ツインズ!30章_1

アリス視点

彼女が諦めるのをやめたわけ1


「パパが捕まったぁ??」

アリスが高校から帰ると、ちょうど母が身支度をしていた。
父親が今警察にいて、身元引き取り人になって欲しいと電話がかかって来たというのだ。

いったい何があった?と訊ねたいところだが、なんとなくわかる気がする。

「アーサー関係?」
と聞けば、母は泣きながらコクコクと頷いた。

それにアリスは腰に両手をあて、はぁとため息一つ。

「いいわ。私も行くから」
と言うと、母はホッとしたように息を吐きだした。





父が亡き自分の母親にその姿を重ねて色々拗らせてしまった双子の兄アーサーが家を出てすでに2年がたった。

父の兄への思いは娘の目から見ても死ぬほど厄介である。

自分を捨てて自殺した母を恨んでそれに兄を重ねて辛くあたるのだが、じゃあ距離を置けば良いのかと思えば──実際に母は昔そういう選択肢を提案したらしいが──そういうわけでもなく、遠くに行く事がイコール自分を見捨てた母という方向性のトラウマを刺激するらしく、それも嫌がる。

辛く当たるけど離れて行くのは嫌だ。
まあ実の娘から見てもドン引きだ。

結局1年半ほど前、父がそんな態度をとり続けた結果、女のアリスより愛らしくお姫様のようだった兄にはおとぎ話よろしく王子様が迎えに来て──兄はずっと彼をウサギの国の王子様だと言っていた──お城のような彼の家に引き取られて行った。
もちろん父には内緒で見かねた母が手配した上でだ。

一応母の実家に預けているという事にしておいて、完全に離れたわけじゃないからと、表面上は薄氷を踏むようなものではあったが平和になった。

…が、じゃあ家庭内が穏やかになったかと思えば、そうではない。
たとえいざとなったら連れ戻せると思っても、日々兄が家にいない。
その事実に父がイラついていて、母への態度がギスギスする。
そして八つ当たられる母はアリスに泣きつくと言う繰り返しだ。

アリスにしたって常に一緒に育った双子の兄が居ない事自体で十分ストレスなのだ。
自分以外の人間の負の感情なんて受け止める余裕はない。
なのに両親揃って当たり前に自分に縋ってくるのにだんだん疲れきって来た。


それでも…仕方ないのだ、と、思う。
兄アーサーは可愛くてお姫様だから王子様が迎えに来ても、可愛くない自分には迎えどころか助けの手すら差し伸べられる事はないのだ…。

そう思うとひどく惨めで、余計に疲労がひどくなった。

それでも…それだからこそ、唯一のとりえである勉強に手は抜けない。
むしろ他の事を考えたくなくて、アリスは勉強に没頭した。

学校では生徒会長で、こちらでも全ての厄介事が全部アリスの所に押しやられる。
唯一塾だけが、アリスの人間性など関係なく余分な事に関わる事なく居られる場所で癒しだった。




それは今から半年ほど前。
そんな日々を送る中、その日は塾だったのだが突然の雨に降られてアリスはとある店の軒下で雨宿りをしていた。

普段せわしなく動いていると頭から消えているが、こうして何もせずぼ~っとしていると、色々がこみ上げてくる。

疲れた…悲しい…泣きそうだ。

雨宿りの場所はすぐ見つからなかったので濡れた髪が、顔に張りついてうっとおしい。
…と、思った瞬間、ふわりとタオルが頭上から降って来た。

…え?
と、振り向くと、見知らぬ男。

「雨宿りすんなら、店にはいれよ。
今日はこの雨じゃ客も来ねえし、上着乾かして茶くらい入れてやるから」

一筋クルンと跳ねた茶色の髪にオリーブのような緑の瞳。

「何故?」
と、つい警戒してみるが、綺麗な顔をしたやや色黒のその男は、

「あんた、1年半ほど前、悲壮な顔してうちで髪切っていったろ。
それから全然手入れしてねえな?
とにかく、雨に濡れっぱなしだと髪も傷む。
今日は全部無料サービスでそっちもなんとかしてやっから早くしろ。
安心しろ。店は開けとくし、自分の店でおかしな真似はしねえよ」
と、カランコロンとガラス戸を手であけた。

あ…と、思い出した。
そうだ、ここは確かフランに他の男を紹介すると言われてやけくそになっていたあの日、発作的に髪を切った美容室だ。


だからといって今日は客として来たわけではないのに、どうして入ってしまったのかわからない。

たぶん…ただ“しっかり者の”という形容詞を押し付けられない時間を持ちたかったのかもしれない。

自分でもよくわからないが、とにかくアリスは男について、2年ぶりにその美容院に足を踏み入れたのである。




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