初遠征3
「あ~…竜の逆鱗に触れちゃったか……」
と、がっくりと肩を落とすエリザ。
ルートは無言で青くなっている。
お姉さんはただ極東の文化を知りたいと思っただけなんだけど…
…まあ、少しの好奇心もあったにはあったけど…そんなにまずかったの??」
と、そこでようやく慌て始めるフランソワーズ。
「えっとな…一応言っておくと……」
と、兄を宥めるのは自分では無理だと判断して、ルートはそれでも少しでも建設的な方向に行動しようと思ったのだろう。
これ以上フランソワーズが兄を怒らせないように事前情報を…と、口を開いた。
「確かに普通に正妻と側室がいる家だ。
兄さんはお館様の長子ではあるが側室の腹でな。俺は5歳年下の正妻の腹の次男。
さきほど言ったようにお館様は完璧な人間で居なければならないから、跡取りは非常に厳しく育てられる。
兄さんは側室の腹だった事もあって、生まれ落ちた瞬間から未来のお館様として一切の甘えも娯楽も許されない想像を絶する厳しい育てられ方をしてきて、そのくせ正妻に俺が生まれるとその座を追われて俺に仕えるようにと今度は家臣として完璧であるようにと言われて育ったんだ。
なまじ同年代の家臣の子どもらからの信頼が厚く、俺が生まれてからも彼らが兄を慕っていたため、正妻である俺の母が随分とひどい事を言ったりしたりしたらしいしな。
だから実家にも実家の女達にも良い思い出どころか、思い出したくもないほどの嫌な思い出しかないのだろう。
どうしても実家について知る事が必要だったり知りたかったりした時は、兄さんがいないところで俺に聞いてくれ」
それだけ言うと、もう手遅れかもしれないが……と、ルートもエリザ同様に肩を落とした。
シン…と静まり返る室内。
重くなる空気……
その沈黙を破ったのは、実にあっけらかんとしたもう一人の極東出身者の
「温泉…入りたいな」
という、謎な発言だった。
は??と、残り3人全員が彼に視線を向けると、アーサーはにこやかに宣言した。
「俺は親もジャスティスで極東支部で育って、物ごころついた頃には死んだ親の跡を継いでジャスティスだったから、休暇とかって取れた事ないんだ。
だから旅行も行った事もなければ、極東育ちだっていうのに、温泉すら入った事がない。
せっかくここまで来たんだしな~。
次はいつ来れるかわからないし、一度温泉旅館てものに泊ってみたいから、行きたくもないらしいポチ達の実家に行く時間あるなら、温泉旅館の手配よろしくな?
そしたらたぶんポチの機嫌くらいなんとかするけど?」
「アーサーくんーーーー!!!!お願いっ!!!!」
エリザがアーサーを抱きしめた。
そうだ、ギルに関しては全てにおいてコントロール可能であろう存在がここにいたっ!!!
地獄に仏とはこのことだ、と、言わんばかりに縋りつく。
そして
「あとでロヴィに文句言われても全部あたしが引き受けるから、おもいっきり良い旅館の手配お願いっ!!」
と、フランソワーズを振り返った。
正直、楽観視できるような要素の何もない今回の遠征で、ギルベルトが飽くまで出動拒否した挙句に全部自分が被るという事態だけは避けたい。
止めるタイミングを見誤った…それだけで被らされるにしては、あまりに無茶ぶり過ぎる責任の重さだ。
もちろんフランソワーズにしてもそれには全く異論はない。
元はと言えば自分のポカなのだから、むしろ自分が全責任を負うつもりで全力で良い旅館を探して手配する所存だ。
女2人が高級温泉旅館の手配を確約したところでアーサーはにっこり。
「じゃ、よろしくな~」
と、ギルベルトの消えた二階に自分も消えて行った。
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