フランシス・ボヌフォワ…
風の国の美麗王と称される男が、この鋼の国へやって来るからである。
せわしないと言っても、城内の正門の側に位置する、謁見の間がある南の宮と、他国の客人が滞在する西の宮以外は足を踏み入れる事はないので、今回、アーサーが部屋をもらったギルベルトやルートなどの王族や貴族達の私室が連なる東の宮は何も関係はない。
ないのだが、腐っても鋼の国と並ぶ大国の王の来訪に、城内全体がどことなく浮足立っているのだ。
そんな中でルートが風の国の王との謁見時に身につける衣装を持ってきてくれる。
それはアーサーの兄である森の国の王がこの国に来る際に用意してくれた森の国の衣装に似ているが、もっと上等な布で出来ていて、おそらく目の玉が飛び出るくらい高価な宝石で飾られていた。
本来ならありがたく押し戴く類のものなのだろうが、アーサーはその衣装を前に唇を噛みしめて涙をこらえる。
上等な衣装…そんな物を必要とされている状況ということなのか……
そう思うと不安で不安で、泣くまいと思っても溢れる涙に、ルートがぎょっとしたように駆け寄って来た。
「どうした?アルト。
陛下に命じられて森の国風のデザインのものを用意させるように申しつけたのだが、何か違っていたか?」
困ったように眉尻を下げるルートをアーサーは見あげる。
「…上等の衣装を着て…価値のあるようなものに見せて?それで?」
「……??
上等の衣装を身につけなくてもアルトは十分に価値がある存在だが?」
心底わからないといった顔で首をかしげるルートの横で、同行したエリザが、あ~、と、思いついたように苦笑した。
「違うわよ。
別にアーサーの価値を釣りあげて相手から何か引き出そうとしてるわけじゃないの。
逆よ、逆。
うちの国ではアーサーを価値のあるものとして大切にしてるから、あんたの国にはあげられないわよって見せつけるための衣装だから」
そう顔の前で否定するように手をふるエリザに、ルートは一瞬ぽかんとして、それから心外だと言わんばかりにアーサーの顔を覗き込んだ。
「もしそういう事で泣いていたのだとしたら、エリザの言うとおりだっ。
陛下も俺も、風の国だろうと大地の国だろうと、どこの国が欲しいと言って来ても渡すつもりは欠片もないぞ。
もしそのための準備だと思っていたならとんでもない誤解だ」
真剣な表情。
ほぼ閉じ込められて育ったために、アーサーはそれほど他人に接してきたわけではないが、それでもルートの事は信用できると思う。
気真面目で…不器用で、上手に騙せるタイプではない。
そんなタイプなら、最初からあれほど揉めてはいない。
そんなルートがそう言うと言う事は、本当の事なのだろう。
ホッとため息をつくアーサーを見て、ルートもほぉ~っと胸をなでおろす。
「頼むから…疑惑を感じたら直接聞いて欲しい。
思いこんで逃げないでくれ。
アルトは陛下にとっても大切な相手かもしれないが…俺にとってだって、初めてで唯一の同年代の友人なのだから、大切でないわけがないだろう」
「…ゆう…じん……」
「……なんだ?何か変か?」
当たり前に出たその言葉をアーサーは噛みしめた。
そうか…友人…友達だっ!
「いや、そうだな。
俺にとってもルートは初めてで唯一の友人だ」
嬉しくなってそう言うと、ルートは、変な奴だな、と、苦笑する。
そして言う。
「とりあえず…風の国の王はとても他人を騙して取り込むのがうまい人物らしい。
だからこそ、ちゃんと陛下と俺を信用してくれ。
陛下にも俺にもアルトは必要だし、大切な相手だ。
それは政治的な事ではなく、個人としての好意だから、誰がなんと言おうと変わることはない」
本当に騙されてくれるなよ…と、くれぐれも念押しをするルートに頷くアーサー。
どうやら自分はここにいても良いらしい。
それを改めて確認出来てホッとしつつも、一癖も二癖もありそうな風の王の来訪をどこか憂鬱な気分で待つ事になった。
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