炎の城と氷の婚姻_第二章_9

Side アントーニョⅤ


「ギルちゃん、なんなん?!親分いまサインどころやないんやけどっ!」


花嫁の部屋を出てから全速力で後宮を駆け抜け、アントーニョは王城の廊下も階段も一気に走りぬけた。

そしてバン!と執務室に駆け込む。



ゼーゼーと荒い呼吸。

それでも普通に声が出せるのがさすが将軍王と言われた武闘派王である。


「とりあえずサインは50枚までなっ!重要な案件選んだってっ!」


と、文句を言いつつも、ここまで来たら何もしないで帰るなどという非建設的な事をする気はないらしく、王は大股で執務用の机へと歩を進めた。

それに対して王の代わりに執務をしていたギルベルトは黙って席を立ち、場を王に譲る。


「そう言うと思って、いい加減に決裁のサインがねえとやばいモンだけピックアップしといた。」

と、王が入れ代わりに座るのと同時に、その前にバサバサっと書類の束を落とす。


「100枚だ。またすぐ呼び出されたくねえだろ?」

と小さく息を吐き出す腹心に、王は舌打ちをしつつも、慌ただしく羽ペンを手にする。


少し右上がりの癖のある字。

綺麗とは言えないが読みやすい字だ。


ガリガリと無言でサインをする王の前の書類の束に、ギルベルトは一枚の書類を滑り込ませた。


「これな、最重要。」

「ああ?!」

イラっとした声を返す王。

なまじ武闘派なだけに迫力があるが、ずっと戦場を共に渡り歩いてきた戦友だけあって、そんな王の声音にも慣れたものだ。

ギルベルトは小さく笑って肩をすくめる。


「このところ前線に出る事も減ってきて城に籠る事が多かったからよ、俺様もここ数年ほど、ちっと勉強しなおしてたんだが、いい機会だから正式に資格取ろうと思ってな。

実技と筆記は通った。

あとはお前のサインだけだ。」


「……医師…免許?」

怪訝な顔をしつつも、王は迷うことなくサインをして、ピッとその書類をギルベルトに投げてよこす。


そしてまたガリガリと他の書類にサインをしながらも、

「なんで今更正式に医師免許なん?」

と、視線は書類にやったまま横に立つ幼馴染にアントーニョは聞いた。


「ん~、だってよ。お前、一度後宮行くと帰ってこねえし?
医者じゃねえと中入れねえじゃん。

ま、あとはなんだ、万が一お前が中で暴走した時に、止められる奴いねえと困るだろ。」


「それやったらこれからは書類の方持ってきてもらえばええな。」


暴走云々などという言い草に関しては特に問題ないらしい。

王はそれだけ言ってまた黙々とサインをし続ける。



…まあ…今の時点では仕方ねえか……。

ギルベルトは黙々とサインを続ける主君を前にため息をつく。


出来れば少し距離を置いて欲しい。

が、ここで強引に距離を置かせてもこじれるだけなのは、幼馴染だけによくわかっている。


…つまりは……惹かれてるであろう部分を研究して、お姫さんから出来るだけ削って、他の妃に真似させれば良いって事だよな……。



正直そんなに簡単に行くものなのかはわからないが、もうそれしかない。

それには自分が正妻を観察できる位置にいなければならない。

が、妃は後宮に…という慣習をいま破って王が正妻を自室に抱え込んでべったりなんて事になれば、側室達の親の貴族が黙ってはいるまい。


…ということで、俺様が後宮に入れるよう、正式に医者の免許取る事になったわけだが……ま、元々、王に何か会った時に即対処できるようにっつ~ことで勉強はしてたし、試験余裕だったし、無鉄砲なトーニョにつきあってたらどっちにしろ医療必要だしな…


ぽりぽりと頭をかきつつそんな事を考えつつ、大あくび。

元々知識はあったにせよ、軍務の仕事をしながら、王の補佐をしながらの試験勉強はなかなか大変だった。


立ちながらうつらうつらと舟を漕いでいたギルベルトだが、バン!とドアが開く大きな音に、ハッとして腰の剣に手をかけた。

条件反射である。


しかし、すわ曲者か?!と思ったのは杞憂で、そこには各種書類を抱えた大臣達が集まっていた。


「ギルベルト殿っ!陛下が後宮から出られたというのは本当かっ?!!」

と、戦闘を切るのは財務大臣。


その後ろには今日のメイン、東方の雲の国の動きが怪しいので、同盟か戦の備えを強化するのかを軍務の長と王と3人で話し合う予定だった外務大臣が申し訳なさそうに身を小さくしている。


どうやらそこからバレたらしい。


こうなると王に直接採決を仰ぎたい面々が押し掛けてくる事になる。


横でサインをしている王からは殺気。


…親分、これ(サイン)と東の対策話しあったら帰るで……

と、無言の圧力。


ギルベルトは頭を抱えた。


「…あ~……東に対する対応は王と二人で話して、追って沙汰を下すわ。会議は中止。現状だけ書類でくれ。

で、今並んでる面々だけ、王に面会は1人1時間までな。」


もう背に腹はかえられない。

東の対応はどうせ考えるのは自分で裁決は王。

外務大臣は状況説明だけだから、それで良い。


ということで空いた時間を大臣達との面会に充てる。


見る見る間に悪くなる王の機嫌。

1時間だけと聞いて大臣達も機嫌が悪くなるが、仕方ないだろう。

このあたりが妥協ポイントだ。


王はギルベルトが大臣達をなんとかすると思っているし、大臣達は逆にギルベルトが王を説得してくれると思っている。

そう、皆が皆、ギルベルトがなんとかしてくれると思っているのだ。

本当に…いつもいつも胃が痛い。


それでも…あの時、国家に忠実な将軍である父が、王族が皆他国へ逃げ、国が内部から崩壊しかける中で、本来ならそんなモノを背負う立場ではなかったアントーニョを王に据える、推挙すると言いだした時、自分も決めたのだ。

父と共に何があろうとアントーニョを支えて行くと…。


だから仕方ない。

過労死しない程度にぎりぎり頑張るしかない。


ギルベルトは双方の痛い視線を一身に受けながら、場を仕切っていく。

あの時、王となればほぼ半分以上の確率で最後の王として命を落とす事になるであろう玉座にアントーニョを押しこんだのだ。


たまたま上手く軌道に乗って、再度国が安定したものの、背負わせたそのリスクを考えれば、自分だってこのくらいの犠牲は負うべきだ。

憎まれ役くらい仕方ない。



こうしてキリキリ痛む胃を抱えながら、事案が王に速やかに理解されるように大臣達の要望を聞いて王に説明していく事5人分5時間。


「ほな、終了っ!!親分帰るでっ!!」


最後の案件に却下を出して、王はバン!と机に手をついて立ちあがった。


「王、どうか再考をっ!!」

とすがる大臣に

「あかんっ!」

とだけ返す王。

それに

「今年それをやるには国民の負担が重すぎだろ。

年末の様子を見て、来年以降にまた検討しよう」

と、補足をしてなだめると、ギルベルトはドアにすでに向かいかける王を慌てて追った。



執務室を出ると走り始める王。

足は速い方だが、ギルベルトも負けてはいない。


全速力で後宮に向けて疾走する二人。


いつもなら止められる後宮の門の守衛には、認可されたての医師免許をかざして王を追って走り抜ける。

ここから先は初めて足を踏み入れる場所なので、出来れば王についていきたい。



正妻の離宮には、一番簡単な道としてはただひたすらにまっすぐ行けばいいのだが、王に聞いた話だといつも途中に他の妃が待ち伏せているとのことだ。


「おい、迂回して行った方が良くね?」

と、そこで提案してみると、王は文句を言う割りに待ち伏せを避けるという事を考えたことがなかったらしい。


ポンと手を叩くと

「あ、そうやな。そうすればええんやん。」

と、廊下から中庭に飛び出した。


そこで王は大きな木を器用にスルスルと登り、そこから屋根に飛び移る。

ギルベルトはそれを、まるで猿のようだ…と他人事のように思いながらも、自分も同じルートをたどるのだから他人の事は言えない。



こうして渡り廊下の屋根の上をひた走り、離宮直前で下に飛び降りる。

離宮の門は金属でできていて、上は尖っていてよじ登ろうとすれば杭が突き刺さるようになっている。

王はベルトに下げた鍵束の中から金色の鍵を出して門をあけた。


「はよ、入ってや。」

と促され、ギルベルトも中に入るとまた鍵をかける。

門を入ってすぐ離宮の入り口。

そこも鍵がかかっていて、王が鍵を出して開けた。


随分厳重だ…とは思うものの、まあ立場的に正妻と言えど同性なので、塀一つ隔てた所に住む側室と過ちでもあれば、万が一にでも王家の血を引かない不義の子が知らずに王とされる事も起こりうる。

そう考えれば当たり前かもしれない。


ギルベルトがそんな事を考えながら中に入ると、王はさっさと鍵をかけ、


「アーティ、親分帰ったでーー!!」

と叫びながら奥に駆け込んでいく。


まるで小さな子どものいる家庭の父親のようだな、と、苦笑しながらも、ギルベルトはゆっくりと中へと進んだ。



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