これは順位によって部費割合が決まるだけの、部に入っていない人間には全く影響がなく、寮得点とは関係のない種目なので、ギルベルトも寮長としては一休みと言ったところだ。
勝敗ではなく、主にお姫さんが…。
よく人間は生命の危機になると生殖本能が増すというから、真剣勝負もそれに準ずるところがあるのだろうか…
昨年まではギルベルトもプリンセスをやっていたわけなのだから、ルールは当然熟知していて、納得している。
なのに今年、自寮のお姫さんの乗る馬車を他に託すのが非常に嫌だった。
安全性に信頼がおけないわけではない。
なにしろ第一走者は誰よりも信用している実弟のルートである。
なのにアーサーを馬車に乗せ、クマ型の座席に座らせて安全レバーになっているぬいぐるみの腕で身体を固定したところで、離れるのが嫌になった。
もう体育祭なんてどうでも良いから連れて逃げたい。
そんな寮長としてはあり得ない事を思い、自分に似せた狼のヌイグルミをだかせて、理性で馬車を降りて砂避けをおろしてファスナーを閉じる。
そして一番妨害が多いであろう第一走者がスタートするのをハラハラと見守った。
この日のためにルートには妨害に対しての対処を仕込んできた。
──相手が向かってきたら躊躇はするな、急所を狙え。
シャマシュークでは全てのイベントの中でも体育祭はもっとも治外法権な行事である。
殺しさえしなければ怪我をさせるくらいは容認されている。
だからプリンセスに怪我をさせるくらいなら、遠慮なく相手を潰せ。
あばらの1本や2本折っても構わない…
そう伝えてある。
だからルートが、スタートと同時に進行方向ではなく銀狼寮の馬車に向けてダッシュしてきた銀虎寮の寮生の鳩尾に思い切り蹴りをいれた勢いで、ふらついた同寮の馬車の側面をさらに蹴って大幅にバランスを崩させた時には、
(よしっ!!!)
と、拳を握って心の中でエールを送った。
その後、それでルート自身も反動でバランスをやや欠いたところに金竜寮が突進してきた時にはわずかにヒヤリとしたが、そこでプリンセス自らが自分がプリンセスと言う自覚がなくアーサーびいきで寮長も寮生ももう色々を諦めて銀狼寮のプリンセスに夢を見ている、香率いる金狼寮がフォローに入るのも、実は想定の範囲内だ。
その2寮のどちらかが優勝候補である銀狼寮を潰すまではできないまでも足止めはするだろうと、他の2寮はさっさと中継地点を目指しているが、それは良い。
むしろ第三走者までは優勝争いには加わらせたくない。
そんな風に思っていたが、ルートが思いのほか健闘して金虎寮を抜いて2位でバトンタッチとなりそうだったので、第二走者には3位に順位を落として2位の金虎寮の間合いに入らない程度の距離をキープするように指示をしておく。
そう、勝負に勝つための戦略としてはそれが正しい。
だが感情は
──早くっ!一刻も早く俺様にお姫さんを引き渡してくれっ!!──
と、叫んでいた。
これは…プリンセスの安全を託すのに他が信用しきれていないということか、それとも自分自身の嫉妬から来る独占欲なのだろうか……
この競技の前…短距離でフェリシアーノに負けた事がある話をしたあと、アーサーがただちらりと視線を向けてちょうど目が合ったフェリシアーノと手を振り合っていただけで、胸の奥がちりちりとした。
衝動のままだき寄せて、無意識に口づけようとして、戻った理性に慌てて方向転換するも、反らした先にある白い耳にもらした言葉は、他の奴を見るな、などという紛れもない独占欲にまみれた言葉で……
今回のこのリレーも、走者がゴールであり次の走者と交代する場所でもあるここに戻ってくるたび、自分ではない誰かとの時間を否定するように声をかけている。
はぁ…と、ギルベルトはため息をついた。
ああ、もうこんな時に考える事ではないのだが……
(…俺様…お姫さんにすげえ執着してる……)
そう自覚すると身体の中心が熱くなってきて、ギルベルトは慌てて熱を逃がすように準備体操がてら屈伸を繰り返した。
はやくこのたぎってしまった熱を発散したい。
思い切り走れば少しは紛れるだろう…
今度はそんな思いから、ジリジリと焦れながら、第三走者が自身のところに到着するのを待った。
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