ルート視点
急募:姫君の扱い方1
清々しいほど晴れた休日の朝の事である。
男3人所帯なので食事当番は週替わり。
今週は自分の当番なのでキッチンに立っているルートはかなり緊張しながら、家族3人プラス急きょ増えた客人1人、合わせて4人分の朝食を作っている。
緊張の原因はその客人だ。
その時点では普通に異性だと思っていたのだが、その後兄の離れに行って兄と話をして帰って来た叔父が言うには、相手は同性、男だと言う。
その時点でまず動揺した。
別に偏見があるわけではない。
今年高校に入学したタイミングで、叔父が女性が苦手な人間で恋愛相手としての女性を必要としないのだという話を聞いていたし、世間一般で恋愛は異性同士でする事が多かったとしても、自分が通うのは男子校で、さらに婦女子と気軽に付きあえるような性格でもない。
そうなると可能性があるのは兄くらいで、その兄も少々周りの女性陣に辟易としているように見えたので、自宅でそういう華やかな光景を見る事はないかもしれないと思っていた。
つまりは自宅に見知らぬ女性が足を踏み入れる事はない…そう思っていたわけで、そういう諸々を思えば、まあ…兄の恋人として女性を連れて来られても、全く女性に対して心の準備が出来ていない状態なので、それはそれで緊張するのだろう。
だが、だからと言って同性の恋人と言われると、正直どう対応して良いのかわからない。
普通の友人のように扱って良いのか、それとも??
『兄弟の同性の恋人との接し方』のマニュアルを探す時間もなかったので、自身の対応についてどうしていいかわからぬまま、朝を迎え、そして食事を作っている。
頼りの叔父は、自宅で虐待されている疑いがあるらしい兄の恋人を保護すべく、昨日は遅くまで色々な方面に助力を頼んでいたらしく、自分で起きてくるまでは放置しておいてくれと言われているので、本当に1人でこの難関をクリアしなければならない。
兄の恋人は甘いモノが好きだと兄からメールが入っていたので朝食はメープルシロップたっぷりのパンケーキにしたのだが、良かっただろうか…。
綺麗なキツネ色のパンケーキを山と焼いて、メープルシロップをセットし、念のためにとホイップクリームを泡立てる。
常人だとシャカシャカとなかなか大変な作業だが、ルートは元々体力はあるし、今は色々考え込むより手を動かして居たい。
そんな思いで泡立てていたら、思いのほか大量のホイップが出来てしまった。
…これは…少し作りすぎたか…
失敗した。甘い物が好きだと言っても限度があるだろう。
う~んと大量の生クリームを前にため息。
まあ、余ったら──確実に余るだろうが…──コーヒーにでも入れるか…
そんな事を思っているうち、ダイニングのドアが開いた。
「お~!今朝の飯はパンケーキか。美味そうだな!」
と、大変な状況の恋人を少しでも元気づけようとしてか、いつもにもまして明るくテンションの高い兄の声。
その声にルートは顔をあげてそちらに目を向け……固まった。
兄の後ろに隠れるようにして、きょん!と顔だけ出しているのは、まるで小動物のような印象の少女。
真っ白な肌に金色の髪。
同色の睫毛も驚くほど長くて綺麗なカーブを描き、キラキラとしたそれに縁取られた零れ落ちそうに大きな澄んだ淡い色合いのグリーンアイは、なんだかリスやウサギを連想させる。
なんと愛らしい!!
と、それが第一印象。
自分は昨日叔父から相手は同性だと聞いた気がしたのだが、聞き間違いだったのだろう…
しかし、さすがなんでも人並み以上に出来る兄だ。
ずっと恋人を作らないので恋愛などに時間を取られるのが嫌なのかと思えば、単に妥協をせず、このレベルの今時珍しいくらい清楚で愛らしい、まさに深窓の姫君のような雰囲気を持つ完璧な乙女を探していたのか…
もちろん、そんな風にそれなりの相手を得ようと思えば、男の方も兄のように何でも出来て、きちんと相手を守れる人間でなければならない。
そういう意味では本当にお似合いで羨ましいと思う。
弟の口から言うのも面映ゆいが、兄のギルベルトは非常に優れた容姿をしていて、幼い頃によく読んだおとぎ話で言えば、自分が愚鈍で武骨な下級の兵士、あるいは戦士なら、兄は洗練された上級職、まさに知性と体力に溢れて、高等な剣技を身につけた騎士だ。
鍛えているのは自分と一緒で全身筋肉なのは一緒だが、自分と違って無駄がない。
だからなかなかサイズがない自分とは違い、洒落た服も着放題。
それがよく似合ってたりする。
そんな兄の横に、頼もしい騎士に守られる深窓の姫君然とした美少女が寄りそうように立っている図は、一枚の美しい絵画のようだ。
そんな事を思いながら思わず見惚れるルートだったが、次の瞬間、兄の口から出た、
「ルッツ、俺様の大事な恋人、アーサーだ。
これからうちにいる時間も増えると思うし、仲良くしてやってくれな」
という言葉に、固まった。
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