「綺麗な顔だなぁ...」
朝、ファーは自分を抱き枕のように抱え込んでいるユリの寝顔を見上げてつぶやいた。
前日の夜、鍛錬を終えて部屋に戻ろうとしていたファーは道場の前で憧れの同僚に声をかけられた。
いつもいつもジャスミンと比べられては後回しにされ、その日もそんな感じで不機嫌だった自分の前に舞い降りてきて魔法をかけた不思議な人。
年齢は確か尊敬していた日系人の同僚と同じ18歳。
ジャスティス最強だと思っていたそのひのきよりもさらに圧倒的な火力を持って敵を殲滅するその人は、綺麗で陽気でとても優しくて...ジャスミンではなく、自分を特別扱いしてくれる。
最初に出会った舞踏会の時も、並み居るダンスの申し込みを全て断って、今日の自分はファー専属だから、と大勢の女性を嘆かせ、昨夜も道場で汗を流し終わったその人にタオルを持った女性がたくさん殺到している中、わざわざ自分を呼び寄せてタオルをねだった。
どちらの時も群がる女性の嫉妬の視線がすごく痛かったが、それは同時に優越感をも感じさせてくれた。
いつもいつもジャスミンのついでだったはずの自分が、周り中の羨望のまなざしを浴びているのである。
「お礼、何がいい?」
タオルを貸してそのまま二人で部屋に戻る道々聞かれて、ファーは悩んだ。
たいした事をしたわけでもないが、せっかくの機会ではあるし...と、悩んでいる間に部屋につく。
「なずなも今日はジャスミンの所らしいし、良かったら寄って行く?」
ユリの言葉にふと思いついた。
「あ...じゃあ、お礼、ユリさんの部屋にお泊りしてみたいですっ」
ユリが一瞬目を丸くする。
あ...やっぱり急に図々しかったかな...
もう一人の極東支部からの転属組、姫と称される美少女ジャスティスがよくお泊りしていたという話を聞いていたから言ってみたんだけど...彼女は特別かもしれない...。
みんなにとって特別なジャスミンよりもさらに可愛くて、さらに大勢の人から特別扱いされている子だから...
口にしてしまって後悔したファーに
「なに?そんな事でいいの?」
と優しい声が振ってきた。
「んじゃ、シャワー浴びてから着替え持っておいで。待ってるから」
「はいっ//」
すごくすごく嬉しくて、大急ぎでシャワーを浴びて汗を流すと着替えをもって戻ってきた。
「靴はそこで脱いでね」
驚いた事に部屋の中はまるで異世界だった。
入り口近くの玄関で靴を脱ぎ、靴は靴箱に。
板の間の廊下を進むとタタミという日本風の床で、テーブルも低い。
「ユリさん、変わった服ですね」
部屋の持ち主の服装も変わっていて
「ああ、これは寝巻き代わりの浴衣。日本の古来からの服ね」
と青い変わった衣装を身にまとった姿はエキゾチックで目を奪われた。
寝巻き...ということは外では着ないわけで...この素敵な姿を目にしたのは姫と自分だけ。
そこでまた特別な感じがしてファーは嬉しくなる。
先ほどまでは軽く束ねていた長い黒髪は下に下ろされていて、ユリが動くたびサラサラ揺れた。
コトっとおかれた日本の玄米茶というライス入りのお茶を口に含むと、香ばしい香りが口の中に広がる。
「もう遅いからそれ飲んだら寝ようね」
「はい//」
笑顔に見惚れていると、
「ああ、ファーはベッドじゃなくても寝られる人かな?」
と、唐突に聞かれた。
「あ、もちろんですっ!
私が勝手に押しかけてきたんだから床でも椅子の上でもどこでもおっけぃです!」
ファーが勢い込んで言うと、
「いや、そういう事じゃなくてね...」
クスクス笑いながら、ユリがガラっと隣の部屋に続く襖を開けた。
「私がベッドで寝る習慣があまりなくて、和式で布団なんだ。
要は...私の部屋にはベッドがない」
寝室にあたる部屋はやはり畳で、その上にじかに布団が敷いてあった。
「敷布団は一組しかないけどいいよね?」
「ユリさんと一緒の布団...」
あまりに恐れ多い気がして目を見開いて硬直するファーに、ユリは
「いや、襲わないからそんなに緊張しないでよ」
と噴出した。
「掛け布団は2枚あるしね、まあ大丈夫だと思うよ。
なずなが泊まりにくる時もそうだったし」
「あ、はい//」
真っ赤になってコクコクうなづくファー。
なんでこの人は男の人じゃないんだろう、男の人なら襲われてもいいのに...などと考えつつ床に入る。
そして緊張しつつも緊張しすぎて疲れて熟睡してしまったらしい。
気づけば朝になっていた。
身を起こそうとして、ファーは身動きできない事にきづく。
ユリが自分を抱き枕のように抱えて寝ていたのだ。
思わず赤面してしまうくらい綺麗な寝顔が間近に見えて、ファーはその顔をまじまじと観察した。
少しの癖もないサラサラの黒い髪が覆う顔は雪のように白い。
肌もきめ細かくてうらやましいくらいだ。
まつげは濃くて長く、真っ黒な切れ長の目は今はまぶたに覆われている。
その上には凛とした印象を与える黒くてまっすぐな眉毛。
鼻筋も通っていて、薄い形の良い唇は軽く閉じられていた。
息をのむくらい綺麗な人だと思う。
いくら見てても本当に飽きないこの綺麗な寝顔をみた事あるのもたぶん姫と自分の二人だけなのだ。
しかも...その綺麗な人が自分をぎゅっと抱きしめて寝ているわけで...こんな素敵な恋人がいたら...とちょっと想像して赤面するファー。
まだまだ恋に恋するお年頃。
ジャスミン同様、様々な方向ににらみのきく兄と同僚の面々に囲まれて恋愛はまだまだ物語の中の話だったりする。
いつかこうやって朝に一緒に目覚める恋人がこんな顔だったらいいなぁ、と無邪気に想像するのが関の山なのだ。
しばし幸せな想像に没頭しているうちに時間はたち、枕元の目覚まし時計がなる。
「ユリさん、朝ですよ~。起きて下さいっ」
パシっと即効目覚ましを止めてまたファーを抱え込むユリに声をかけると、ユリは
「やだ、眠い」
とさらにファーを抱え込んだ。
普段大人っぽくて飄々としているユリの子供みたいな駄々にファーはちょっとキュンとする。
可愛い...。
「ダメですよ~。目覚ましなりましたよ~。起きて下さい」
それでもさらに起こそうと試みると、ユリは相変わらず目をつぶったままファーの頭をなでなでしたあと、
「あ~、わかったわかった。キスしてくれたら起きる♪」
と笑いを含んだ声で言った。
「...///!!!」
真っ赤になって硬直するファーに、さらにユリの声が...
「ほら、キスして、なずな」
へ??
ぽか~んとするファー。
「...あ!」
ガバっといきなりユリが飛び起きた。
「わる...い。寝ぼけて間違った」
すご~いまずい事を口走ったという感じで片手で口を覆うユリの顔をのぞきこむと、少し赤くなって動揺している。
「いや、冗談だからっ、まじ」
あわてて起き上がると、ユリは
「お茶でもいれてくる」
と寝室を出て行った。
その場に残されて呆然とするファー。
キスしてくれたら起きるって...キスして、なずなって...???
確かにお似合いだけど...もう絵に描いたようなカップルに見えるけど...えええ???
ファーが我に返って着替えて居間に行った時にはもういつものユリだった。
飄々としたいつもの表情でコーヒーを淹れ、
「飲んだら食堂行こうか」
と何事もなかったかのようにカップを差し出す。
「え...と、さっきのって...」
カップに顔をうずめながら上目遣いにユリを見上げるファーに
「冗談っ♪」
と、にっこり笑うその様子は本当に冗談だったのかと思わせるくらい余裕の表情だ。
やっぱり冗談だったのだろうか...。
ファーは釈然としないながらもユリに伴われて食堂に向かった。
昨日の今日だからか、周りの女性陣の視線が痛い。
「おはようっ、タマ、ファー!」
二人を見つけてホップが大きく手を振った。
朝食をトレイに乗せてそちらに行くと、ジャスティスの面々がもう全員揃っている。
「なんだ、あのまま鉄線の部屋にでも泊まったのか?」
珍しくひのきも声をかけてくる。
「ああ、タオルのお礼にご招待を、ね」
ジャスティス5人が陣取るテーブルにファーと並んで腰をかけてユリが言うと、なずながファーに声をかけてきた。
「じゃあ...朝大変だったでしょ。ファー」
「なずな、余計な事言わんでいいっ」
なずなの言葉にユリが笑みも浮かべず珍しくぞんざいな口調でいう。
大変て...あれはやっぱり冗談じゃ...
ファーが複雑な表情を浮かべたのにきづいて、なずなは小さくため息をついた。
「ユリちゃん...まさかまたあれ言ったとか言わないでしょうね?」
「いや...すまん。寝ぼけてて...」
ユリが珍しく神妙な顔で言うのに、ファーは真っ赤になる。
あれは...やっぱり冗談じゃなかったのかっ。
「なに?なんかあったん?」
3人それぞれの反応に、ホップが身を乗り出してきく。
「誤解しないで下さいね、ファー。
あれは...単に起こされないための嫌がらせなので」
「だから、あれって何さ?」
さらに聞いてくるホップに言って良いものかどうか迷うファー。
「あの...本当にするの?」
赤い顔のままちらっとなずなに目をむけて言うファーになずなはブンブンと思い切り首を横に振った。
「しませんっ」
「だから、気になりすぎさっ!いったいなにがどうなってるん?」
さきほどからスルーされているホップがさらにさらにたたみ掛ける。
「確かに...気になりますよね...」
それまで黙っていたアニーまで口を開いた。
「ユリちゃんは...すご~~~く寝起きが悪くて、私が朝起こそうとすると必ず『キスしてくれたら起きる』って言うんです」
ハ~っと息をついてなずなが言うのに、ホップとアニーは
「「で...するの??」」
と、声を揃える。
「だから~。できないのわかってるから言うんですっ。
するなら別の台詞考えてますっ!」
なずなは赤くなって否定した。
「で、以前ちょっと任務の関係で他の女性とお泊りした時にやっぱりその台詞言って...翌日すごい事になったんです」
「だから...あれは悪かったってっ」
ユリがそっぽを向いて言う。
「悪かったじゃすまないでしょっ。
もう!キスしてくれたらって言うのはユリちゃんの勝手だけど、その前に私の名前つけるのだけはやめてって言ったじゃないっ」
「仕方ないじゃないかっ!こっちは寝ぼけてるんだからっ」
「仕方ないじゃすまないもん!それから一週間大変だったのよ?
ブレインのお姉様方からは嫌がらせの嵐だわ、ライバル心に火がついたストーカーさん達の活動が激化するはで...」
「だからそれは、その後フリフリスカート2枚と買い物のお供でチャラにしただろうがっ!」
「でもまた同じ事してるじゃないっ」
延々と続く口論に苦い笑いをもらす面々。
「なんというか...なんか誤解をうむような雰囲気はありますよね...」
「確かに...何も知らずに姫からタマの事『彼です♪』って紹介されたら俺たぶん信じてる」
「ユリさんて...そんじょそこらの男よりカッコいいもん///」
「もういいじゃない、いざとなったらファーが新しい恋人って事にしておけば♪」
「まあ...今度誤解を生んで嫌がらせされるようなら、俺が誤解といてやるから、落ち着け、なずな」
「...だそうだから、まあもういいじゃん」
親指でひのきをさしてユリが言う。
「も~...。今後はほんっとにやめてねっ」
「...努力は...する」
「努力するじゃだめっ。絶対だからねっ」
「寝ぼけての事だから...絶対って無理だし」
「無理でも絶対っ」
「あ~。はいはい、わかりましたよっ」
「...なんか...この会話自体がどこぞの痴話げんかみたいですよね...」
アニーがボソボソっとつぶやくのにホップがうなづく。
「確かに...お互いといるとお互いにキャラ変わるよな。
なんつーか、つきあい長い恋人同士みたいな?」
「まあ...ひのき、頑張りなさいなっ」
「なんでそこで俺に振る?」
「姫に恋人いるってわかれば、少なくともユリさんのファンからの嫌がらせはなくなるでしょ」
「そのあたりは...タカも充分姫大切にしてるって。
それよりファーが広めなければ無問題な気が...」
「「あ、それもそう(だ)よね」」
ピタっと口論が収まった。
「まあ...誤解ってわかったし...」
周りの視線を一身に受けてファーが言う。
「じゃ、そういう事でその寝言言わなくなるまでファー以外の子泊めるの禁止ねっ」
最終的になずなが宣言して、ようやく収まった。
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