アーサー視点
もし少女だったなら1
──もし自分が少女だったなら……
アーサーはよくそう思っていた。
いつもいつも父にそう言われて嫌な顔をされてきた。
確かに父がこうあって欲しい”ハキハキと明るくしっかりした”息子像から自分は程遠くて、逆に母が望む娘像に近い。
それがわかっていたから、
──いっそのこと自分が男じゃなく少女だったなら、少しは認めてもらえたのではないだろうか…
そんな消極的な理由から、アーサーは少女になりたいと漠然と思う事が時折りあった。
少女である…それは父が思う“男らしい息子像”からの逃避だった。
逃げたかった。
何から?
父から?
世間から?
嫌われ者である自分から?
逃げても逃げても結局逃げ切れるわけではないのはわかっているのに、それでもアーサーは逃げたくて仕方がなかったのだ。
ギルとのデートを翌日に控えたとある金曜日…
その日は最悪だった。
ギルと付き合い始めた事はアリスは知っている。
もっともアリスには相手が以前助けてくれたあの青年であること、
互いにフランのおせっかいに迷惑していること、
そして…恋人づきあいをしていると言えば互いにそのおせっかいから逃れられると話しあいの結果、恋人同士という名の友人づきあいをしようと言う事になったと伝えてある。
アーサーが彼とまた会いたいと思っていた事は内緒だ。
飽くまでアリスの負担を減らすため、自分はあの青年なら友人づきあいをしていくのは苦痛じゃないし、今回と同様、たまに“アリスとして”一緒に出かける事にしたということになっている。
それに関してはアリスは疑う事はなく信じたようだ。
アーサーは同性の友人が少ないので、たとえ妹のふりをしてとしても、同性の友人とでかけるのは嬉しいのだろうくらいに思っているらしい。
そして…もちろん兄が自分の負担を減らすためにそうしてくれているという気持ちも信じている。
ということで、基本的には自分の都合であるという認識を持っているアリスは、アーサーの服装などについては積極的に協力してくれていた。
アリスも元々は可愛い服は嫌いではないのだ。
ただ、自分には似合わないと思っているだけで……
だからそれを似合う双子の兄が着てくれるのが楽しいと言うのもあるのだろう。
毎週末の夕食後に2人でアリスの服の中からあれでもないこれでもないとコーデを選ぶのが習慣になっていた。
その日も翌日はギルとのデートの日。
アーサーはいつものようにアリスの部屋で2人で楽しく服を選んでいた。
まるで仲良しの姉妹のようである。
金曜日の食後の憩いの時間。
父は仕事の都合で金曜日の帰りが遅く食事も別なので、アーサーは週の中で金曜日の夜がとても好きだ。
「明日はこの淡いグリーンのスカートがいいな。
アーサーの瞳にもよく映えるし…。
で、ブラウスはこれっ!
髪にはスカートと同色のこのレースのリボンつけましょっ。
ね、着てみてっ!
全部ね、物置きにしまわれていたのを見つけてクリーニングに出しておいたの。
うちって何故か物置きにしまいっぱなしの可愛い服がいっぱいあるのよね。
ママの娘時代のものかしら?
大切に衣装箱にしまわれているのに、虫干しすらしてないみたいなんだもの。
もったいない」
もうコーディネートは脳内で決定していたらしい。
アリスはアーサーと自室に戻ると浮き浮きとした様子でベッドの上に服を広げた。
等身大のお人形遊びといったところだろうか…。
最近ギルの事もあって、以前なら若干抵抗を試みていたアーサーが素直に自分が着せたい服を着てくれるのが楽しいらしい。
アーサーも元々は可愛い服は嫌いではないし、今はアリスのためにギルと会うという大義名分があるため、どこか吹っ切れてしまった。
なので毎回お約束のパッドと下着をまず身につけ、その上から言われるままアリスの服を着る。
そして着終わるとアリスはアーサーを椅子に座らせて、嬉々として身につけた長いウィッグにリボンを結ぶ。
そうして出来あがった可愛らしい少女。
明日持って行く予定のバッグを手に鏡の前でクルリと回ると、アリスが楽しそうに拍手をする。
そんな双子の楽しくも和やかな時間。
しかしそれは突然の来訪者、父親によって壊される事になった。
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