ツインズ!16章_2

アーサー視点

もし少女だったなら2


──アリス、お土産だぞ~!
と、上機嫌の父親の声。

仕事で何か珍しくイレギュラーが起きて早く帰ったのだろうか?

何故?と思う間もなく、ノックとほぼ同時に開いたドアの向こうから顔を出した父親。

それまで部屋を満たしていた楽しい空気が一瞬で凍った。

父親は少し酒が入っているらしく笑顔で顔を覗かせて…そして室内にいる双子に、正確にはアーサーに目を止め、まるで恐ろしいものでも見たように、声にならない叫び声をあげて、そのまま固まった。

目を剥いたまま、本当に凍りついてしまったように動かない。

──…パパ?

あまりに固まっているのでさすがに心配になって駆け寄って声をかけるアリスに、父親はハッと我に返ったようだが、珍しくお気に入りの娘を無言で押しのけると、どこか血走った目でアーサーに歩み寄って、その両腕を掴んで、その様子にどこか怯えたように固まる息子を見下ろした。

──…アーサー…か?

と言う声は強張っていて、頷くのも怖かったが無視する事も出来ずおそるおそる頷いた次の瞬間である。

頬が熱くなって、アーサーは自分の身体が宙に浮くのを感じた。
そして急速に落下する。

背に感じる痛み。
それは殴られて吹っ飛んだ拍子にアリスの本棚に背をぶつけたからで、衝撃で中途半端に収納されていた一部の本がバラバラと頭上に落ちて来た。

アリスの悲鳴。

お前は正気かっ?!!恥を知れっ!!!
男のくせに気持ち悪いっ!!!
うちにはアリスだけで良かったんだっ!!
お前なんていなければ良かったんだっ!!!!

父親の怒鳴り声に母親も驚いて駈けつけて来た。
そして状況を見て息を飲む。

しかしすぐ何かを理解したらしく、

「アーサー、ちょっと向こうへ行ってらっしゃいっ!」
と、やや乱暴にアーサーの腕を取って立たせると、アリスが押さえる父親の横をすり抜けるようにして、アーサーを部屋の外へと追いやった。


激昂している父親と母とアリスの女性陣2人、それに彼女達よりまだ非力かもしれないアーサー。

おそらくこの場では父からアーサーを離すのが確かにベストな対応で急務なのだろう…。
それはなんとなく理解出来る気がする…

それでも…おそらく父の声、父の言葉は母にも聞こえていたと思う。
それになにより、吹っ飛ばされて本棚にぶつかって、頭から本を被ってボロボロのアーサーの状況は見えていたはずだ。

──ひと言でよかったんだ…

言葉に対してでも物理的な状況でも、どちらでも良いから、たった一言“大丈夫?”という言葉が欲しかったと思うのは、アーサーが贅沢なのだろうか……


痛む頬、痛む背中…口の中を少し切ったらしく口内からはかすかに血の味がする。

──お前なんていなければ良かったんだっ!!

というあれは、おそらく言葉のあやとかではないのだろう。
父親からはいつもなんとなく感じていた。

アーサーがそこにいるのを厭う気配。
いつもいつも、何か耐えるように、我慢しているようだった。

アリスと違って体が弱かったから?
アリスのようにしっかりしていなかったから?
アリスみたいにハキハキとしていなかったから?

それとも…きりりと綺麗なアリスと違って、うすぼんやりした容姿が嫌だった?

いったい何がいけなかったのだろう…。
わかったところで、アーサーにはどうする事もできないのだが……

いつもはすぐ決壊する涙腺。
なのにあまりに諦めるしかないと、涙すら出ないらしい。

ただ、──ああ…いなければ良かったんだな……──と、ぼんやりと思った。

だからと言って空気となって消えることはできないのだから、物理的に足を動かして居なくなるしかない…。

それはほとんど無意識だった。

ふらふらと玄関に向かい外へ出る。

外はもう暗くて、夜遊びをする習慣もないアーサーはこんな時間に外へ出るのは初めてだった。

どうして良いのかどこへ行けばいいのかわからない。
でも道端にいる訳にもいかないので、しかたなしに幼い頃によくアリスと遊びに来た公園へ。

小さい頃に遊んだ楽しいはずのそこは、いま夜に1人で来るとどこか恐ろしげに感じる。
でも…ロクに友人もいないアーサーは家族に拒絶されたら、本当にどこにも行くところはないのだ。

あんなに楽しかったブランコに座ってもただただ怖くて心細い。
おまけに着の身着のままでコートすら着ずに出てきてしまったため、ひどく寒い。

それでも泣くほかに何も出来ずにいたその時、それは手にしていたため持って来ていたバッグの中から、このどうしようもなく心細くも悲しみに満ちた状況に不似合いな優しいメロディが流れて来た。



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