寮生はプリンセスがお好き7章_12

そんな話をしているうちに始まる1種目目の100m走。
各寮で中学4名、高校4名の代表を出す。

これは本当にごくごく普通の競技で、強いて変わっているところと言えば、中高入り混じって走るところくらいだろうか…

そうして極々普通に始まったこの競技、結果から言うと、なんといつもは今ひとつ目立たない銀竜寮の圧勝だった。


「正直…短距離走だけは銀竜に勝てる気しねえんだよな…」

と、珍しく弱気なギルベルトの発言。

「そうなんだ?」

「おう。俺様、プリンセスやってても普通に競技に出る珍しいタイプだったんだけどな、3年間やってて唯一の負けが去年3年で出た最後のスウェーデンリレーの100m。
どっちかっつ~と得意は中距離だとはいえ、短距離だってそんじょそこらの奴には負けねえつもりだったんだけど、フェリちゃんの速さは異常な。
ルークも足だけは速えし、銀竜は他はパッとしねえんだけど、短距離だけは速い奴が揃ってるんだ。
だから短距離系は無理に速い奴出さねえで、たぶん勝てねえぞって注意を与えた上で出たいってやつ出してる」

「ギルが…勝てない相手なんかいるのか……」

あんなに可愛いのに、フェリシアーノは実はすごいのかっ!!

あまりに意外で思わず少し身を乗り出してフェリシアーノに視線を向けると、それに気付いたフェリシアーノがヒラヒラと笑顔で手を振ってくる。

アーサーもそれに手を振り返してぎこちなく笑う。


(…やっぱり…何か一芸ないとダメなんじゃ……)

一気に襲ってくる不安。
するとグイッと腕を引かれて、強く強くだきしめられた。

「…え……ぎ……る??」

だきしめられる事はもう慣れたのだが、いつもは優しくふんわりふんわりと真綿で包むようにそっとだきしめられるので、こんな風に強くだきしめられることがなくて目を白黒させていると、これもいつになく強い視線が降って来た。

紅い瞳に宿る強い光に目を反らす事も出来ず硬直していると近づいてくる顔。

……え??!!!

さすがに焦るもしっかりと押さえつけられていて動けない。

…ど…どうしよう……

嫌ではない…嫌ではないのだが、どうしたらいいのかわからない…
そんな心境で目を大きく見開いたまま固まっている。

そうしているうちにも近づいてくる顔…唇は、あと1cm、触れるすんでのところで横にそれて耳許へ。

そりゃあそうだ…。
可愛いレディならとにかくとして、ギルだって自分なんかと口づけを交わしたって仕方ないだろう…

勝手に勘違いした事が恥ずかしくてアーサーが少し視線を伏せると、ギルベルトの唇が限りなく耳元に近づいて、

──他の奴なんて見るな。…短距離以外なら俺様が勝つし俺様の方がアルトを守れる…

と、珍しくやや機嫌が悪そうな声が返って来た。

「……え?」

不思議に思って視線をあげると、苦虫をかみつぶしたようなギルベルトの顔。
アーサーの不思議そうな視線に気づくと、片手で口元を覆って

「…悪い。ガキみたいな事言った。
でもホントにアルトを守るって事に関しては他の奴らに引けを取る事はねえから…」

と、少し赤くなった。


え?え?ええ??!!!

もしかして…アーサーがフェリシアーノの方に視線を向けたのを何か勘違いして、あまつさえ少し妬いたりしたということなんだろうか?!!!

ギルが?!!!


「ち、違ってっ!!!」

少なくとも短距離走うんぬんの話でアーサーがフェリシアーノの方を見た事が原因の発言なのだろうと、アーサーは慌てて口を開いた。

「あのっ…同じプリンセスで力があったりしないと思ってたフェリが足は速いって聞いて、ギルと比べてうんぬんじゃなくて、単純に驚いただけでっ!!
むしろ俺の方が何か一芸を磨かないといけないのかとか考えてて……」

そう訂正をすると、今度はギルベルトが目を丸くした。

「は?なんでそうなるんだ?
プリンセスとしては足速かったりしても仕方ねえだろ?」

「…だって…体育祭で寮に貢献出来るし……」

「別に走りで貢献する必要ねえよ。
っつ~か、前も言ったけど、身体能力で貢献っつ~のは、本来のプリンセスのスタイルからすると邪道だからな?
自分が点を稼ぐより、こいつのために点を稼いでやりてえって思わせるのが、本来のプリンセスの役割だ。
特に銀狼の高校生組は今までは俺様がそれを出来なくて、もやっとしてたとこがあるから、今度こそお守りしてお仕えする相手をって切望してお姫さんをプリンセスに選んでるからな?
プリンセスだった頃の俺様は正直、他の寮からの評価は高くても、自寮からの評価は高くなかったし?
銀狼寮はみんなアルトがお姫さんだってことをすげえ幸せだと思ってる。
もちろんルートも俺様もな?」

とギルベルトが言うと、

「そうだぞ」
と、そこは即ルートから同意の言葉が飛ぶ。


この兄弟は本当に自分を甘やかす時だけは絶妙なコンビネーションを発揮するな、と、アーサーは思った。



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