生贄の祈りver.普英_8_1

そして数日後……

鋼の国は珍しく晴れた温かい日だったが、その広間ではすさまじいほどの冷気が吹き荒れていた。

美麗王…と称される風の国の王、フランシス・ボヌフォワと、銀の悪魔…と称される鋼の国の王、ギルベルト・バイルシュミット。

それぞれ使いを出してやりとりする事はあっても、双方がこうして対峙するのは初めてだったが、お互いがお互いを見る目は凍りつくように冷たい。

そして…美麗という言葉がよく似合う、繊細で人形のような中性的な美しさの若き王、フランシス・ボヌフォワの開口一番の

「ごきげんよう。鋼の国の王。
そろそろうちのチビを返して頂けるとありがたいんだけど?」

という言葉で舌戦の火ぶたがいきなり切って落とされた。


「うちのって、そっちの国のモンじゃねえだろ?
あの子は森から正式なルートでうちに来たんだぜ?
非合法に強奪しようとして失敗した誰かさんとは違ってな」

“うちの”のあたりでややカチンと来て、こちらも若干棘を含ませて返すギルベルト。

あの襲撃で自分の大切なお姫さんがどれだけ恐ろしい思いをしたと思っているんだ…という怒りもまた蘇ってくる。


それに一瞬ピクっとこめかみに血管が浮かぶフランシスだったが、なんとか笑みを浮かべる。


「森の国からの…ね。チビの意志を完全に無視した」

フランシスの言葉にまたギルベルトが若干不快そうに眉をよせた。


「無視してねえよ。あいつはここで楽しくやってるしな」

「へ~本人いない所ならなんとでも言えるよね」

アーサーを引っ張り出せれば自分の勝利は確実だ…と、挑発をする、対人関係や説得には派絶大な自信を持つフランシス。


そこでてっきり話をそらしてくると思った鋼の国の王は、なんともあっさり

「本人呼んでもいいけどな。おい、アーサー連れて来てやれ」
と、後ろに控えていた近衛兵らしき男に命じた。



「ずいぶん余裕だね」

とりあえずアーサー到着するまでは一休み、と、フランシスは座った足を組み替え、サイドのテーブルのコーヒーを口にする。

そして出てきた飲み物がコーヒーな事に少し安堵した。

確か森の国の王族はだいたい紅茶派なんだけどね…まあ、そんな繊細な気遣いはしそうになさそうだよね、所詮蛮族だし。

と、心の中で冷笑する。


腹芸の得意でないこの野蛮な連中は周りを固めて脅せばどうにでも抑えられると思っているのだろうが、本人が出てきたらこちらから近づいてだき寄せてやればいい。

自分がいれば手出しはできなくなるし、相手もこれを逃せばもうこの恐ろしい国から逃げられないとなれば、素直に頼ってくるだろう。

一石二鳥だ。


そんな事を考えていると、広間のドアが開いて、聞こえてくる楽しそうな声。
意外にも広間にはいって来た少年は笑顔だった。


「楽しそうだな。なんかあったのか?」

と、とたんにそれまでの冷ややかな表情を消して、柔らかな表情で聞くギルベルトに、アーサーと一緒に入って来たエリザが

「ええ、今度海に釣りに行く時は今庭で育ててるハーブを摘んで行って、釣った魚をハーブ焼きにしようって話してたの」
と、答える。

「あと、パンやクーヘンも一緒に持って行こうって話も」
と、そこに同じく同行しているルートがつけ足すと、アーサーが満面の笑みでうんうんと頷いた。

同世代の少年と楽しげで和やかな空気。
そのあまりに意外な雰囲気にしばらく呆けていたフランシスはそこでようやく我に返った。

そしてコホン!と咳払いすると、そんな和やかな空気に目を細めていたギルベルトが今気付いたという風に少し目を見開いて言った。


「そうだった。今ここに呼んだのは、風の国の王がお姫さんに会いたいと言うからなんだ」

そのギルベルトの言葉にアーサーの両脇にいたルートとエリザが一歩下がろうとする。

が、残されそうになったアーサーは、ぎゅっとルートの服の裾を掴み、ルートは少し困ったような顔でギルベルトに指示を仰ぐように視線を送った。

それに対してギルベルトは苦笑する。

「あ~、お姫さん、人見知りだからルッツも一緒で良いか?
怪しいもんじゃない。俺様の甥っこで跡取りだから」


てっきり泣きついてくるかと思ったらいきなりこれで、さすがのフランシスも予想外すぎてどう応えていいかわからない。

それでもなんとか動揺を隠してそう苦笑すると、

「参ったな。お兄さん、確かに大国の王様だけど、怖くはないよ?
元々はお前は風の国に来る予定だったから、迎えに来ただけなんだけど」

と、言うも、それに対してアーサーはまるで誘拐犯でも見るような目でますます警戒心もあらわに、ルートの後ろへと隠れこむ。

そしてじ~っとギルベルトに視線を送ってくるので、ギルベルトも苦笑。

「別に…俺様はお姫さんはうちの子だと思ってるし?
居て欲しいけどな?」
と、小さく手を広げて見せると、アーサーはホッとしたようにその腕の中に飛び込んだ。

そうして片腕ですっぽり包まれた状態で見あげてくるアーサーに、ギルベルトが言う。

「ただな、あちらさんはわざわざアルトに会いに来たらしいからな?
挨拶くらいはしてやったほうがいい」
と、言われてようやく自分の方へ視線を向けるなんて言う状況が腹立たしい。

フランシスはこれまで、誰しもが美しい自分に近寄ってこようとする事はあっても、こんな風に避けられた事はないので、正直どう対応していいかわからない。

「…初めまして…。
でも俺はギルとルートの家族だから…」
と、警戒心丸出しに言われて途方にくれた。

「ギル…もうルートと一緒に下がって良いか?」

とまで言われて、なすすべもなく、それを許可されて戻っていくアーサーを見送る。


城の自室からほとんど出た事がないと言う話だったから、最初に外に出て、最初に受けた襲撃から助けてもらったと言う事が、ここまでの信頼感を築いてしまったのだろう。

あの襲撃は失策だった…。

そう思い返すも、どうしようもない。
とりあえずは策を練り直さねば…

フランシスは決して愚鈍ではないので、さっさとそう状況を判断して、切りあげる事にする。

今回はひきさがるが……戦いはこれからだ!
それぞれ内心そんな言葉をのみこんで、フランシスは早々に鋼の国を後にした。



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