ブレイン本部につくとそこにはすでにユリが待機していて、珍しく笑顔のないシザーの横にはフェイロンまでいた。
「フェイちゃんまでここにいるって事は、えらい切迫した事態なん?」
いつも軽快なレンの口調も自然と重くなる。
「まあ...切迫してる...かな?ねえ、フェイロン君」
シザーがフェイロンに同意を求めると、フェイロンも厳しい顔で
「そうだな」
とうなづいた。
「前置きはいい。さっさと話せ。敵襲なのか?」
ひのきがいらっとした口調でせかすと、シザーはジャスティス達をグルっと見回した。
「このメンツでどうするかなぁ...」
うつむき加減にしばらく考え込んだ後、目だけひのきに向けて言う。
「ひのき君...無理きいてもらえないかなぁ...?だめ?」
「だめって言っても言うんだろうがっ。話せ」
「うん。今回ね、割と近場でイヴィル二人と雑魚3匹わいたのね。
それは今妹達とアニー君に行ってもらってるんだけどまだ戦闘中なのにそこから丁度基地はさんで三角形になるような位置にまたわいちゃってね...イヴィル三人と雑魚いっぱい。
場所によっては妹達が終わるまで放置もありなんだけど、わいた位置考えると放置したら下手すると今敵と対峙してる妹達の方か、あるいはこの基地にきちゃう可能性大で、どちらも僕としてはすご~く嫌なんだよね...。
さらに...このペースで万が一もう一度敵が現れる可能性考えたら念のためジャスティス一人は基地に残したいんだ。
防衛ライン突破はされないとは思うんだけど、万が一の時には安置している2個のクリスタル守らないとだしね」
「ようは...イヴィル三人と雑魚いっぱいをソロで倒せって?」
「いや、そこまでは言わないよ、さすがに。雑魚はユリ君に頑張ってもらって...イヴィル三人お願い出来ないかなぁ?遠隔系の子に近接やらせるのは自殺行為だしね」
「...鉄線の攻撃発動までの囮は?」
「もちろんそれも♪」
「ふざけるなっ!」
にこやかに言うシザーを低い声でにらみつけるひのき。
「本気なんだけどなぁ...」
意味ありげな笑みをうかべるシザーにひのきは嫌~な顔をする。
そこでホップが口をはさんだ。
「いくら近接系最強って言われてるタカでもイヴィル三人だけでも十分無茶さ。
そこにそんなシビアな囮なんて絶対無理っしょ」
ホップの言葉にシザーがひのきの腕の中で気を失ったままのなずなに目をむけた。
「前ね...ジャスミンがソロで敵の巨大熊倒したんだよね。
本来ならソロでやれるのはひのき君か先制攻撃できた時のホップ君くらいのレベルの結構強めのやつ。
それをすごくあっさりとね。
姫ちゃんの支援能力ってね、すごいみたいなんだ、底上げ率が」
「今回はなずな出動させるのは不可だ」
シザーにみなまで言わせず、ひのきが宣言する。
「どうして?」
「どうしてでもっ!」
「でもね、近接が君しかいないんだ。で、君が崩れたら下手すると本部自体崩壊するんだよ?やってもらわないと困るんだけど…」
「それでもだめだっ」
あくまで言い張るひのきの横でユリが突然
「なずな、起きろっ。出動だ」
と、なずなの頬をペチペチたたいた。
「何してんだっ!やめろっ!」
ひのきがあわてて遮ろうとするが、なずなはぼ~っとした様子でそれでも目を開いた。
「ん...わかった」
青い顔でそれでも答えるなずなに
「お前は良いから休んでろ」
とひのきは言うが、
「なずなもプロだからね。どういう状況だろうと必要なら出動する。
今までもそうやってやってきた。余計な口は出すな」
と、ユリがひのきに言った後に、なずなに目を向けた。
「なずな、さっさと着替えろ。駐車場で集合な」
「...りょうかい」
なずなが答えると、ほかが口を挟む間もなくユリは本部を出て行く。
「やれやれ、厳しいねユリ君」
シザーはぎこちない笑顔作った。
「最終的にジャスティスの意思を尊重するっていうのが本部流ではあるんだけどね...今回はなぁ...ちょっと非常事態で...気分が悪そうなところ本当に本当に申し訳ないんだけど姫ちゃんお願いできないかな?」
「はい、大丈夫です...。慣れてますから」
言ってなずなは青い顔で笑顔をシザーに向け、そのあと自分を抱き上げているひのきをみあげる。
「タカ、この格好だと急げないから申し訳ないんだけど部屋までお願いしていい?」
「...了解」
ひのきはあきらめのため息をついた。
「着替えたらそのまま出動するからな」
と、シザー達に言い置くとひのきもなずなを連れてそのまま本部を後にする。
「女の子にああいうの慣れさせちゃあかんで、シザーはん」
二人を見送るとレンが少し顔をしかめてシザーに言った。
「僕も...好きでやってるんじゃないんですけどねぇ...楽しんでるように見えますか?」
シザーは言って少し頭をふる。
「今まで本部は比較的人材に恵まれていたからな。
支部だとこういうのも割りと当たり前だぞ。任務から帰ってすぐまた任務とかな。
極東は特に人材少ないから...。まあ今後は本部もそうなっていくだろうな」
「いや~な世の中やなぁ...」
フェイロンの言葉にレンが思い切り眉間にしわをよせた。
「タカも今回はアレ使うつもりなんだろうし」
「アレってアレかい?」
「ああ、アレだ」
意味ありげに言う二人の言葉に、シザーが聞いた。
「なんです?アレって」
ずれたメガネをなおしてフェイロンをふりむいたシザーにレンが言う。
「ああ、そか。シザーはんまだ当時研究室にこもってはったんやな」
「だな。俺も7年前に初めて組んだ時一度見たきりだし」
とフェイロン。
「7年前なら...確かにまだ一研究員でしたね、僕も」
と、その言葉にうなづくシザーにフェイロンが言う。
「羅刹モード。俺が昔ポカしてあやうく死にかけた時にタカが使った能力だ。
当時11歳だったガキがイヴィル一人と雑魚10体をものの10秒ほどで瞬殺した」
「なんですか、それは?!そんなすごい技あるんなら教えてくれればいいのに!」
身を乗り出すシザーにフェイロンは肩をすくめた。
「いや、早々使える能力じゃないし。
あの時は帰ってから俺はレンに外道扱いされたよな」
「当たり前やっ!
お前ほぼかすり傷でお子様の方は全身の筋肉ボロボロになっとったんやからな!」
「...という代物だ」
フェイロンはシザーに苦い笑いをうかべる。
「つまり...体の限界を超えて戦うって奴ですか...」
「まあ、そういう事だな」
「あん時は普通に歩けるようになるまでに三週間かかったんやで。
医務室にくるまで普通に歩いてたの不思議なくらいや」
「まあ...無事育ってきたからいいが、あまり幼いうちにクリスタルとの共鳴率が高いのは考えものだな。加減を知らずに体を壊す。」
「共鳴率...ですか。
確かに第2段階いってるのはひのき君だけですね、まだ。
本来全員武器の形かえたり特殊なスキルを使ったりできるはずなんですけどね。
過去確認されてる範囲では3段階までは武器の形変えられるみたいですね」
「...羅刹時がその3段階目だ。
刀が二刀流になってさらに攻撃が広範囲になる」
「なるほど...そこまで行ってましたか」
「あれは...古い武道家の家の跡取りに生まれて歩くより先に刀振らされてたらしいから。本部来てすぐくらいに能力使いこなしてたが、他の奴も鍛えて共鳴率あげればまだまだ強くなるはずだ。
今後激しくなっていく戦闘を乗り越えるためには全員一線を超えてもらわないとな」
「それができれば確かに...かなり楽にはなりますね」
「...フェイロン、クリスタルとの共鳴率ってどうやったらあがるん?」
それまで黙って大人3人のやりとりを聞いていたホップが口をひらいた。
「共鳴率上げれば、俺も範囲攻撃とかできるようになるん?」
「わからん」
フェイロンは答えた。
「俺はクリスタルの持ち主じゃないからな。
タカは俺が会った頃にはもうそのレベルまで到達してたし。
範囲になるかどうかもその時になってみなければわからんな」
「ん~、でも他の子も鍛錬してないわけじゃないからねぇ...
ひのき君との違いはなんなんだろうな。
僕もそのあたりを少し解析してみようと思うから、少し待っててね」
シザーが続いて言った。
「...待ってる暇なんてどこにもない。とりあえず鍛錬行ってくる」
ホップが言ってきびすを返した。
「刺激...されたのかねぇ、ホップ君も」
シザーが小さく笑うと、フェイロンも
「実はあいつはああ見えてプライド高い奴だからな」
とうなづいた。
「鉄線となずなって...実は仲が悪かったりするのか?」
なずなの部屋の居間で着替えに寝室に入ったなずなを待ちながらひのきは口を開く。
出会ってこのかた、ユリはことさらなずなにきついとひのきは思った。
アニーと同じでユリは男にはとにかく女には優しいように見える。
ホップから初日のファーとのやりとりを聞いて、どこかの金髪碧眼の優男のようだ、と内心あきれたものだったがユリはなずなに大してだけは男相手以上に冷たい。
ひのきの問いになずなは小さく笑った。
「ああ、そんな事ないのよ。あれは歪んだ愛情表現だから気にしないで」
「愛情...表現か?」
「うん」
疑わしそうにきくひのきになずなはきっぱりうなづいた。
「ユリちゃんはね、親しい相手にほど厳しいの。
ああいう環境だったからね、強くなって生き残って欲しいからっていうのがね、どうしてもあるのよ。
誰しもきつい言い方して相手に嫌われたくはないでしょう?
でも相手のためを思ってわざと言うの。
だから実際戦闘になると身を挺してかばってくれるし。
それにね、二人きりになるとあれでかなり甘えん坊さんなのよ?
膝枕とかねだってきたりとか...」
膝枕...ひのきはあきれて息をはく。
「なんか男みたいだな」
「普段クールなのに意外でしょ」
なずなはクスクス笑いをもらした。
「まあ...これは秘密ね。そんな事言ったって知ったら怒られちゃうから」
本当に...つきあいの長い恋人同士みたいだな、とひのきは内心肩を落とした。
なんだか入り込めない強いそして甘い絆のようなものを感じる。
「お待たせ」
「それが...戦闘用の服なのか?」
寝室から出て来たなずなの格好を見てひのきはぽかんと口を開けた。
「うん、向こうにいた頃からの制服。ちょっと和風?」
裾の短い黒い着物のような格好でなずなはクルリと回ってみせる。
腰のところで後ろに結んだリボンがゆれた。
「鉄線は普通の黒いスーツだったよな?」
「うん。ブレインのね、あきさんて女性がデザインしてくれたの。
ユリちゃんとはお揃いで作ってくれたんだけど、ユリちゃんが拒否したから、ユリちゃんだけは別ので...」
確かにユリがこれを来たらちょっと仮装だ...とひのきも拒否したユリの気持ちがわかる気がする。
「とりあえず行くか」
部屋を出るとひのきは急ぐから、とヒョイっとなずなを抱き上げて、8区へと向かった。
「遅い!」
ユリはすでに車に乗り込んで待っていた。
ひのきはなずなを車に乗せると、自分も運転席にのりこむ。
「今日はどうするんだ?イヴィル三人なんだろ?
先に雑魚やって私も一人引き止めておくか?」
車が発進すると即ユリが口をひらく。
ユリの言葉にひのきは
「要らん。全部俺がやる。お前は後ろにひっこんでおけ」
と短く答えた。
「お前なぁ...私が気に入らんのはわかるが私情をはさむなよ」
思わずあきれて眉をしかめるユリに、ひのきは前を向いたまま続ける。
「誰も私情なんぞはさんでない。
隠し球使うから下手な手出しされるとかえって邪魔だ」
「ふ~ん?」
ユリは片方の眉だけぴくりと上げた。
「まあそういう事ならお手並み拝見ということで。
やばくなったらこっちは即撤退させてもらうよ?」
と言う。
「ああ、そうしてくれ。
なずなも最初に強化だけかけたら絶対に目立つ事しないで隠れてろ」
とひのきは締めくくる。
「あの...タカ、大丈夫?」
心配そうにきいてくるなずなにはひのきも
「ああ、余裕だから安心してみてろ」
と、少し後ろをむいて微笑みかけた。
「そろそろ車おりるぞ」
ひのきが車を止めた。
「鉄線、敵は?」
車を降りて、同じくおりて後ろにたつユリに声をかける。
「前方320mから半径17.5mの範囲に虫...かまきりか。数は30前後。
それに混じってイヴィル3人。
一人は私と同じような棒持ってるから遠距離かも」
「おっけー。なずな強化たのむ」
言ってひのきは能力を発動させた。
なずなもうなづいて能力を発動させ、クリスタルを手に強化をかけはじめる。
光(防御)緑(速さ)炎(力)と3種類かけ終わると、その様子をみていたひのきが少し目を細めた。
「戦う戦闘員てより祈りを捧げる神子って感じだな」
ひのきの言葉にユリがクスっと笑う。
「そりゃあ...戦闘力0だし、戦ってはいないな」
「俺と丁度真逆だな」
ひのきも笑って日本刀を軽く振った。
「これから完全戦闘モードに入るから、マジ隠れてろよ」
「了解っ。楽させてもらう事にする」
ユリの言葉にひのきはすっと表情を厳しくし、指を二本刀の柄に置いてつぶやいた。
「変形...羅刹っ!」
空気がビリビリと振動し、燃え上がる。
赤く光った日本刀が炎をまき散らしながらくるくると回り、パカっと二本に割れた。
それがそれぞれパシっと左右の手に収まると、
「行ってくる」
と言いおいてひのきが跳躍した。
「あれは...やばいな...」
ひのきが離れた瞬間、ユリがつぶやいて流れ出る冷や汗をぬぐった。
気迫に押されて手がかすかに震えている。ユリは手にした杖に若干体重をかけながら大きく息をついた。
そして
「...なずな、」
と後ろで手を合わせたままたたずむなずなに声をかける。
「はい?」
なずなはユリを見上げた。
「私は...防衛モード入って攻撃きても防ぐから、エンジェルボイス使っておけ」
ユリの言葉になずなは前方のひのきに目をやる。
「押されてるようには見えないけど?」
すでに雑魚を一掃しているひのきの姿になずなが言うと、ユリは大きく息をついた。
「敵にはやられんかもしれんが...常人にできる動きじゃない。
たぶん体にかかる負荷がとんでもないと思う」
「うん、わかった」
と、なずなが手の中のクリスタルを掲げて
「チェンジ、エンジェルボイス」
と唱えると、手の中の水晶は形を変えて小さな羽の形になるとなずなの首にチョーカーとなって収まった。
「変形っ!属性雷!」
ユリは杖を両手で持つと前に突き出す。すると杖はクルクルっと回ってパカっと3つに分かれ、3節棍になる。
「おっけい。なずな、エンジェルボイス行けっ!」
棍を構えて小さく叫ぶユリの声に、なずなの唇からメロディがこぼれでて風のってあたりに広がった。
「飛鳥改っ」
巨大カマキリの群れに向かいながらひのきは左右に手にした刀を交差させたあと、一気に両腕を広げた。
すると二本の刀の間から赤く燃え上がる鳳凰が現れてかまきりを一気に焼き払う。
通常時の飛鳥はせいぜいかすり傷を負わせる程度だが、羅刹中のそれはジャスティスの通常攻撃程度の破壊力を持ち、しかも効果範囲が広い。
さらに意思を持つ攻撃ゆえ敵味方を区別して攻撃すると言うおまけつきだ。
7年前、フェイロンを救ったのはまさにこの一撃だった。
羅刹モードに入ってからずっと、ピキピキと全身の筋肉が悲鳴をあげるのはなんとなく感じるが、羅刹状態でいる間はそれも動きを止めるには至らない。
苦痛も疲労も押し込んで、体中が闘気に満たされる。
前方の雑魚を一掃して鳳凰が再び刀に吸い込まれると、炎の中から3つの人影が現れた。
7年前一度使ったきりだったこの能力も、自身が成長して体ができてきた今なら以前よりは長持ちするはずだがそれでも3人相手となると一人にかけられる時間はそう多くは無い。
ひのきは一気に間合いをつめた。
手負いの敵はそれでも戦闘心は全く落ちてないのか、一人は大きく跳躍して距離を取り、二人はひのきの左右に分かれて迫って来た。
「朧改」
ひのきは唱えて周りに多数の刀を発生させる。
通常時には敵の攻撃を吸収する力しかもたないそれも、羅刹時には致命傷までは与えられないものの、攻撃を吸収しつつも近づく者にダメージを与える武器の機能も合わせ持つ。
羅刹モードでは全ての技が攻撃力を持つが、技は使うたびまた、自分の身体にもダメージを与えていく諸刃の剣となるのだ。
2回目の技を使った事でおそらく羅刹を解いた時のリバウンドがひどいだろうことは容易に予想出来た。
これ以上はなるべく迅速に、なるべく通常攻撃で、と、ひのきはとりあえず左の敵は無視をして右側の敵に集中した。
「まず一体!」
ザシュっと音をたてて血飛沫が舞い、敵が倒れる。
もう少し苦戦するかと思ったが、なずなのかけたスピードと攻撃アップの支援がかなり聞いているらしい。
あっけないほど簡単に敵が倒れた。
と、その時...不意に美しいメロディーが夜の闇の中に響き渡った。
それと同時に青い光がひのきの体にまとわりつき、筋肉の悲鳴がなりをひそめ、その代わりになんとも言えない癒しが全身をつつむ。
一瞬その不思議な感触に気を取られたすきに、左の敵がつめよってくるが、朧にはねとばされてかえって軽くダメージをうけた。
しかし敵はもう一体いる。
ひのきから距離を取って杖をかまえていた敵の攻撃はひのきの横を通り越して一路後ろの光の元へと伸びた。
「やばっ!」
思わず後ろを振り返ると、なずなの前に立ちはだかったユリが三節棍を構えて
「雷壁っ!」
と小さく唱える。
するとピリピリと光る三節棍がグルグルと回りながら敵の炎の矢らしきものをことごとく跳ね返した。
とりあえずそれを乗り切った事を確認すると、ひのきは最後の大技を使う。
「幻界...夜叉っ!」
唱えたとたんひのきを中心に炎が広がった。
敵の視界から炎の中のひのき以外の景色がきえる。
幻界夜叉。
羅刹モード時のみ発動可なこの技は全ての敵の注意を完全に自分だけにむける技だ。
炎自体にはそれほど殺傷力はないが、多少の熱さと遮られる視界で、敵は完全にひのきにのみ敵意をむける事になる。
それでもまず万が一の事を考えて後ろに攻撃の行きやすい遠隔系の敵から切り捨てようと敵後方に跳躍すると左側の敵があわてて戻ってひのきに向かって生き物のようにうごめく鞭を振り下ろした。
ひのきは致命傷にはなるまい、とそれを放置して遠隔の敵に向かうが、左肩後方に傷を作るはずだったむちは光のヴェールにあっさりとはねかえされた。
残った朧と強力な光の防御がカバーしたらしい。
ひのきはぴゅ~っと口笛をふく。
そして隙のできた左後ろの敵を振り向き様切り捨てると、即跳躍してあわてて呪文を唱えようとする最後の敵の頭に刀を振り下ろした。
「変形...」
最後の敵がその場に崩れ落ちると、ひのきは刀の柄に指を二本置いてそう唱えて通常モードに戻り、敵が確かに息を止めているのを確認して、後方のユリとなずなの所に戻った。
「わりい。一発そっちにやったな」
苦笑いを浮かべるひのきの言葉になずなはフルフルと首を横にふり、ユリは
「解除っ」
と棍をペンダントに戻した。
「なずなのこれ、可愛いな」
ひのきが装備されたままのなずなの羽根の形のチョーカーを少しつつくと、なずなはちょっとはにかんだようにうつむいた。
「可愛いだけじゃねえぞ、これは超広範囲の味方に回復飛ばせるお役立ちアイテムだ」
ユリが説明すると、ひのきはなるほど、とうなづき、そしてそこでようやく
「解除」
と能力を解除した。
「怖い思い...させたか?」
ひのきが終始無言のなずなに声をかけるが、なずなはやっぱりフルフル首を横に振る。
「敵よりお前のが怖いよ、わたしゃ。
何が火力じゃ適わないだよ、この大嘘つきがっ」
ユリが口をとがらせると、ひのきは苦い笑いを浮かべて肩をすくめた。
「鉄線の能力以上に限定条件つきだったからな。俺も使ったの7年ぶりだし」
「限定条件?」
「7年前には3週間寝込んだ。
まあガキだったから体できてなかったしな。
今はもうちっとマシだと思うが」
「やっぱりか。普通じゃねえよな、あの力は。
普通の人間の身体限界超えてる気がしたんでなずなにエンジェルボイス使わせたんだが正解だったな」
ユリの言葉にひのきはなずなの頭に手を置いた。
「なずな、サンキュー。助かった」
「ううん...私治癒系なのにユリちゃんに言われるまで全然気付かなかったし...だめだよね」
ひのきの言葉になずなが悲しげな表情でうつむいて言う。
ああ、それでさっきから無言だったのか、とひのきは納得した。
「前に出る事なければ案外気付かないもんだろ。
鉄線は状況によっては前出るみたいだしな」
「でも...」
「俺は一生なずなを敵の前に出すつもりねえし、それでしかわかるようにならないならならねえでもいい。
これからは言うから、必要な時は。
だからフォロー頼むな、これからもずっと。来年も一緒に桜見るんだろ?」
「...うん…」
なずなはちょっと赤くなって微笑むときゅうっとひのきに抱きついた。
「...あ~...」
コホンとわざとらしく咳払いをするユリになずながあわてて離れる。
「いちゃつくなら基地帰ってからやってくれっ。
私はさっさと帰りたいんだ、車回せよ!」
ユリの言葉にひのきはなずなから離れて車に向かった。
「ホントにやってくれたんだねぇ...」
本部に戻るとシザーが目を丸くした。
「ホントにって...お前できねえかもと思いつつ送りこんだのかっ!」
つめよるひのきにシザーは青くなって手を顔の前で振った。
「いや...ちゃんとやってくれるって信じてたよっ!
ただまあ...もしかしたら撤退する事もあるかなぁと...色々未知数だったしねぇ」
「まあええやん、タカぼんもこうして無事やった事やし」
レンはそういってひのきの頭をひきよせてなでつけた。
「タカぼん、ねぇ」
ユリとシザーがニヤニヤとひのきを見る。
「レン!その呼び方やめろって何度言ったらわかるんだっ!」
ひのきが赤くなってレンの手を振り払って怒鳴る。
「ええやん、俺らにとってはちっちゃな弟みたいなもんやし」
「ちっちゃくねえ!」
「せやなぁ、あのしょっちゅう怪我こさえてきたわんぱく坊主がこんなに大きゅうなって。お兄ちゃん感無量やわ」
「誰が兄貴だっ!そもそも昔話はいい加減やめろっ!!」
二人のやりとりにシザーとユリがお腹を抱えて爆笑している。
そしてその横には気の毒に、と言った顔のフェイロンとにこやかに笑みを浮かべるなずなが立っている。
「でも...お兄さんて良いですよね。
この前ジャスミンと話してるシザーさん見た時も思ったんですけど。
家族って呼べる人がいるって言う事は良い事ですね。
私はユリちゃん以外はいなくなっちゃったから...」
少し悲しげな笑みを浮かべてなずなが言うと、レンとシザーがいきなりかけよってきてなずなの前にかがみこんだ。
「僕をお兄ちゃんって呼んでくれて全然かまわないからねっ、姫ちゃん。
ジャスミンの親友なら僕の妹も一緒だよっ!」
とシザーが
「水くさいなぁ。弟の彼女なんやから妹も一緒やで、なずなちゃん。
いつでもお兄ちゃんに甘えにおいでなっ」
とレンがそれぞれ言ってなずなの手を取る。
「お前ら~...散りやがれっ!!」
ひのきがそういってなずなを引き離すと二人を蹴り倒した。
「「ひどいなぁ...(泣)」」
はもるシザーとレンに
「「懲りない奴らだな...」」
と、こちらもはもるユリとフェイロン。
「まあ馬鹿はほっといて...」
肩を軽くすくめてフェイロンが報告書を手に取った。
「これ見て思ったんだが...極東コンビもクリスタルとの共鳴率2段階以上いってるんだな?」
「ああ、武器の形?共鳴率とかは知らんがそういう意味ならそうだ」
フェイロンの言葉にユリが答えた。
「私は最初がウォンドで技が範囲系。
次に3節棍。これは近~中距離だが殺傷力はいまいち。
むしろ敵の攻撃を防御したい時に使ってる。
まあ雑魚くらいならこれでも普通に戦えるけど。
最後が...扇。技は、まあ秘密かな」
「秘密...」
シザーがぽか~んとする。
「いや、普段使える能力じゃないし期待されても困るから」
ユリはシレっと言い放った。
「なずなは最初が水晶球。近距離単体で防御、スピード、攻撃アップと身体、精神それぞれの疲労回復及び治癒な。
次は羽根型チョーカー。
技はエンジェルボイスって言って半径2kmくらいの範囲でなら治癒を飛ばせるんだが、いかんせん目立つんで自分が攻撃対象になりやすいから、護衛役必須で。
3段階目は...これも使ったら終わるから説明も省く」
「終わるって?」
「術者が死ぬ」
「ようわからんなあ。使ったら死んじゃう能力をどうして知っとるん?」
それまで黙って話に耳を傾けていたレンが首をかしげて口をひらいた。
「ああ、それはなずなの持ってる治癒系のクリスタルは前回の持ち主も日本人で形態も一緒で、それで前回の術者が死んでるから。
もちろん第3段階てなずなに限らず何か犠牲にして発動してる能力で、ひのきの羅刹にしたって限度超えて使えば死ぬと思うんだけど、なずなが違うのは、他は瀕死でも治癒系能力者に回復してもらえるけど、治癒系能力者は一人しかいないからさ、自分が意識不明の重態とかだと終わるじゃん?
だから死ぬ確率が他より段違いに高いってわけ」
「なるほど...じゃあそれはきかないでおくよ。
とりあえずそれはおいといて、結局日系人トリオは第3段階まで行ってるって事だよね、全員。他との違いはなんなのかな?」
シザーが3人を見回した。
「確かに...日系人という事をのぞけばタカと鉄線、鉄線となずな君とかはそれぞれ共通点もありそうだが、3人全員の共通点というのは...思いつかんな...」
フェイロンも同じく3人を見回してうなづく。
「せやなぁ...でもまあ3人見ててわかるもんでもなし、なずなちゃん休ませたりぃな。
顔色悪いし」
無言で考え込み始める二人を見て、レンがひのきに目をやった。
「ああ、そうだな」
なずなの第3段階の話が出たあたりで無言で考え込んでいたひのきが我に返って同意する。
なずなを抱き上げて
「もういいんだろ?俺らは行くぞ」
とブレイン本部を後にした。
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