葉とか詳しいんか。意外だな。」
ホップの言葉にユリはニヤニヤと隣のついたての向こうに目をやった。

「ん、いや、なずながな、有名だったんだ。名前の花言葉がヤバい事で...
それでちょっと色々詳しくなった」

「なずな?春の七草だろ」
即口をひらくひのきに、ユリは目を丸くする。

「ひのき詳しいじゃん」

「いや、普通に正月開けに七草粥とか食ってたし。花言葉までは知らんが。
なんなんだ?」

「なずなに直接聞いてみ?私が言いふらしたってわかったら激怒されるから私の口から言うのは勘弁」
ユリが言うとホップが食い下がる。

「気になり過ぎ。タマ、あとで俺にだけ教えて?」
「ポチにだけ今教えちゃる。でも言うなよ?」
言ってユリはホップの耳に口を近づけた。

「げえええ?それって...まずいさ」
「何がです?!」
「何がだ?!」

アニーとひのきが口を揃えるが、ホップが嬉しそうに

「タマとの約束だから教えないさ~」
と首を横にふるのを見て

「お前...いっぺん死んでみるかっ。発動っ」
と、ひのきがイラっとペンダントに手をやる。

「タカっ!ここでそれやっちゃう?!」
ホップがあわてて飛び退いて医務室の外、安全圏に逃げ出した。

「ひ~の~き~、お前それしまえよ。
なずなが目を覚ましたら何が起きたかと思うぞ?」

「チッ!」
ユリの言葉にひのきは渋々能力を解除する。

「で?意味はなんなんだ?」
と、今度はユリを振り返るひのきだが、ユリはあっさり

「なずなに直接きけよ。本人嫌がってるのを他人から聞き出して楽しいか?」
と跳ね返した。

「...完全負けてますね、ひのき」
言葉につまるひのきにアニーが苦笑する。

「...っせえ!てめえこそさっきまで滅入ってたのはどうしたっ!」
ひのきの怒りはそのままアニーに向けられた。

「やつあたりはやめてくださいよ!」
アニーもそれにまた言い返し始める。

そんな二人がすっかり自分の事を忘れて口論に没頭し始めた事を確認すると、ユリはクスっと笑って医務室を後にした。


「さて、なずなの代わりに線香の一本でもあげといてやるかっ」

戦闘服のスーツのポケットに両手を入れてカツっと軽い足取りで自動ドアを超えたユリはその先の人物にぶつかりかけて足を止めた。

「おっと。まだいたのか?ポチ」
「うん♪タマ待ってたんさ。」
「...お前馬鹿か?」
にっこりと答えるホップに冷ややかな声で言うユリ。

「もしあのまま私がなずなが目を覚ますまで待ってるとかだったらどうしたんだ?」
その冷ややかな口調にも臆する事なく、ホップはさらにニコニコと言った。

「待ってるさ♪俺忠犬だし」
「馬鹿かっ」

ホップの言葉にソッポをむくユリに、ホップはさらに人懐っこい笑顔を向けつつ聞いてくる。

「なあ、タマ、線香って何?」
「ああ?」
先に立って歩きかけたユリはその言葉にちょっと足をとめ、ホップを振り返った。

「線香って何?」
もう一度聞いてくるホップにユリはまた前を振り向いて

「死んだ奴の霊前で燃やす香。日本の風習だ」
と言って再び歩き始めた。

「それは...極東支部のやつらのため?」
ホップもその後を歩きながらさらにきく。

「ああ。私はどうでも良いけどなずなはいっぱいいたからな、仲良かった奴ら。
体調崩してなければ線香の一本でもあげつつ手合わせてただろうし。...あっ!」
唐突に小さく叫んでユリが立ち止まった。

「どした?タマ」
「もしかしてそれかよっ!」
ユリはクルっとホップを振り返ってその腕をつかんだ。

「ポチっ!あんま人こない静かな場所に案内しろ!」
「人こない場所?室内?屋外?」
若干勢いにおされつつ聞き返すホップ。

「どっちでもいい」
というユリの顔を横目にちょっと考え込んで、
「んじゃあ、とっておきの場所を」
と、ホップはユリの手をつかんで走りだした。


「ここさあっ!」

4区から5区にぬけてそこから6区に向かう途中で外に出ると、ホップは大きな桜の木の下で両手を広げた。

「へへっ。日本人て桜好きなんだろ?タカがよくこの場所で禅を組んでた」

「桜...か」
ユリは舞い散る桜吹雪に目をやって、それから少しうつむいた。

「死者を想うには確かに良い場所だが...私は好きじゃない」
ポケットに両手を入れてつぶやくユリの顔が少し曇る。

「桜はさ、散り際から儚く死ぬってイメージあるんだよ、日本だと。
まあ、ひのきなんかはこっち来たのガキの頃なんだろうし、そんなイメージもなくてただ郷愁なのかもしれないけどな」

綺麗な花びらが舞い散る中、何故か寂しげに見えるユリの綺麗な横顔にホップは見とれた。

いつもとってつけたように浮かべている飄々とした笑みが消えると、その凛とした切れ長の瞳ときりっとまっすぐ整った意思の強そうな印象を与える眉は少し旧友であるひのきを思わせるのだが、端正ながらもまぎれもなく男のそれと違って、ユリはその中にも少女らしい線の細さが見え隠れする。

それも普段のいつもの人をとってくったような態度で誰もきづかないのではあるが...
こうしてすっと背筋を正してまっすぐに桜をみつめるユリは本当に悲しいくらい綺麗だとホップは思った。

「ま、いっか。私がメインじゃないし。ポチこっちきて座れ」

やがてユリが来い来いと言う様に手招きをする。ホップは招かれるままその場にあぐらをかくユリの隣にぺたんと足を放り出して座った。

すると
「そうじゃない!こうやってあぐらかいて、背筋伸ばせっ!」
と、ユリが叱咤する。

「こ...こう?」
叱咤されておずおずと真似をしてあぐらをかくホップ。

「そう!そのまま手をこう!」
と、ユリは掌を膝の上で輪を作る様に重ねて上にむけた。

それでようやく合点の言ったホップは口を開いた。

「もしかして...座禅?」
ホップの言葉にユリはうなずく。

「女は正座だけどな。私ら3人の共通点なんかこれくらいだ。
たぶん肉体じゃなくてなんらかの精神修養が必要なのかもしれん。
お前も当分やってみろ。私もつきあってやるから」

それだけ言うとユリはすっと目を閉じて黙想状態に入った。

正直昔からひのきにつられるようにして座禅を始めたフェイロンにさらに座禅を勧められたりしてたのだが、全くやる気は起こらなかった。

趣味の一種で実戦にはなんの役にもたたないと思っていた。

それは今この瞬間も変わらないのだが...(私もつきあってやるから)というユリの言葉はとてもとても魅惑的だ。

キャットという通り名の通りヒョイヒョイと気の向くまま人の間を通り抜けていってしまう綺麗な黒猫をその時間だけはファーからもひのきからもなずなからさえ独占できるのだ。

ブレインの中でも特にあちこちの支部を転々とする仕事が多かったため、顔は広くとも知り合い以上の人間というのをそれほど多く作る習慣がなかった自分に今更そんな独占欲のようなものがあったのに少し驚いてはいるものの悪くはないと思う。

ホップは凛としたユリの横顔にちょっと笑いかけると、自分も前を向き目をつぶった。

「目を瞑るだけじゃなくてな...なるべく心を無にして周りにとけこめ。
音、匂い、空気の流れ、普段見過ごす様な小さな変化に気付く様になる」

黙ってただ目を瞑って座るだけというのにすぐ飽きて来て、ピクっとかすかに動いた時、ふいにユリが声をかけてきた。

普通なら気付かないくらいのかすかな動きを、いや、もしかしたらこんな短時間ですでに飽きかけた自分の心情をも目すら開かない状態で感じ取ったのだろうか。

ユリの言葉にホップはもう一度姿勢を正して目を閉じてみた。

そういわれて神経を集中してみれば、なるほど、遠くの人の話し声、小さな花びらが舞う様子まで感じ取れる気がしてくる。

そして隣には漆黒の髪の麗人。

趣味だとしてもこれはこれで悪く無い。ホップはそう思った。


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