ツインズ!30章_2

アリス視点

彼女が諦めるのをやめたわけ2


──どうせあたしは可愛くないもの。

こうしてコートを乾かしてもらって淹れてもらったコーヒーで温まって、髪が傷むからとシャンプーで洗ってもらっている間、ちゃんと手入れをしろと何故か上から目線で言われた言葉にそう言って唇を噛みしめると、即

「ふざけんな。俺が丹精込めてカットしてやったんだ。
1年半前に店を出た瞬間のお前は確かに可愛かっただろうが。
可愛くないはずがねえ」
と、めちゃくちゃな答えが返って来た。

いや、美容師のプライド的にはそれはおかしくない言葉なのかもしれないが…。

そんな風に乱暴な言葉のわりに、髪を扱う手はすごく丁寧で心地いい。

「だいたい…お前髪の手入れのぞんざいさは女として許されねえレベルだけど、顔は十人並みなんてはるかに突きぬけた美人じゃん」

という男の言葉は否定しない。
自分の顔立ちが十分綺麗なのは知っている。

でも“美人”ではだめなのだ。
可愛い”でないと…

そう訴えると、即
「なんで?」
と、返ってくる声。

そう言えば…会長になるような秀才としてでもなく、こんな風に友達のように言葉が返ってくるのは初めてかもしれない。

それがなんだか嬉しくて、楽しくて、聞かれるまま、ついつい話しすぎてしまう。

1年半前好きだった相手のこと、その相手が可愛いと言っていた本当に可愛い自分の双子の兄のこと、そして…“可愛くない”自分のこと……

そんな面白くもないであろうアリスの暗い話を淡々とした様子で聞いていた男は、手は休めずシャンプーを洗い流してトリートメントをしながら、

「馬鹿じゃね」
と言った。

短い言葉。ぶっきらぼうに聞こえるそれは、文字にすれば突き離して聞こえるが、声音はどこか温かい。

「お前の兄貴が可愛いのはわかったけどな。
双子でも同じ人間じゃないし、100%分の可愛さを分け合ってるわけでもないだろ。
お前の兄貴が可愛いからその分お前が可愛くなくなるわけでもないし、お前の兄貴が可愛くたって、お前はお前に似合う形で可愛くなればいいだけじゃん」

「簡単に言わないで」
と、反射的にピシっと言ってしまって後悔するも、男はそれに腹を立てることもなく、むしろ苦笑した。

「簡単じゃねえよな。確かに。
俺もそうだったし」
と、降ってくる言葉に、アリスはびっくりして思わず声を大きくする。

「あなた、可愛くなりたかったの?」
と、それはさすがに違ったらしく、いやいや、と、男は笑った。

「俺さ、兄貴なわけ。
で、年の近い弟がいてな…」

「ええ」

「フェリシアーノ・ヴァルガスって知ってるだろ?」

「知らないわ。誰?」

教科書にも載っていなければ、政治家でも聞いた事がない。
近年ノーベル賞や各文学賞の受賞者にいただろうか?…いや、居ない気がする。
一生懸命脳内の情報を探ってもその名前は出てこない。
だからそう答えたのだが、驚いたように固まられた後、思い切り吹きだされた。

「そっか。さすが1年半も手入れ放置してる女っ!!」
けらけら笑われてさすがにむぅ~っとする。

「それ関係ないでしょっ!で、結局誰なのよっ?!」
と問えば、
「カット賞総なめにして、最近はバラエティ番組とかにも出てる、女子高生からOLまで大人気のカリスマ美容師」
と、返って来て、さすがにアリスも確かにあまりに無知なのであろうその手の一般常識のなさに恥ずかしくなって赤面した。

しかし男はそれ以上アリスの無知さにつっこみをいれることなく、続ける。

「あれさ、俺の弟なわけだ。
俺ら元々じいちゃんがすげえ美容師でさ、2人とも目指したんだけど、弟はずっとあんな感じでスポットライト浴びてて、俺は芽が出なくて…腐ってた頃もあったんだけどな。
結局そう言う系諦めて、商店街に普通の美容室持って…最初はやっぱり惨めでさ。
お前んとこと違って、同性で、しかも自分が兄貴だぜ?
そりゃあ落ち込むよな。
でも店構えて数年たつとな、有名な芸能人やモデルと違って、客の向こうに生活や人生が見えてきたりするわけだ。
ちっちゃな子が初めての発表会だからって張りきって来たり、最近疲れたから気晴らしに~って言うOLの子とかな。
友達の結婚式に出てそこで自分も彼氏ゲットするんだ!なんてツワモノの子もいたな。
1回のカットやセットが大勢に評価されるわけじゃねえけど、その時の客にとってはすげえ大事な人生の岐路を任せてくれてる事だって少なくはねえんだよ。
しかもその結果が全部じゃねえけど、たまにわかったりしてな。
次に来た時に、おかげで大成功でした~!なんて言ってもらえるとめちゃ嬉しくてさ、ああ、あいつとは違うけど、俺の仕事は俺の仕事ですげえ大事な意味があるんだよなって次第に思えるようになってきた。
2年前のお前もさ、もう悲壮な顔してバッサリいってくれなんてのは、ああ、これ失恋だなって秘かに思って、俺的にはもっと良い男捕まえろよ~とか思いながら、思い切り気合い入れてカットしたんだけどな」

それがこれだもんな、と、からかうように笑う顔は、最初の綺麗だけどきつそうな印象と違って、なんだかとても温かく親しみやすい。

「お前さ、充分わかりやすいし、充分可愛いし、充分放っておけねえタイプだと思うけど?
もうあの日からさ、毎日のようにお前、店の前通るじゃん。
そうすっとさ、わかるわけだ。
今日良い事あったなとか、落ち込んでるなとか。
ここ最近特になんか悲壮感漂ってただろ。
今日は俺がとびきり可愛くしてやっからさ、自信もって可愛い自分をアピールして、幸せ掴んでこいよ」

と、シャンプーを終えてカット台に移動すると、男は言う。
とびきり温かく魅力的な笑顔で。

「どんな感じが良いとか希望はあるか?」
と聞かれて、

「あなた、名前は?」
と、そこでアリスが聞くと、

「え?俺?」
ときょとんとして自分を指して言う。

それにアリスは頷いた。すると不思議そうにそれでも
「ロヴィーノ。ロヴィーノ・ヴァルガスな」
と、教えてくれた。

「そう、ロヴィーノ…ロヴィーノね」
アリスは聞いたその名を反復すると、視線を少し下に落として考え込み、そして顔をあげて言う。

「あなたの好みの髪型が良いわ。
あたし、捕まえるならあなたを捕まえたい!」

アリスが断言すると、ロヴィーノはおそらくアリスよりはだいぶ年上なのだろうが、何故かその手の事に自分の方が慣れてないのだろうか…。

真っ赤になって、視線を泳がせて、あ~とかう~とか言葉に詰まったあげく、

──…良いけど……俺程度で妥協して後悔しても知らねえぞ
と、さきほどまでの大人の余裕はどこへやら、視線を反らしてそう言った。




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