寮生はプリンセスがお好き7章_10

こうしてラストの銀狼寮。

(軍曹、今年は寮長側なんだな…)
(去年までは保父みてえだったよな…)
(そそ、軍曹がよく『ゆっくりで良いからな』とか寮長を励ましてたよな…)
(ああ、そうそう。緊張でプルプルしてたもんな、去年までの銀狼の寮長)
(あ~、あいつ中学生みてえな顔してたもんな…)
(どっちがプリンセスかわかんなかった)
(カイザーとしては今年初でプリンセス歴は3年なんだけどさ…なんだかカイザーの方がしっくりくるよな、軍曹…)
(だな~。銀狼はプリンセスもちっちゃくて可愛いし、正統派コンビって感じだよな)

などなど、上級生たちはひそひそと話しているが、アーサーは緊張でそれどころではない。

どうしよう…言葉なんて何も考えて来なかった…。

パニックで泣きそうになっていると、

──…震えてるな…

と、正面に立つギルベルトが宥めるような声音でそう言いつつ、一歩前に歩を進めてきて、そっとアーサーをだき寄せた。

ふわりと香るギルベルトの香り…。

一瞬キリッとした清涼感が鼻を抜けて、続いて、どこか明るい甘やかさを含んだ空気に包まれる。



──…大丈夫…怖がらなくていい……

耳元に落とされる優しく甘い声…。


あまりのイケボに腰が抜けそうになったが、震えは止まる。
しかし、さきほどまでとは別の意味で余裕がなくなった。

真っ赤に染まる顔。
熱くなる頬。

恥ずかしさとか色々でアーサーが俯くと、ギルベルトはクスリと微笑んで一歩後ろへ下がった。


そしてその場に膝まづいて、アーサーのドレスの裾を手にとって口づける。

そして言う。

「…俺達はお前のための一振りの剣だ。
お前が望むならどんな困難があろうとも数多の敵の中を切り開いて進み、その向こうにある勝利を手中に収め、お前に捧げよう。
…そして同時に、俺達はお前のための一枚の盾でもある。
押し寄せる敵を押し返し、その攻撃を跳ねのけ、どんな事があろうと自身が粉々に砕け散ろうとお前に小指のさきほどの傷とて負わせはしない。
俺達、銀狼寮の寮生は皆、1人残らず、お前の身と名誉を守るためだけに、今、ここに存在している。
だからどうか、俺達を信じて、そして願って欲しい。
ただ、守れと一言、それだけを命じてくれ」

鋭く澄みきった切れ長の紅い目が、アーサーに向けられた。

彫刻のように美しく精悍に整ったその顔が、真剣な表情でアーサーを見あげてくる。

…あ……

あまりに美しすぎて正視する事が出来ず、アーサーはぎゅっと目を瞑って、両の手でドレスを硬く握りしめた。

(…い…言わないと……)

緊張で気を失いそうだが、気力を振り絞って口を開く。

──…ま……守って………

本当に小さな小さなか細い声だったが、幸いと言うかあいにくと言うか、宣誓のために前に出た時に、寮長もプリンセスも小型のマイクを提供されてつけているので、それは側にいるギルベルトのみならず、この場にいる全校生徒に聞こえていた。

おお~~~!!!!

両手で顔を覆って天を仰いだのは、銀狼寮の寮生だけではない。

(…っやっば…っ!!!銀狼のお姫ちゃん、可愛すぎだろっ!!!)
(ちょっ!!無理っ!!可愛いっ!!)
(自寮は裏切れねえけど…銀狼には可能なかぎり仕掛けねえ…)
(守るっ!俺らは守るプリンセスいねえしなっ!!金狼寮生も守らせて頂きますっ!!)

他寮の寮生達も大騒ぎだ。


(…これは…アーサーからこの反応引き出すために、ギルベルト兄ちゃん、敢えて宣誓の事言わなかったクチかな?)

と、内心にやりとしながらも、表面上はほわほわとした表情を崩さないフェリシアーノ。

その他、複雑な表情の他寮のプリンセス達。


そんな周りの反応すら、羞恥と戸惑いと緊張でフラフラしているアーサーの脳内には入って来ない。

ただ、

──了解。この身に代えても…

と、どこか誇らしげに嬉しそうに言って、がくがくと足に力が入らずへたりこみそうになるアーサーの身体をしっかりと支えてくれるギルベルトの頼もしい腕の感触だけが此の世で唯一確かに認識できるもので、アーサーは引き寄せられたその厚い胸板にクタリと身を預けた。

こうしてすでに寮での対抗の色を見せつつ、とうとう体育祭が幕を開けたのである。


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