夜、運動器具で筋トレをすませたあと、ふと通りかかった道場で一人で棒を振るユリの姿を目にして、ホップは靴を脱いで板の間にあがった。
ユリはホップに気づいてか気づかないでか、棒術の鍛錬を続けている。
仕方がないのでホップはその場に胡坐をかいてすわった。
長い髪を低い位置で軽く束ね、時にヒュンっ!と鋭い音を立てて棒を突き出し、時にクルクルっと回転させながら自分の前の位置で構えるユリの舞を舞うような美しい動きを目で追う。
しばらくそうしてみとれていると、
「ほぉ...棒術なんて珍しいな」
と上から声が降ってきた。
「フェイロンにタカ。二人も鍛錬終えたとこ?」
振り向くと見慣れた顔が二つあって、ホップは声をかける。
「ああ、お前もか?」
ひのきは応えてその隣にやはり胡坐をかき、フェイロンは戸口に立てかけてある棒を手にとって
「俺はもう少しやってくるかっ」
と道場の中央のユリの方に走り出していった。
「ハァッ!」
いきなり気合と共につきだされた棒を自分の棒で受けて、ユリは一歩飛びのいた。
そしてお互い無言でいきなり打ち合いが始まる。
「すげえ、フェイロンと互角にやりあってる...」
しばらく続けられる打ち合いにホップが目を丸くした。
確かにジャスティスはアームスの影響で身体能力に優れる者が多い。
しかしそれは無条件というわけではなく、アームスの性質によって優れる種類が違ってくる。
たとえば攻撃特化型のひのきや双子はそれに必要となってくる反射神経や跳躍力などが底上げされ、防御型のアニーは元々の防御が高くて傷を負いにくく、負っても治りが早い。
そして遠距離から敵を攻撃するホップは目や耳など遠方の敵を感知する能力が人並みはずれている。
ユリも本来遠距離系なのでアームスで底上げされているのは感知能力だけで、体術に関しては常人のはずだ。
それが時に最前線でその人間離れしたジャスティス達のフォローに当たるため常に鍛錬をかかさないフリーダムのトップと互角にやりあっているのだ。
「やってないような顔して、こっそり影で鍛錬してるクチだな」
ホップの言葉にひのきは言った。
「...タマの能力って遠くからドッカンて聞いてるんだけど?
いまさら近距離攻撃の鍛錬やってどうするん?」
ホップが筋力トレーニングするのは、あくまで銃身がぶれない程度の腕力をつけるためである。
ゆえにいまさら他の訓練をしようとは思わないのだが...
ホップの言葉にひのきは昼間の戦闘を思い返した。
そしてため息をつく。
「タカ、何か知ってるん?」
それを聞きとがめてホップはひのきを振り返った。
「聞いてどうする?」
「ん...タカがあまり他人の事情とか話すのが好きじゃないのは知ってる。
でも個人的に気になるから知ってる限りの事を教えてくんない?」
ホップはだいたい相手が乗り気じゃない時は流す男だ。
それが食い下がる時はおそらく何かあるのだろう、とひのきは口を開いた。
「鉄線はアームスがロッドだから近距離に持ち込まれた時用に棒術なんだろう。
本部だと鉄線に近接やらせるなんて事はありえんが、極東だと相棒がなずなだしな。
あいつは飄々として顔にださねえがすげえ苦労してきたんだと思うぜ。
本部と違って盾もいねえし...。
だからいざとなった時の事をいつも考えちまうんだろ。
あいつの能力は範囲で発動まで囮のフリーダムが巻き込まれで死ぬ事前提で足止めらしかったから精神的にもきつかっただろうしな。
味方殺すの前提の戦闘だから」
「そう...だったんか...」
「なずなもそれで滅入ってたけど、鉄線は自分が直接手を下すわけだし...さらにきついな。
俺だったら無理だ」
ひのきの言葉にホップはうつむいた。
任務中のユリには会えなかったが、フリーダム時代に極東支部にも行った事がある。
治癒系ジャスティスが総じて姫と呼ばれていたのに対し、他にはキャット(猫)と呼ばれていた遠距離範囲系のジャスティスがフリーダム内でだけはウィッチ(魔女)と言われていて、不思議に思って理由を聞いた事があった。
「敵だけじゃなくて味方も平気で殺せる奴なんですよ。人間じゃ無理ですって」
確かそんな風に言われた気がする。
「平気じゃ...ないよな、きっと」
ホップが言うのにひのきが続けた。
「平気じゃねえから飄々としてるんだろ。
正面から受け止めて滅入ったらもう立ち上がれねえし。
今回の戦闘でな、ファーがイヴィル担当、俺が囮で、鉄線が雑魚掃討って事で説明したら、囮殺す可能性があるからって能力使うのためらってて、それでも決行うながしたら1分だけでいいから心の準備する時間くれって言われた。
本当に平気だったらそんなもん要らんだろ。
でもそこで切り替えようとするあたりが...そうするしかなかった極東の人材事情を物語ってるよな。
本部組のジャスティスだったらそこで断固拒否ってる」
「だな...」
ひのきは自分には無理だと言ったが、自分でも無理だとホップは思う。
ましてやアニーや双子にできるわけがない。
「んじゃ、そういう事で話終了。
わかってるとは思うが俺が言った事は他言すんなよ、鉄線をも含めて」
黙り込んだホップにひのきが宣言した。
「ああ、タカ、サンキュ」
ホップは小さく礼を言う。
道場の端っこで小声で深刻な話をしていた二人は、そこで入り口のあたりにいつのまにか人ごみができているのに気づいて顔を見合わせ苦笑した。
「こんな時間でも沸いて出るんだな」
感心したように言うひのきにホップは笑いながらうなづく。
入り口の面々にみつからないように、ひのきとホップがそ~っとさらに端に移動した時、丁度フェイロンの棒がユリの棒をはたき落とした。
「きっちぃ...」
額に汗をにじませてユリがしびれる手を振ると、やはり汗だくのフェイロンが笑った。
「良い勝負だった。俺がここまで競ったのはタカくらいだ」
「でも負けちゃ意味がない」
肩をすくめるユリ。
二人が笑いあいながら近づいてくると、入り口の女性陣が歓声をあげた。
「ああ?こんな時間でもおっかけられてんのか、大変だなフェイロンも」
袖口で汗をぬぐってそちらにユリが目をやると、また歓声が大きくなる。
「いや鉄線、お前も充分おっかけられてる。他人事じゃないぞ」
とフェイロンが苦笑した。
「うそつけ」
「いや...うそだと思うなら手でも振ってやれ。大騒ぎになるぞ」
フェイロンはにやにやとひじでユリをつついた。
「ホントかぁ?」
ユリは眉をひそめて言うと、おもむろに入り口を振り返ってニッコリ笑って手を振った。
「きゃあああ!!!手を振ってくれたぁ~~!!!!」
「笑ってるわよぉ!!!素敵!!!!」
鍛錬場のある第7区全体に響き渡るような女性陣の歓声がおこる。
「...あいつは...なにしてんだ」
ひのきが眉間に手をやって小さく首をふる。
「すごい人気さね」
ホップは圧倒されて目を見開く。
「お前...本当にやるか?普通...」
フェイロンもあきれて額に手をやってため息をついた。
「お前がやれって言ったんだろ?フェイロン」
ユリは悪びれずフェイロンに言った後、端っこで潜んでいたホップに
「ポチ、タオル貸せ!
乱入者来ると思わなかったから早々にあがる予定でもってこなかった」
とさけぶ。
「お前...なんて不用意な発言を...」
フェイロンが青くなった。
「ん?」
振り返ったユリの表情もさすがに凍る。
「わ、私の使ってくださいっ!!」
「何言ってるのよ!私のよ!!」
「あんた達どきなさいよっ!鉄線様は私のタオルを使うのよっ!!!」
ドド~っとなだれ込んでくる女性陣にあっという間にとりかこまれ、周りで乱闘まがいの騒ぎが巻き起こった。
「お前...どう収拾するつもりだ、これを」
フェイロンのこめかみに青筋が浮かぶ。
「すげえな...極東の女性陣よりずいぶん積極的だ」
即我に返ったらしいユリがいつもの飄々とした表情で片手で前髪をかきあげた。
その仕草にまたあがる歓声に苦笑しつつ、ふと入り口に目をやったユリは廊下を横切りかける人影にきづいて大声で叫ぶ。
「ファ~!丁度いいところに!」
一人で鍛錬を終えて自室に戻ろうとしていたファーは、その声にあわてて振り返った。
「あ。ユリさん///」
嬉しそうに言って急いで靴を脱ぎ捨てると道場に駆け上がる。
「ちょっとごめんね」
ユリは女性陣をかきわけて輪の外へ脱出すると、ファーをぎゅっと抱きしめた。
「いやああああ!!!!!」
女性陣の悲鳴があがる。
「ユリさん?///」
赤くなって見上げてくるファーにユリは
「タオル忘れてきちゃったんた。愛してるからファーのタオル貸して?」
とにっこり。
「やめてええええ!!!!!!」
半狂乱で叫ぶ女性陣の悲鳴に思わず耳をふさぐホップ、フェイロン、ひのきの3人。
「あれ...やばくない?」
「うむ...ファー君殺されるぞ」
「いや、ファーにはシザーの後ろ盾があるから...大丈夫...だといいが」
女達の恐ろしさにびびる男3人と違って当のファーは周りの喧騒も気にならないようで、嬉しそうな笑みを浮かべると、手に持っていたタオルを
「お安い御用♪はいっ♪」
と両手でユリに差し出した。
「サンキュ~。今度お礼するからね~」
ユリは受け取って汗を拭くと
「んじゃ、お先~♪3人とも頑張れよっ」
と、ファーの肩を抱いてちゃっかり逃走した。
「なによっ!なんでファーなの?!!」
「ジャスティスだからって偉そうにっ!!」
「鉄線様にベタベタするなんて100万年早いわよっ!!」
キィ~~!!っと地団太を踏む女性陣に見つからないように3人もそ~~っと道場を後にした。
それからオリエンタルビューティーファンクラブの出待ちリストに道場も加えられる事になったのは言うまでもない。
「女って...怖い」
「まったくだな...」
ホップとフェイロンが顔を見合わせる。
「まあ...男も女も集団になると...な、うるせえもんだ」
「そりゃまた意味深な発言で。タカ、男の集団にでも追いかけられたん?」
ホップの言葉にひのきがげんこつを落とす。
「気味悪ぃこと言うな!」
「なずな君、だよな?」
二人のやりとりに笑いながらフェイロンが言う。
「ん?姫何かあったさ?」
「食堂で...ジャスミンと食事中に男連中に囲まれて泣いた」
「ありゃりゃ~。
まあ...ジャスミンと姫二人だけでいたら群がる男共の気持ちもわかるけどなぁ」
「鍛錬中に電話が来て、タカが血相変えて出て行ったから何かと思ったぞ」
「タカ、何かあるたび電話で呼び出されるんだ?大変さね」
日頃のひのきからは考えられない行動にホップが目を丸くする。
「...何かあったら即電話しろって言ってあるから別にいい。
つか、それやられてうっとおしく感じる相手ならつきあわん」
というひのき。
「やっぱさ...特別?」
「当然だろ。お前は特別じゃねえ相手でもつきあうのか?」
「...つきあうかも」
「「外道」」
ひのきとフェイロンが口をそろえて言う。
「そんな二人して声そろえなくても...」
なさけない顔をするホップ。
「だってな、状況によってはNoって言いにくい時もあるさ。
そもそもタカだって泣き落とされてって話じゃ...」
「放置できる相手は泣こうが死のうが放置できるだろうがっ。
泣かれて放置できねえから特別なんだろ」
「いや...死ぬの放置できるって...タカのが外道じゃん」
ホップが引く。
「別にわざわざ殺すとかじゃねえぞ。
ただ、自分が全面的に背負える相手なんてそう数多くねえだろ。
責任取れねえなら中途半端に助けて期待させるよりある程度突き放して自立をうながしてやる方が親切ってだけだ」
「なるほど...そういうスタンスでああいう行動になるわけね、タカは」
ホップは先日のミミズ事件を思い出した。
「なんか...タカの恋愛感って面白いな。
じゃあさ、彼女相手なら何でも我がままとか聞いちゃう?」
「...できる範囲の事ならな」
「んじゃ、自分も全面的にわがまま許容して欲しい?」
「いや、別に」
「え??(汗) じゃあなんのためにつきあうさ?」
「ん~、楽しいから...か?」
「......何が?」
「...何かしてやって楽しそうにしてるの見てるのが」
「なるほど...なんか...熱いんだか淡白なんだかよくわかんないな、タカは」
ホップはため息をつく。
二人の対照的な青少年の会話を聞きながらフェイロンは小さく笑った。
ホップも元フリーダムの部下なのでよく見知っているが、勘がよく、頭の回転も速く、人当たりも良い。
要領もよくてなんでも卒なくこなす天才肌。
ひのきはなんでも卒なくこなしているように見えて、出会いの一件での勘違いでもわかるように、実は勘や頭が良いというわけではない。
不器用ながら真面目な努力の積み重ねで現在がある。
その対照的な二人が何故か仲が良いのが面白いと思う。
そして最近二人と仲が良いらしい少年のような少女も...。
今のジャスティスはなかなか興味深い。
彼らのためにも少しばかり得体がしれなくて苦手だったブレインの方にも今度、顔を出してみるか。
そろそろ日付が変わる廊下で、フェイロンはそんな事を考えていた。
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