アーサー視点
おとぎ話の終わり5
閑静な住宅街のど真ん中だ。
大声をだしたらギルに迷惑がかかる。
だから両手で口を塞いでこみ上げてくる嗚咽が漏れるのを押さえると、ギルは少し慌てたように、おそるおそるアーサーを抱き寄せた。
ごめん。何か悲しくさせたならごめん」
ギルはいつでも、アーサーがどんなにわけがわからない事をしても絶対にアーサーを責めないし否定しない。
大切に大切にされているのがわかりすぎるほどわかる。
だからこそ申し訳なさが募った。
「…ぎるっ…は…良い人っ…だからっ……絶対…すぐっ…素敵な相手っ…みつかるからっ……ごめっ……ごめんなさい……」
「ちょ、お姫さん?!
言ってる意味がよくわかんねえんだけど?」
自分の事がギルのトラウマになったりしないと良い。
それだけは心配で…でも本当の事を言うなら少しでも早い方が少しでも傷も浅いかもしれない。
本当の事を言って、死んで詫びよう…。
もうどうせ自分には何も残っていないのだ。
そう思うものの頭の中がぐちゃぐちゃで上手く言葉に出来ない。
案の定、ちゃんと分かる形で伝える事は出来ていなくて、ギルを混乱させているようだ。
「…ちゃんとっ…死ぬっ…か…ら…っ…」
「ストップっ!!お姫さんっ!なに言ってんだっ!!!」
そこで付き合ってから初めて力加減なしに両腕を掴まれた。
「…自分で…何言ってんのか、わかってるか?」
と、強い色を持って覗き込んでくる真紅の瞳。
その視線は真っ向から受け止めるのには強すぎて、アーサーは逃げるように視線を下に反らせた。
「…ごめん……ずっと…ギルのこと、騙してた……」
胸がズキズキと痛む。
死ぬと決めているのに、死んだら何も感じない、気にしないで良いはずなのに、不安で怖くて声が震える。
数秒の沈黙。
はぁ…と、頭上でギルのため息。
ふわりと浮く体。
ギルはアーサーを抱き上げたまま門を抜けると、いったんアーサーを降ろして門の鍵を閉めた。
そして再度アーサーを抱えて正面に見えている大きな建物の右手、そちらだけでも一般の家ほどもある建物──ギルが言っていた離れなのだろう──に。
そしてやはりその前でアーサーを一旦降ろし、いくつかのキーを通してあるチェーンから一つの鍵を手に取ると、離れの鍵とドアを開けて半ば引き攫うようにアーサーの腰に腕を回して持ち上げると、そのまま中に入って、ドアに鍵をかけた。
それからリビングらしき部屋までアーサーを連れていくとソファに座らせて、エアコンのスイッチを入れると、戻って来てアーサーの隣に座る。
普段は店に入っても座るのは正面。
電車でもアーサーを座らせて正面に立つのが常で、こんな風に密着するように隣に座る事はなかったので、妙に距離が近く感じた。
戸惑ったままどう反応して良いかわからないアーサーに、ギルは初めて少し怒ったような視線を向けて言う。
「…お姫さん、騙してたって言ったよな?」
「……うん……」
覚悟していた事だが、改めて厳しい視線を向けられると怖い。
罵られる覚悟も軽蔑される覚悟もしていたつもりだったのに、ちゃんと出来ていなかったみたいで、こんな時に泣くのはずるい、泣いちゃダメだと思うのに、涙があふれて止まらない。
だが、ギルの反応は少し違っていた。
相も変わらず、本当に何枚持っているのだと思うのだが、ハンカチが出てきてアーサーの涙を拭く。
そして続けられる言葉…
「まあ詳しい事はあとで聞くとして、最初に俺様の精神衛生上、一つだけ先に聞かせてくれ」
「……?」
「………俺様と一緒にいるの……嫌か?」
そんなわけはないっ!!!
あまりに意外な質問だったが、それだけはありえない。
アーサーがぶんぶんと首を横に振ると、小さく息を吐きだす音。
ふわりと抱き寄せられ、ギルの体温に包まれてアーサーまでホッとして良いシーンじゃないのにホッとしてしまう。
「…じゃ、状況を整理すっか。
とりあえずお姫さん、寒くないか?体調は?
気分悪いようなら、休んでからでも良いけど?」
と、言う声音が言葉が、あまりにもいつも通りで拍子抜けしてしまう。
別に事態が好転したわけでは決してないのだが、ギルの側にいるとなんだか安心しきってしまってダメだ。
「…暖かいし…体調も大丈夫……」
とアーサーが答えると、ギルは頷いて、
「んじゃ、お姫さんが俺様を騙している事について、自分的に一番問題だと思う事から話してくれ」
と、少し身体を離して、いつもの表情でアーサーを見下ろした。
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