『はあ?!』
鍛錬に行く、と、オリエンタルビューティを愛でる会の面々を引き連れてユリと共にひのき達と分かれたフェイロンは7区を目指して6区にさしかかったところで唐突に言った。
『昼間っから酒か?』
さすがにユリがあきれて言うが、フェイロンは
『敵襲は昼とは限らんし、夜でも普通に仕事があるなら昼でも暇なら呑んでも構わんだろ』
とユリをバーにうながした。
そうは言ってもさすがに真昼間っから呑もうという輩もいないようで、バーの中はシン...としている。
鍛錬に行くはずが何故かズカズカとバーに入っていく二人に、愛でる会の面々はバーの外から様子を伺った。
『なあ...そういえばフェイロン、さっきからなんで日本語なんだ?』
勧められるままバーの奥にある小さな座敷に腰をおろすと、ユリは杯を片手にフェイロンに言った。
フェイロンはかつて知ったる様子で勝手にカウンターから出してきた日本酒の酒瓶からユリの杯に酒をそそぐ。
『込み入った話をしたい時はな、誰にもわからんし横槍も入らんから便利なんだ』
『覚えたのは...ひのきの影響か?』
杯を手にきくユリにフェイロンはウムとうなづいた。
『タカがジャスティスに選ばれて本部に来たのは11の時でな。
子供が慣れない環境で慣れない仕事で下手っくそな英語を必死に使ってたんで、まあ少しはこちらが合わせてやるかと学び始めたんだが、これがさっき言った理由で意外に便利な事にきづいた』
フェイロンはクイっと杯をあけ、また酒を注ぐと、あとは手酌な、と日本酒の瓶をドン!とテーブルにおいた。
『で、本題なんだが...鉄線、極東支部がおちたぞ』
『え?』
杯を口に持っていったユリの手がぴたっと止まる。
『ついさっき連絡が入った。お前達の回収はぎりぎりセーフだったってわけだ』
『セーフって...』
さすがに驚いて言葉に詰まるユリに、フェイロンは杯を口に運びながら言う。
『自分がいればおちなかった...とでも言いたいか?』
ちらりと目だけユリに向けるフェイロンに、ユリは考え込む。
『いや...正直わからんな...勝てる...と確信があって任務に赴いた事は数えるほどしかなかったしな...』
小さくなる声に、フェイロンは少し目を細めた。
『ジャスティス最強の火力の持ち主が、ずいぶん弱気なんだな』
『...限定条件つきの綱渡り能力だ』
ユリは自嘲の笑みをうかべる。
『鉄線...お前今回何故ジャスティスを全員本部に固めようという話になったのか知ってるか?』
フェイロンの言葉にユリはちょっと苦笑いを浮かべた。
『シザーの開発した車でジャスティスの移動速度が格段に速くなったからって聞いてるけど...違うんだろうな』
通説通りならわざわざ話題にはあげないだろう。ユリは言ってフェイロンの言葉を待った。
『極東の前は...豪州支部が壊滅しているのは知ってるか?』
『いや...ひのきから今クリスタルが2つ持ち主が現れないままだとは聞いてたが...元豪州のジャスティスのか?』
『ああ。次の持ち主の時は何に変化するかはわからんが、当時は近接&遠距離系のバランスの良いコンビだった。
その二人がいて、あっさり壊滅した。』
ならなおさら自分がいてもおそらく極東はおちただろう、とユリはそれを聞いて確信した。
『ブルースターが発足して300年余り、ジャスティスがやられるなんていうのはせいぜい十年に一度くらい、支部が壊滅なんて皆無だったんだが、ここ1ヶ月ほどの間にジャスティスが在籍している所もあわせて2つの支部が壊滅してジャスティス二人が戦死している』
『つまり...本部以外とりあえず放置で本部防衛って事か?』
『まあそれもあるが。
あとはジャスティスの力を集結させてこちらから攻撃に転じようって言う方向になってきている。
今までは敵が来て叩くという感じだったが、敵も各地に基地があるはずだ。それをこちらから叩きに行く。
だから今は敵の基地を探ったり、そのためのチーム編成を検討したりという準備段階だ』
本部基地内はそれなりに防衛設備が整っていて、支部とは違ってそうそうおちるとは思えない。
とすると...
『強敵組...って言われたって事は私は特攻組か。
んで?わざわざそれを話した意図は?』
ユリはグッと杯の中身を飲み干すと、手酌で酒を注ごうと酒瓶に手を伸ばしたが、フェイロンはそれを制して瓶をつかむと自分とユリの杯に酒を注いだ。
『迷いがあると...死ぬぞ。
お前は物理的には強いかもしれんが、いつも心の揺らぎが見え隠れしている。
本格的に戦いに入る前に誰でもいいから本音で話せる相手を作れ』
『何を突然に...。死線をくぐるのは何も初めてじゃない。
心配はありがたいが、私はそこまで脆くはないぞ。
むしろ...もっと心配しないといけない奴がいっぱいいるんじゃないか?双子とかなずなとか...』
肩をすくめるユリに、さらにフェイロンが続ける。
『そのあたりはブレインのボスとかみんなが心配してるからな...逆に別段心配する事もない。
むしろ俺はお前とタカが一番やばいと思っている。
どっちも自分は大丈夫だからと大人を頼らん。
頼らんから周りも気にしないしな。
なんでも卒なくこなしているようでいて周りもそう信じているが、実は不器用で、こそこそ修練積んで、常に自分を追い詰めているあたりが、はたから見ていると、いつか崩れそうで怖い』
『私は必死にやるの好きじゃないから。それほど修練なんか積んでは...』
『夜中まで遠距離系が本来必要のないはずの棒術までやってる奴の言うことじゃないな』
ユリの言葉をさえぎるフェイロンに、ユリはソッポをむいた。
『お前...実はすげえうざい奴なんだな。そんなに暇ならひのきの心配でもしておけっ』
『まあタカは少し落ち着いてきたからな。
なんというか...角が取れたというか、柔軟になってきた。
今はたぶんお前が一番やばいぞ。
悪い事は言わない。やばい時にやばいって言える相手だけは持っておけ』
「みんな...何してるん?」
自分の部屋に帰りかけてふと自分も鍛錬に加わるか、と7区に向かったホップだったが、鍛錬場中を探してもユリとフェイロンの姿が見えない。
しばらくグルグル回っていたがあきらめてカフェテラスでお茶でも飲もうかと6区に入った時、バーの前を通りがかって愛でる会の一団がその入り口のあたりに群がっているのにきづいて、声をかけた。
そして一団に混じって中を覗き込む。
「タマにフェイロン...こんな所で何してるんさ...」
つぶやくホップの視線の先には杯を手に仲良く談笑(しているように見える)ユリとフェイロンの姿が見える。
(...オリエンタルビューティ二人で寛いでいる図、素敵よねぇ…)
という愛でる会の会員達の声も耳に入って、何かモヤっとした物が胸中に広がった。
それでも足を向けかけたホップの耳に聞きなれない言語が入ってくる。
それがおそらくユリの母国語の日本語だという事はなんとなく検討がつく。
わざわざお互いにしか理解できない言葉で会話をしている二人...
いつのまにそんなに親しくなったんだろうか...
同じ東洋人同士何か惹きあうものがあるのか...
確かに周りが言うように、綺麗な東洋人二人が日本酒用の杯を手に談笑している図は絵になっている。
ホップはその場で疎外感に立ちすくんだ。
唇を軽くかみ締めて両手をぎゅっと硬く握り締める。
しかし声をかけてきたのはユリのほうだった。
「ポチ~、丁度いいところにっ!この親父なんとかしろっ!」
声をかけられてホップはそちらにかけだした。
「なに?タマ。どうしたんさ?」
ユリの言葉に胸のモヤモヤがす~っと晴れていく。
「もうな、お前もいるならいるで声かけろよっ!」
さらに言うユリの言葉に、なんだか心が軽くなってきた。
「いや、わざわざ二人で日本語で話してたから、聞かれちゃまずい話なんかなぁ...と」
「ん~。別に。まあ...あまり大声で言う話でもないが...ようは、この親父にな、これから戦いがハードになって行くから性格あらためろって説教くらってただけ。」
ユリが言うのに、フェイロンは
「4歳しか違わないのに親父親父言うなッ!ガキ!」
と眉をしかめる。
「え~。10代の私らから見たら20台なんて充分親父だよな?ポチ」
ユリがふってくるのに苦笑するホップ。同意したら後が怖い。
と、その時
「フェイちゃん、タカぼんがなっ、ごっつい可愛い彼女作りよったで!!」
いきなりハイテンションな声が後ろから降ってきた。
「レン...そのフェイちゃんていうのやめろ...」
白衣で興奮気味に叫ぶレンに、フェイロンが苦虫をかみつぶしたような顔で応える。
「え~。ええやん、俺らの仲やろ?
それよりなっ、たった今タカぼんがな、彼女連れてきよったんやっ!」
「俺らの仲って...その妙な誤解与える言い方もやめろ。
タカの彼女なら知ってる...なずな君だろ。
極東支部ではアイドルで姫ってよばれてた子だ」
フェイロンの言葉にレンはがっくり肩を落とす。
「なんや、フェイちゃんも知っとったんか。せっかく驚かせようと思ったのに...」
「フリーダムの情報網をなめんなよ。
それより...丁度いい。同じく極東から来たジャスティス紹介しとく。
遠距離範囲系のジャスティス、鉄線ユリだ」
「これまた綺麗な子やな。俺はレン=サンピタリア。
医師団の頭でジャスティス担当の医師ですわ。よろしゅうに」
「ああ、こちらこそ」
ニカっと人懐こく笑うレンにユリは少し笑みを返す。
「タカ...真面目に基地内案内してたのか。
そんな気もしないでもなかったけど、駄目じゃん...」
レンを見てホップが大きく肩を落とした。
「せっかく二人きりなのに医務室なんか案内してんなよ、あいつは...」
「医務室なんかとは失礼なやっちゃな」
ホップにレンが軽くつっこむ。
「まあでも...ええ雰囲気やったで。気だて良さそうなお嬢ちゃんで。
タカぼんよりは結構歳下なんかな。13,4歳くらいか?」
「なずなは16」
「「え?(汗)」」
ユリの言葉にホップとレンが固まる。
「と...東洋人て若くみえるな...」
「いや、人によるぞ。
まあ俺はあらかじめ年齢も知ってたが、確かになずな君は童顔だな」
「ああ、お嬢ちゃんは若く見えたけど...フェイちゃんも東洋人やしな。
鉄線君は?そんな顔でも実は俺らと変わらないとかかいな?」
おそるおそる聞くレンにユリは
「18」
と短く答える。
「ああ、やっぱりそんなもんかいな。まあ妥当なとこやね」
レンがうなづいた。
Before <<< >>> Next
0 件のコメント :
コメントを投稿