寮生はプリンセスがお好き7章_46

スタート地点に並んでスタートのピストルの音を待つ間…ひどく緊張する。

理由はもちろん、自分で走る唯一の競技…と言う事もあるが、これが個人種目ではなく団体種目であると言う事も大きい。

自分があまりに遅いと寮生達…特に参加しているギルやルートに迷惑をかける。

それだけは嫌だ…。

短距離走に限って言えば足は遅い方ではないが、他は上級生。もしかしたらそれに混じれば遅いかもしれないし、スタートダッシュで出遅れれば遅くなるかもしれない。

それでなくとも寮長カイザーの完璧さの横に立つにはあまりに不似合いな何も出来ないプリンセスの自分が、何も出来ないどころか足を引っ張るような事になったら、今は温かい寮生達の目も冷やかになるに違いない。

実母が亡くなって父が再婚してからずっと、義母や義兄達、それに同じ学校に通う義兄から色々聞いてどこか関係性が変わってしまったかのような級友達の冷やかな視線を思い出してアーサーは身震いした。

嫌だ…怖い…怖い…嫌だ……

よく晴れた初夏の午後。
太陽が燦々と照りつけていて暑いくらいのはずなのに、その証拠にアーサー自身も汗をかいているくらいなのに…ひどく寒気がして震えが止まらない。

…サ……アーサー…大丈夫?

気づけば柔らかい手がそっと腕を取り、優しいハシバミ色の瞳がアーサーの顔を覗き込んでいた。

「…あ…フェリ……」

「君、顔色悪いんだぞ。競技を棄権した方が良くないかい?」
と、アルフレッドも駆け寄ってきて、そう言って腕を取った。

「だ…大丈夫…走れる…」

棄権なんてとんでもない。
競技自体を失格になってしまう!
そんなこと出来るはずがないっ!!

アーサーはハッとして慌てて首を横に振るが、2人は、でも…と、そろって眉根を寄せる。
そこに普段は後輩達のやりとりにはあまり加わって来ない金虎のプリンセスまで駆け寄ってきて

「まあこれは半分プリンセスのための競技だから棄権したくないってのはわかるけど、俺ら3年と違って来年もあるしね。
リカバリはできるし?
寮の点数って事で言っても、銀狼は点数の配点が少ない短中長距離走も3つの総合3位、馬車引き1位、障害物1位、棒倒しは3位だけど、騎馬戦も1位だから、これを完全に落としてもギリ1位をキープできるから、そっちも大丈夫。
安心して休んじゃいな、ちっちゃいお姫ちゃん」

と、撫でこ撫でこして説明してくれる。


それにおお~!と感嘆の声をあげる後輩達。

「すごい!全寮の点数把握してるの?さすが先輩」
と、ぴょんぴょん飛び跳ねるフェリシアーノに、金虎のプリンセスは苦笑。

「全部じゃないけどね。
自分のとこより上の順位の寮だけ。
どのレベルまでやれば抜かせるとか、わかってると最後の一気合いの入り方も変わるでしょ。
自分とこより下は見てない。考えても仕方ないからね。
だから、うちが今、走り系が総合2位、馬車引き2位、障害物が3位で棒倒しが1位、騎馬6位、総合3位ってことで、走り系4位、馬車引き4位、障害物同率1位、棒倒しが4位、騎馬2位で、今地味に騎馬の高得点が効いて僅差で総合で2位の金狼まではチェックしてるよ」

と、やはり自分より小さいフェリの頭を撫でこ撫でこ。
ふぇぇ~と驚いた目で感嘆の声をあげながらも、フェリシアーノも大人しく撫でられている。

そして次、金虎のプリンセスはアルに向かいながらにっこり

「そっちのデカプリもね、確かにプリンセスはお守りされるのが仕事だけど、その分命令すればたいていのものは出てくるからね。
高校でカイザー目指すんなら、プリンセスでいるうちに特権使って寮運営の事とか、それこそ寮長に求められる技術その他、色々提出させて勉強しとくと良いよ。
軍曹もそうだけど、そうやってプリンセスからカイザーになった寮生は実は少なくはない。
俺も来年はこの寮の寮長目指すつもりだしね」

と、アドバイス。

「おお~!そうなんだねっ!!
3年間の目標が出来たんだぞっ!
ありがとうなんだぞっ!」
と、アルもそれに目を輝かせて素直に礼を言った。

金虎のプリンセスは最上級生らしく、実は意外に面倒見は良いらしい。

いったん進行が止まって血相を変えて駆け寄って来たギルベルトにも淡々と事情を説明してくれる。


そして事情を聞き終わったギルが駆け寄ってきて、ぎゅ~っとアーサーをだきしめた。

「体調悪いの気づかなくてゴメンな。
俺様が全部悪い。棄権しよう」

そういうギルベルトに、アーサーはふるふると頭を横に振って訴える。

「ギル、違う、違うんだっ」
「…違う?」

そのアーサーの訴えにギルベルトは少し身体を離して、アーサーの両方の頬を自分の手で包むようにして、アーサーの顔を覗き込んだ。

「…体調不良じゃないのか?」
と、言いながら、おそらく顔色、呼吸、その他チェックをいれている気がする。

その言葉にアーサーが頷くと、今度は、こつんとアーサーの額に自分の額を当ててみたり、ちょっとごめんな?と言いつつアーサーの目の下を指先でひきさげてみたりと、忙しい。

そうして納得したのだろう。

「何があったんだ?可愛いお姫さん」

と、それは緊張させないようにと言う事だろう。
優しい声音で少し笑みを浮かべて言うギルを、アーサーはおそるおそる見あげる。

「…緊張…しすぎて…?」
「…は?」

笑みの形を作っていた紅い目が、ぽかんとまんまるになる。

「だってっ…もしすごく遅れたら…っ」

いつだって失敗しないギルベルトには、大丈夫だと思っても失敗続きの人生だったアーサーのそんな心情はわからないだろう。

ぎゅっとギルベルトのシャツの胸元を掴んでそう訴えるアーサーに、やっぱりギルベルトはきょとんとしたが、自分の実感として理解できなかったとしても、寄りそって対策は考えてくれたらしい。

「お姫さん、こう考えな」
と、指先で自分の首元、馬車引きリレーの終わりにオオカミから外して自分につけた蝶ネクタイをいじりながら、ギルベルトは少しかがんでアーサーに視線を合わせて言った。

「俺様はゴール地点でお姫さんを待ってる。
お姫さんはゴール地点で待ってる俺様に会いに走ってくるんだ。
俺様はお姫さんの事すっげえ好きだから、お姫さんがどれだけ遅くなっても絶対に待ってる。
でもどうせなら早く会いたいだろ?
だから、お姫さんが途中で走れなくなっちまわない程度に、お姫さんにとって無理のない範囲で急いで会いに来てくれ。
別にこれは競争なんて考えねえで良いから。
順位なんてどうでも良い。
確実に俺様の元にお姫さんが来てくれること、それだけが目的だ」

「ギルに…?」

「そそ。俺様の所にだ」


そんなやりとりに目を丸くする上級生組。

(…軍曹ってそういうキャラだったっけ?)
(…俺はキクちゃんにも大概甘かった気はするけど…)
(いや、ここまでベタベタじゃなくなかった?)
(そこはほら、一応自分じゃなくて相手がプリンセスだし…)
(…銀狼のお姫ちゃんまだちっちゃくて可愛いしな。お姫ちゃん仕様ってやつじゃね?)

などとこそこそと話している。


一方アーサーの方はというと、

ギルに会いに行く。
少しでも早く、どこよりも安心なギルの腕の中に戻るんだ…
そう思ったら、さきほどまでの不安な気持ちが霧散して行く。

そして
「うん。わかった」

と、アーサーがこっくり頷くと、ギルベルトは

「じゃ、待ってるからな」
と、もう一度アーサーを軽くだきしめると、第二走者にバトンを渡す地点に戻っていった。



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