女の子というのはこういうものなんだろうか...
「あのね...少しだけベタベタしてみていい?」
どこまでベタベタしても平気?という質問になずながしたいだけ、と答えたら、いきなりそう言われた。
「ああ」
と短く答えたら、それまでおずおずと手をかけていた腕になずながぎゅうっとしがみついてきた。
着物をきているので密着しても体の密着感は薄いが、そのかわりフワっと甘い香りが鼻をくすぐる。
少し下を向いてなずなの様子をうかがうと、幸せそうな可愛い笑顔に出会って思わず視線をそらした。
まずい、自分は今絶対に赤い顔をしているとひのきは思った。
こんな顔のまま人通りの多い居住区を抜けるのもさすがに恥ずかしいので、庭を通り抜ける様提案し、二人して庭にでた。
そういえば出会った日にはここを逆に居住区に向かって疾走したよな、と数日前を思い起こす。
「ここ...タカと初めて会った日に通った?」
なずなも気付いたらしくきいてくる。
「ああ」
ひのきが短くこたえるとなずなは
「あれからそんなにたってないのに、なんだか懐かしいねっ」
と、ふふっと笑った。
まだわずかに残る桜の花びらが風に舞う。
あの時は夜だったが、光の下で見る桜もまた違った趣がある。
「あの時も桜が綺麗だったね」
なずなはそう言って上を見上げた。
一瞬の後
「...来年も桜見られるといいなぁ...」
そうつぶやく声はかすかに震えていて、見上げるなずなの白い顔はいつもにもまして白く透き通って見えた。
11歳でここに来た時にはすでにこの桜並木は当たり前にここにあって、ひのきは毎年季節になると当たり前にそれを見るものだと思っていたが、なずなは人材が豊富とは言えない人の生死が混在する極東支部で、来年がないかもしれないという不安を常に抱えてきたのだろう。
「見られるだろ、普通に」
並んで桜を見上げ、ひのきはことさらなんでもない風に言った。
「...うん」
腕をつかんでいるなずなの手から震えが伝わってきて、ひのきは隣のなずなに目をやった。
「...泣くなよ」
「...うん」
ひのきはぽろぽろ涙をこぼすなずなの頬を手でぬぐった。
「...大丈夫だから。」
「...うん。」
「...泣くな。」
ひのきは涙の止まらないなずなの顔をのぞきこんだ。
涙があふれる不安げな大きな黒い瞳に自分の顔が映る。
「来年はちゃんと来るから...泣くなよ。」
つぶやいて、そのままなずなの小さく震える唇にそっと口付けた。
「...!」
一瞬触れてすぐ離れるとやっぱり大きく目を見開いたまま真っ赤な顔をしているなずなの視線にぶつかる。
「涙...止まったな」
照れ隠しにそう言って、またホラっと腕を差し出すと、なずなは真っ赤な顔のままその腕をとった。
「行くか...」
それを確認してまたひのきは歩を進める。
しばらく無言の二人。先に口を開いたのはひのきのほうだ。
「まあ...死なせねえから。大丈夫だ、来年は来る」
ひのきの言葉に、腕にしがみついているなずなの手に少し力がこもる。
「うん...来年も一緒にお花見しようね」
ひのきが横に目を落とすと、今度は少し恥ずかしそうな笑顔を浮かべるなずなが目に入った。
「だな。来年は昼に花見弁当でも持ってくるか」
「うん♪」
その言葉になずなはひのきをみあげて嬉しそうに答える。
可愛らしいその笑顔をやっぱり直視できないひのき。
泣き顔も雨に打たれる花のように可愛いが、桜の花のような笑顔はそれにもまして可愛い。
声も極上の音楽を聴いているような心地よさで、どこをとっても完璧だと思う。
優しげで頼りなげで危なっかしいその性格も可愛くて、大勢の男が"姫"と呼んで思いを寄せるのもうなづける。
そんな大勢にとって特別な彼女が嬉しそうに自分に寄り添う気持ちが、実はいまいち理解できない。
自分でも自分は我ながら使える男だとは思うが、一緒にいて楽しい人間だとは思えない。
気の利いた会話をできるわけでもない自分の横を楽しげに歩くなずなに少し目を落とすとなずなはちょっと不思議そうにひのきを見上げた。
「なあに?」
首をかしげるとサラっと綺麗な黒髪が揺れる。
「いや...楽しそうだなと思って...」
「タカは...私といても楽しくない?」
ひのきの言葉になずなの顔が少しくもった。
そんな顔も可愛いなと思いつつ、ひのきは即否定する。
「いや、俺は楽しいけど...」
「私も楽しいよ?」
その言葉にほっとしたようになずなが笑顔を見せた。
「他の男の人だとワ~って迫ってくるから怖くてこんな事できなかったし。
タカだとね、私が寄っていくの待ってくれるから、安心して甘えられちゃうっていうか…
腕組んで歩いたりとかね、すっごく楽しい!」
少しはにかんだ様子でそう言って、スリっと小動物のようにすりよってくるなずなはめちゃくちゃ可愛い。
「そういうもの...なのか?」
「あのね~...」
なずなは可愛い眉を少しひそめた。
「タカ、自分に置き換えて考えてみて?会うたびにね、延々と容姿褒めちぎられて、いかに自分があなたを愛しているか、とか、延々と語られて、昼間から真っ赤なバラを敷き詰めたベッドに横たわらせてなんちゃらとか...ね…そういう話しながら迫ってこられたら...引かない?」
「真っ赤なバラは...引くな、普通に(汗)」
さすがにひのきも苦笑する。
「でも容姿ほめられたりとかってのは大抵の女は好きじゃないのか?」
ひのきの言葉に、なずなはふるふる首を横にふる。
「可愛いとかくらいのならともかくね、もう耽美系小説から取って来ましたか?くらいな言葉並べられると死にそうに恥ずかしくて逃げたくなるっ。でも実際そういう人多くて…」
思い出したのか顔中真っ赤になるなずなにちょっと笑うひのき。
「なずなは...耽美ってより小動物なイメージだな、俺は」
というひのきの言葉に
「小動物って言うのは初めてかも。...でもうん、良い感じ♪」
と、なずなは嬉しそうに言って正面からひのきにきゅうっと抱きついた。
「じゃあ、タカは私の飼い主さんだね♪」
そう言ってとびきりの笑顔でひのきを見上げる。
そして
「そんなんでいいのか?(汗)」
と苦笑するひのきに
「うん♪実は上から物言われるのは嫌いじゃないもん」
と無邪気に答える様子が本当に子犬がじゃれついてくるような感じで可愛い。
「...じゃあ最後までしっかり面倒みねえとな」
ひのきは言ってしがみついているなずなの頭を軽くなでた。
二人はそのまま庭を通って食堂に続くテラスから6区に入った。
「少し休むか?」
と、なずなのために食堂の椅子を引いたひのきはふと向かいのバーに人だかりができてるのに気づいて目をやる。
「何かな?あれ」
なずなも気づいてひのきの視線の先を追った。
「行って見るか?」
「うん」
またひのきの腕にしがみついてバーの方に近づいていくと、愛でる会の面々の歓声があがった。
(...ひのき君と姫様、オリエンタルビューティカップルで素敵!!)
(...しがみついてる姫様可愛い!)
さきほどの騒ぎで若干慣れてきたなずながちょっと会釈すると、また歓声が大きくなる。
その騒ぎに中の面々が気がついた。
「お、噂をすれば...タカになずなちゃん、何しとるん?」
レンが声をかけてくる。
「いや、一休みしようかと食堂によったら向かいですごい人だかりができてたから...」
なずなを連れてひのきは奥に進んだ。
「仲ええなぁ。なずなちゃん、こっちにお座り」
レンが座を勧めると、なずなはひのきを見上げひのきがうなづいて目でうながすと、ちょこんと座敷に正座した。
「こんにちは。お邪魔します」
両手をついてぺこりとお辞儀をする。
「ええ子やねぇ。お行儀ええなぁ...親御さんがしっかりしつけはったんやねぇ」
レンがニコニコとうなづいた。
「レン...なんかいう事親父くさっ」
ユリとホップが声を揃える。
「まあ...でも丁度いいか、メンツも揃ってるし」
ユリがなずなを見上げた。
「なずな、話しとく事がある」
「なに?ユリちゃん」
機嫌よく笑みを浮かべて聞くなずなに、ユリは言った。
「極東支部な、壊滅したらしい」
「え?」
一瞬意味が理解できなくてぽか~んとするなずな。
「だからな、敵襲受けて全滅したんだって、極東支部」
「...あの...また何かの冗...談?」
「いや、まじ。今フェイロンから聞いたとこ。本部フリーダムの情報だから確かだろ」
「...あの...ブレインの人達は?...あきさんとか、ゆいさんとか...」
張り付いた笑顔のままよくお泊りをさせてもらったブレインの女性達の名前をあげるなずなに、ユリはは~っとため息をついて前髪をかきあげると答える。
「あんたね...聞いてなかった?
全滅したって言ったっしょ。生きてたら全滅って言わないんだよ?」
なずなの顔からすっと笑顔と血の気が消える。
「...う...そ...」
両手を口に当てて呆然と目を見開くなずなが、次の瞬間気を失った。
「...っ!なずな?!」
崩れ落ちる体をひのきがあわてて支えた。
「鉄線!お前何考えてんだっ!」
即脈を取り始めるレンにいったんなずなを任せて、ひのきはユリを振り返って怒鳴りつけた。
しかしユリはその剣幕に臆する事なく、肩をすくめて言う。
「変なタイミングで知るよりいいだろ、隠しておける事でもないし。
丁度医者もいる事だし、お前もいるしさ」
「だからって言い方ってもんがあるだろうがっ!」
「どんな言い方したって事実は事実だ。結果変わるわけじゃないし。
嫌でも縁切れない相手にこんな事くらいでいちいち気を失われても迷惑だ」
あっさり言うユリにひのきは怒りに言葉を失った。
「タマ...ちといくらなんでも言いすぎ...」
さすがにホップが言うが、その時、フェイロンの携帯がなった。
「まじか?ああ、すぐ行くっ!」
何か深刻な顔で電話相手と話していたフェイロンが、そう言って電話を切る。
「悪い、非常事態だ。本部に戻るっ」
と、走り出していった。
「私も即出動できる支度してくる」
続いて立ち上がるユリを見上げてひのきは
「なずなの事は気にならないのか?」
と低い声できく。
その言葉にユリはニヤっと笑い
「お前がいるだろ。私はお守りなんてごめんだね」
と小さく手を振って離れていった。
思わず立ち上がりかけるひのきの腕をレンがつかんだ。
「タカ、とりあえず医務室で休ませてやり」
レンの言葉にひのきは息を吐き出してなずなを抱き上げる。
そのままざわめく愛でる会の面々の横を通り過ぎ、ホップとレンと一緒に第4区を目指していると、館内放送でジャスティスの呼び出しがかかった。
「まじかよっ!」
苛立つひのきに
「さっきのフェイロンの呼び出しと関係あるんだろうな」
とため息をつくホップ。
「まあ...俺もブレイン本部まで同行するわっ。
いざとなったらなずなちゃん医務室に連れてったるから、とりあえず呼び出し受けとき」
レンの言葉にあきらめて目的地をブレイン本部に変更する。
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